2009-11・20〜23福岡ワークショップ

今年( 2009 )春、大阪での WS に福岡から参加してくれた人がいた。
NPO 法人 Co.D.Ex のスゥエインさんだった。
「福岡で WS を開きたい」というお申し出を受けた。
本土では西は岡山までしか行ったことがなかったので快諾した。
その話はシゲヤンこと、北村成美さんが福岡や別府での WS や、「踊りに行くぜ!」他の公演の時、回りの人に私を九州に呼ぼう、と声をかけていてくれたからだ。
岡山や沖縄での WS は、一般の人が多く参加しているので、ダンサー向けというよりは、「あなたの知らない身体」的な WS をしている。
福岡でもきっと、そんな楽しいワークになるだろうと、春先からワクワクしていた。

■ 2009/11/20 (金) 福岡 WS

11 月 20 日午後 1 時 30 分のぞみは博多駅に着いた。スゥエインさんはじめ、スタッフや関係者の方たちが出迎えてくれた。
さて、どうなることやら。
17 日午後 3 時 30 分フランスから成田に着き大阪へ乗り継ぎ、その足で大阪の教室へ。
つまり、時差ぼけのままで博多へ乗り込んだということだ。

午後 3 時会場であるスタジオに到着。
「お疲れ様です!」
元気な声で北村成美さんが待機してくれていた。
会場に入ると、受講者は期待と不安の入り混じった表情をしていた。
一通り胸骨操作と身体運動との関係を説明し、早速胸骨操作へと入った。
どこの国、会場でも同じで、まず運動から入る。
そこから胸骨の一点に感覚を絞り込む。
しかし、これも例外なく誰もその一点は感覚できない。
「生徒の大学生が、 1 日 10.000 回やって約 3 年で動くようになりました」
「……」
どこでも、誰もが直ぐに出来るようになると思っている。そんな即席なことは習う必用も学ぶ必要もない。
そんな定型の話を沢山する。
何でも私の web ページを全部プリントアウトし、仲間で毎週集まり練習をしてくれているグループがあるという。
別府ダンサーズ。
こんな嬉しいことはない。
つまり、予備知識がたっぷりとあるということだから、ワークもやりやすい。
今時に熱い人達がいることにホッとした。
同時に、現在のダンスシーンに何かしらの問題意識、あるいは疑問があるということだ。
そのことが大切だ。
「何でやねん?」
これは誰もが持たなければならない言葉だ。
その数人が私のところに挨拶に来てくれた。

しかし、主催者のスゥエインさんの、面倒見がよいのには驚く。気遣いが行き届いているからだ。
ワークは、例によって胸骨からねじれだ。出来そうで出来ないワークに、ワイワイガヤガヤ結構楽しんでくれていた。短い期間だが、今日は肩慣らしというところだ。そして今日は、午後からのスタートだったので、身体塾と即興塾だけだった。明日は、表現塾も入る。「ナマムギ」がどこまでヒートするのか、それが楽しみだ。

■ 2009/11/21(土)

表現塾は定型で正面向かい合いからだ。
これは何時も思うことだが、その説明が難しい。
同時にやること自身も難しい。
形式的には、 2 人 1 組で行う。
1 人がその場に立ち、もう一人が立っている人にとっての正面を取ることだ。
そこに視覚での判断を入れてはいけないのだ。
つまり、ここで言う正面は、見た目の正面ではなく、自分自身の「意思が相手と向かい合う」ということだ。
となると、立っている側も意思として「相手と向かい合う」がなければ成立しない。
しかし、「意思」ということと「思う」ということの違いを、具体的に提示することが出来ない。
つまり、向かい合いたいという意思があるのか、向かい合いたいと思っている、という芝居をするのか、だ。
どちらも頭の中の作業、身体内部での作業だからだ。
そこの混乱をどうするか。
これがこの正面向かい合いを 15 年以上続けている中での、最大の問題点である。
何時も、その場に適した説明をしているのだが、相変わらず難しい。
もう一つ難しいのは、お互いに働きかけ合いがない、という点だ。
そこで「ジャンケンゲーム」となる。
ジャンケンはお互いの働きかけ合いの典型だ。
その後の正面向かい合いは、誰でも分かりやすいという。
つまり、我々現代人は、とことん省エネで生きているということだ。
それでは、人の関係や人同士の繋がりなど起こりえる筈も無い。
ましてや、ダンスや表現と言うところで、それを表現することなど有り得ない。

