2011パリ・ブリュッセルワークショップ

吉祥寺の公演を終え、大阪教室。
そして、明くる日毎年 2 回行われているパリでのオープン武道セミナーへ。
帰国後すぐに神戸でのダンス公演。
この日程はかなりハードだった。
身体が、というよりも、頭の切り替えがハードだった。

今回は、昨年私のミスからキャンセルしてしまったブリュッセルへも行く。
25 日夜 23 時 30 分、関空からエミレーツ航空で一路ドバイへ。
ドバイでの乗り継ぎを選んだのは、乗り継ぐ時に一度地上に降りることが出来るからだ。
前回は、当日チケットが無く、急遽エミレーツで飛んだ。
その時、旅程が楽だったという体験から、乗り継ぐ便を選んだのだ。
座席も少し広いのでゆったりする。
機内食には、ちゃんと金属のナイフやフォークが付く。
プラスチックの使い捨てではないのが良い。
ドバイの空港には、喫煙可能なバーやレストランがある。
そこでビールを一杯。煙草を一服。思いをパリのセミナーに馳せる。
やはり、このルートを選んで正解だった。
気分的に切り替えがきく。

ドバイに着いた。
乗り継ぎターミナルに移りトイレを探した。
トイレだと思って入ると、女性用の様に個室が並んでいた。
その前にタオルで全身を覆った男性が並んでいる。
何?もしかしたら女性用?それともホモ?
と思って、何気なく外に出た。
マークはトイレのようだ。
だが、きっとシャワーなのだろう。
記号を探すとイスラムならではの記号を発見。
祈りの部屋があった。
それで一挙に謎が解けた。
シャワーは身を清める為のものだったのだ。
少年もおり、少年はバスタオルのままで、乗り継ぎゲートの免税店前に平気で立っていた。
風習が違うというのは、ほんとに面白い。
「何でやねん」と思ってしまう。
むろん、向こうから見れば、同じように「何でやねん」だろう。
後 2 時間でパリ行きが出る。
煙草を吸えるビアレストランで一服しながら、これを書いている。
ここのウエイターにビアを注文した。
一つだというのに二つ出し、「これか?」という。 何度も人差し指を立てたり、 one と言ってみたり、訳がわからない。
お前アホか、と日本語で言いながら、ビアを一つ取った。
ほんと面白い。

パリ。
ホテルの窓から見る、目の前の道路は市電の線路を敷く工事をしている。
日本と同じで何時も工事をしている。
慢性的な交通渋滞はどうにもならない。
近くには、パリ・コンセルバトワールや博物館、3 D の映画館もあり、散歩するにはもってこいの場所だ。
だから相変わらずみんなよく走っている。
仕事は一体何?という人達がたむろし、ピーチクパーチクもある。
何とか寝ないように、目を見開いて時間をつぶす。
今は、現地時間 18 時 27 分だが、陽はまだまだ高い。
ホテルはアパートタイプのようで、小さな台所も冷蔵庫もコーヒーメーカーもついてある。
今回はバスタブがあって良かった。
かなり歩くと、前回に泊まったホテル付近だと気付いた。
そこのスーパーに行き、トマトとバナナ、生ハムを買った。
バケットはパン屋さんで買った。
これで夜食は大丈夫だ。
ドバイからパリ行きは、前回同様超満員だった。
その所為か、前回よりも時間を長く感じた。
お尻が痛い。
しかし、煙草を吸えるビアレストランのビアは、何と 8 ユーロ。観光客からふんだくるということだろう。
パリのホテルは当然禁煙だ。
窓を開けて匂いを飛ばしながらでないと駄目だ。

 

昨日の夕方 marthe がホテルに訪ねて来てくれた。
キラキラの目が一層キラキラになっていた。
その原因は、何とお母さんになっていたからだ。
小柄な身体からお腹がまん丸くせり出していた。
しばらくお互いに見つめ合って、後は大笑い!!!
自分がお母さんになることを、未だに信じられないという。
もちろん、私も信じられない。
しばらく笑い合った。
今は 5 カ月で 10 月に出産予定だそうだ。
その写真を送られて来た時、きっと女の子だろうとメールを送った。
その通りで、女の子だそうだ。
何だか、私の周りは今出産ラッシュというか、妊娠ラッシュだ。

しばらくして大城さんも合流。
韓国レストランで、ビビンバを食べながらパリ一日目の夜は閉じた。
大城さんは 6 月神戸のダンスボックス公演を見に来てくれる。
「楽しみにしています」と言うから、それならと吉祥寺での映像を少し紹介した。
もちろん、「マクベス」だ。
「ウワ〜これは面白い」と大歓声。
「ダンサー達が気が狂えばもっと面白いですね」だって。
そらそうだし、それが目的だ。
見える人にはちゃんと分かるから怖い。
神戸組は本気で気を狂わせよ!
トランス状態に入ったら勝ち。
和太鼓に乗せられたらそうなるのだが、頭で演じている限り無理。

 

 

ワークショップの初日を終えた。
殆どが知っている顔だから、思い切りやり易い。
改めて基本的な体重移動から始めた。
最初から興味を持って参加してくれている人は、かなり高度な事を示しても、理解が出来る。
もちろん、何時も話すように、理解できるということと、出来るのは全く違う。
しかし、理論を理解出来ることは、自分の中に灯台を持っているようなものだから、何も知らないよりは遥かに迷子になる率は低い。
汗をビッシリかいて、夜 10 時過ぎに終わった。
道場は、 14 区辺りだそうだ。
パリで一番人口密度が高く、金持ちが多いという。
だから、そこに道場を借り店舗も併設したそうだ。
夕方、道場の近くのカフェに行く。
やたらと人通りが多く、心斎橋の日曜日という感じだ。
向かいが交差点になっており、一人のおっさんが信号で止まる車に何やら話しかけていた。
レオさんに「あの、おっさんは何をしているの」と聞くと「たかり」だという。
そうか、パリではたかりもおしゃれなのだと感心。

 

明日は、朝 8 時 30 分ごろに迎えが来る。夕方まで、一寸ハードな一日になりそうだ。

 

今日はパリ郊外の何時もの体育館だ。
フランス特有のアクシデント発生。線路工事で、その体育館へ来る列車が動かないのだ。
しかも明日も。
当然、列車で来る人は、遅れるか来られないかだ。
乗り継ぎ乗り継ぎで遠回りして、やっと体育館にたどり着いたという感じの人が沢山いた。
日本では有り得ないが、事実ここはフランスだ。
だから仕方が無い。
我々は車で行ったので、関係なかったが、土曜日にしては車が多かった。
今回は初めての人が沢山いた。
何でもパリから 650 キロも離れたところから、道場ごと来てくれた人達もいた。
毎回参加の人もある程度いたので、結構バランスのとれたワークショップになった。
「難しいですよ」というところから、胸骨トレーニングの基礎的な事を繰り返した。
皆は頭がパニックになりながら、和気あいあいで稽古をしている姿は、こちらも楽しくなってくる。
ここまでワークショップが続くと、変な人は皆無だ。
それも練習を進める上で重要だ。
昼食も何時ものバッファローのステーキ屋だ。
私はステーキは重いので、白身の魚を注文してみたが、軽くて良かった。
隣の席の青年は、スペアリブの大きい肉を平らげていた。
昼食にはビールかワイン、というのもフランスならではだ。
2 時間 30 分の休憩だから、それも有りかと思う。
明日は午後から夕方 5 時までだ。
皆 youtube を見ていて、「あの映像を見せて欲しい」とリクエストが飛ぶ。
まあ、色々な映像をアップしているから、エンターティナーで行くしかない。
外国のワークショップが楽しいのは、人間関係が出来ていない人と稽古が出来ることだ。
どれほどの力か、どれ程の反射神経が分からない相手に、稽古をするのはスリルがあって楽しい。
総当たりで稽古をしているようなものだから、何から何まで稽古になる。
と武道の事を考えてはいるが、頭は神戸公演も混じっている。フォーメーションのシーンをどうするか。

どうも答えが出ない。
外で頭を冷やして考えてみよう。

土曜日の夜は、かつての日本もこうであったというくらい、人が川べりにたむろしている。
サンドイッチを作ったり、ワインを飲んだり、それこそ人は思い思いに楽しんでいる。
何よりも、映画館の前の行列が凄い。
日本では食べ物屋には行列が出来るが、映画に出来るのを見たい事が無い。
日本の何が貧しいのか。

テレビのある Bar の表は黒山の人だかりだ。
サッカーのリアル・マドリッドとバルセロナ戦だったようだ。
人だかりをよく見ると、ユダヤ教の帽子を被った人がやたらと多い。
レオさん曰く「ユダヤでは土曜日の夜は電気を触ってはいけない」そうだ。
スイッチ一つ触れてはいけないという。
だから、キャンドルを点けたり、テレビを街頭に見に行ったりだそうだ。
もちろん、電車にも乗れない。
そういった教えで生きてきている人にとっては、別段不便でも窮屈でもないだろうが、自由に生きてきているものにとっては、何とも言い難い。
かといって、自由に生きているから素晴らしいとも思わないが。

 