「じゃあ、即興塾でやった二人組みの手の平合わせをしよう、二人でやっているように見えるのか、一人ずつバラバラでそれぞれにやっているのか、その見極めを判定するように」
これは、初めての人にとっては難しい。
現実に目の前で 2 人の人が、同じ動きをしているのだ。それを本当に 2 人の共同作業に「見える」のか、それとも「自分勝手」が 2 人なのか、の判定だからだ。
これは、日常どれほど人を観察しているのか、が問題になるのだ。
だから、とんちんかんな判定が続出する。
しかしそれも勉強なのだ。
判定する人は、責任を持って判定する。
つまり、自分の意思を明確にしなければならない、ということだ。

■ 2009/11/22 ( 月 ) 福岡 WS2

4 日間のワークは短い。
明日はもう最終日だ。クラシックバレエやモダン他、色々な先生方が受講してくれている。
中国地方の方からも、 1 日だけわざわざ受講してくれた先生もおられた。
受講された先生方には、きっと受難の日になっただろう。
何しろ、駄目出しを自分の生徒くらいの年齢の若者にされるのだから。
東京から参加されている、あるベテランの役者さんは、
「駄目出しされた最初は辛かった」とポツリ。
当たり前だ。
キャリアがあり、自分の拘りもある。
それを右も左も分らない若者に否定されるのだから。
しかし、その駄目出しは、どんな駄目出しでも、自分の役に立つと考えられる力があるからリピーターになってくれているのだ。
右も左も分からない若い人には、ここのところは理解できないだろう。
そこには、キャリアもなければ拘りもなく、自分の趣向しか持ち得ないのだから。
そして「正誤」ゲーム感覚しかないのだから。
もしかしたら、終生理解できないかもしれない。
それは、今後どんな人生を歩いていくか、にかかっている。
ワークはピッチを上げて進んだ。
だから、とんちんかんな理解もあるだろう。
しかし、それは問題ではない。
所詮理解など出来ないことだからだ。
逆に「理解は絶対にするなよ」と釘をさしておいた。
明日の最終日は、どれくらいピッチを上げられるか。
どれくらい食いついてくれるか楽しみだ。

■ 2009/11/23 ( 火 ) さようなら博多

あっという間に打ち上げ。
博多駅の下にある居酒屋で乾杯!

最後のコマは表現塾。
「終り!」
「えー!」
「では、一寸延長しよう、今までやった中で何かやりたいレッスンがありますか」
「正面向かい合いです」
「じゃあ、円陣を組んで下さい」
1 時間足らずの延長。
それでもまだまだと熱気が溢れる。
キリがないので、後は次回の楽しみにとワークは終了した。
地方でのワークは岡山についで 2 箇所目になる。
しかし、地方という言葉で一括りには出来ない。
何が違うのか、明確ではないが明らかに違う。
そして、そのワークの主催者によっても、集まってくる人が違うからだ。
今回は NPO 法人コデックスに招聘して頂いた。
そのリーダーであるスエインさんの人柄が、集まってくる人達の多彩さを物語った。
先日も書いたように、バレエ関係、ダンス関係の先生方が受講してくれた。
その先生方を通して、生徒さんの舞台に対する姿勢が少しでも成長すれば一番良いことだからだ。

「来年もやりましょう」
とスエインさん。
ただ、今の時点では、私のスケジュールが全くの迷走状態なので、「何時」というのを決定できない。

「最後のありがとうございます、になるので、全員が全員に挨拶を交わすように」。

最終日だけしか参加できなかった別府の女将さん。
その小学校 2 年生になる娘さんの挨拶は、誰よりも形が挨拶になっていたのには驚いた。
門前の小僧ではないが、老舗旅館の空気感やお母さんのそぶりが、イメージとして完全に定着しているのだろう。三つ子の魂とはよくいったものだとつくづく感心した。
頭を下げて挨拶を交わす、という美しい日本の習慣がどんどん失われていく中で、小さな子供がそれをきちんと身に付けている姿に出会えたのは収穫の一つだ。
来年、博多で皆に再会するのが楽しみだ。

ひかりレールスターに乗って大阪へ。

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