日曜日は、別の体育館だった。列車が動かないにも拘らず沢山の人が参加してくれていた。
何でもパリから 650 キロほど離れたところから来てくれたそうだ。
打撃系のようだったので、そちらと縦系をやってみた。
もちろん、数分で煮詰まる。
そうなると決まってやるのは、投げだ。
思い切り暴れて気分を変え、また煮詰まる系に。
何気なくみんなを観察していると、システマをやっている人が目につく。
やはり、とっつきやすいのだろう。
ロシアのミカエルさんだったか、システマの創始者の方と一度お話をしたことがあるが、それはそれで相当難しいのが分かる。
打撃系でも少し身体の技術が必要なことをすると煮詰まる。
誰もそういった訓練の方法をやっていないので仕方がない。
「いくら技を知っていても、身体の性能をよくしなければ技にはならないのですよ」きっと、意味が分からないだろうが、一応話した。
明日は夕方からブリュッセルだ。

 

パリでは、大城さんに連れられてバスティーユで、ピナの映画を見た。
3D でピナの作品のダイジェストのようだった。
映画が上手く作られていて、舞台以上の面白さがあった。
ダンサー達の年齢が高いということもあり、大人の味わいがある。
映画ではなく、ピナの作品は観客を明確に意識した作りだ。
そんなことも、世界で人気のある理由だろう。
映画館を出て、カフェに入り、大城さんとダンスについて、熱く語り合った。
やはり、ピナの公演は、後援会に入っていても、入手困難なチケットだそうだ。
それはこの映画でよく分かった。
日本でこれくらい、成熟したダンサーや作品が生まれるのは、後何10年先になることだろうか。


その帰り、パリでの地下鉄初体験があった。
人身事故で地下鉄が止まってしまったのだ。
夕方 5 時の列車で、ブリュッセルに行かなければならないのに、間に合うのかという感じだった。

道は一本道だったので、どうにか間に合いブリュッセルでの初の稽古を終えた。
その道場は、日本では絶対にあり得ない作りをしていた。
それは道場の入口がカウンターバーになっており、それこそ食前食後にビア、という雰囲気だ。
もちろん、ビアを進められたが、顔が赤くなるのでアカンやろ、と断った。
ブリュッセルの道場に参加してくれた人達は、パリとは違う雰囲気を持っていた。
平均年齢が高いということもあり、素直に私が指示するようにワークに取り組むのだ。
だから、心地の良い緊張感が道場を包んでいた。
これは、日本でも有り得ないことだ。
もちろん、一部では自己解釈で教え好きがおり、それを楽しんでいる人もいた。
そんな人は、直ぐに飽きてしまい、それこそ棒立ち状態にすぐになる。
世界中どこにでも、そんな人はいるものだと感心した。
というよりも、ある集団が形成された場合、ある種の割合でそういう人がいるのかもしれない。
それ以外の人は、その人達を完全無視で、自分の事に熱心に取り組んでいた。
日本では大分馴れた人が沢山いる場合、こういう状態になるが、外国ではフォーサイスカンパニーを除いて初めてだ。

ベルギーにはビールの種類が 3000 種類以上あるそうだ。
地ビールのことで、昨日は桜ビールとイチゴビールを飲んだ。
桜ビールは、桜餅を食べたような後味で良いのだが、一寸鼻につく。
イチゴは爽やかで、イチゴの味も香りもきつくなく美味しかった。
今日は、朝からスタジオに入り写真撮影があり、その後観光に連れていってくれる。
夜は、 10 時過ぎまで稽古だ。

写真の撮影は数時間かかった。
私の「型」の写真や、レオさんとの組み写真だ。
何故かシャッタースピードが遅いので、超スローで型を披露した。
余りにも遅いので、順番を間違えてしまう。
「蹴りの途中で止めて下さい!」
「無理や!」
そんなやりとりで撮影は続いた。

 

ブリュッセルのワークショップは終わった。
一部の人を除いて、参加者は概ね楽しんでいた。
「 30 年後には生きているかな」「 15 年後に会えるのか」という冗談がポンポン飛び出し、初めての地なのに和気あいあいのワークショップだった。
ワークを終えて、例のバーでスパゲッティを御馳走になった。
今日は桃のビールを飲んだ。
これは結構いけた。
ワッフルを食べていないから、ということで、 12 時に開いている店を探したが、残念ながら店は閉まっていた。
明日の朝に食べよう、ということで、ガイドをしてくれていた人と分かれた。
今日は、楽器博物館のようなところへ連れて行ってもらった。
この博物館の良いところは、楽器の前に立つと、その楽器の演奏があることだ。
その事で、イメージが明確にかき立てられた。

しかし、昨日は気温が 30 ℃あり、汗をかいていたのが、今日は 15 ℃半分だ。
シャツとジャンパーでは、相当寒かった。
不思議にブリュッセルの街を走る車は、パリを走る車と比べて美しい。
どうしてだろう。
観光名所の「小便小僧」の小ささに驚きながら、チョコレートの美味しい店へ。
何でも像の3箇所に触れば、願い事が叶うという像も。

 

昨日はベルギーワッフルを食べ損ねたから、朝からワッフル。
しかし、しかし、ハーゲンダーツの店のワッフル?
それなら日本で食べられるのでは?
10 時過ぎ、ブリュッセルを出発パリへ。
そのまま空港へ。
エミレーツのドバイ行きは驚くほどの列だ。
今日からバカンスだからか。
グループが多い。
800 人乗りだから仕方がないか。
これは二時間は並ぶだろうと思っていたら、横から「一人か」とエミレーツの職員。
そうだというと、別のカウンターへ連れて行ってくれた。
ラッキー。
出国検査で、今回はカルチェのライターが引っ掛かった。
「ライターやこれは」と煙草を吸うジェスチャーをするが、モノがわからないらしい。
勝手にしろ。

 

同じところをグルグル旋回?
ドバイの上空で立ち往生。
飛行場が満員なのか、それとも何か?
少し不安になりながら、長い時間を待機。
機内は赤ちゃんだらけで、ずっと泣き声のオンパレード。
若いお父さんとお母さんは、どうしていいのか分からない風。
こればかりは、世界中同じなのだろう。
力強く泣く子もおれば、ずっと泣いてはいるが、力の無い子。
神経質そうで弱そうな子。
色々ある。
1 時間以上旋回し、ドバイ空港に着陸した。
パリに行く時に、ネットを使ったバーに直行。
一服休憩。
バドワイザーが 8 ユーロとは恐れ入るが、一服代だと思わなければ仕方が無いか。
勘定を支払うとき、余っているコインで 8 ユーロだしたら、コインは受け取らないと言う。
今、現地午前 1 時 50 分。
3 時に大阪に向けて飛ぶ。
眠たいのか眠たくないのか、良く分からない。
隣のテーブルでは、 10 代のガキが煙草をくわえ、インターネットをしている。
アルジェリアとかの子供だろう。 まあ、とにかくゆっくりしよう。

 

夜 7 時過ぎ、道場に到着。
ドバイからの飛行機も、何故か今回はやたらと疲れた。
明日からは、公演モードだ。
外国で、私のことを習う初心者の人たちとの出会いは、色々な意味で勉強になる。
質問を受けると、必ず応えるようにしているが、自分自身で定かで無いものは応えられない。
そんな時、その質問を徹底的に考えるようにしている。
そうすると、全く異なった角度の視点が見つかる時がある。
「臍下丹田」についての質問には、その重要性が私自身が身をもって体感していないので、答えられないと返事をしている。
しかし、今回はよくよくそれを考えてみた。
そうすると、自律神経系との兼ね合いだろうという仮説が見えた。
そんな頭の展開が起こるのも面白い。

 

しかし、今回のパリ・ブリュッセルのセミナーは、私にとって非常に有意義なものになった。
もちろん、パリでのセミナーは、何時も勉強になっている。
体格や身体能力が日本人とは、全く違うので、日野身体理論がどれほど実際に適応するのかの、一番良い検証場所だからだ。
今回は初めてブリュッセルでも 2 日間セミナーを開いた。
どんな反応になるのかは、概ね想像は尽いた。
しかし、実際はどうかは全く分からない。
だから面白い。
ブリュッセルで会場となった道場。
これが素晴らしい。
階段を上がるとレストランのようにテーブルが並び、何とその奥にはカウンターバーまであるのだ。
私たちはギリギリに、会場に到着したので、受講者がそれぞれカウンターで何やら飲んでいた。
パリの会場は、比較的若い人が多い。
むろん、先生方もいるから、必然的に年配の方もいる。
しかし、総じて若い感じがする。
逆にここブリュッセルは、パリよりも年齢層が高い感じがする。
きっと私と同い年か、私より上かもしれない、と思える人も沢山混じっていたからかもしれない。
ここブリュッセルでも、色々なジャンルの先生方が多い。
色々な種類の道着が混じっている。
年齢が高いというのは、もしかしたらそれは単なる印象で、本当はどうかは分からない。
もちろん、そんなことはどちらでも良いのだが、実は、その年齢層が高かった、ということが、「武道に取り組む」とはどういうことか、を改めて考えさせてくれたのである。
何とも楽しそうに、ああでもない、こうでもない、と取り組んでいる姿に、何の焦りも窮屈さも無いのだ。
もっと言葉を並べれば、やらねばならない、や、こうなりたい、という欲すら見えない。
しかし、真剣に胸骨一点を探し、そこを動かすように試行錯誤している。その集中された姿は、日本でも相当私の稽古に慣れている人の姿だ。
そういった人が多いので、道場は心地よい緊張感、密度の濃い空気感がずっと続いていた。
その反面、意識散漫な人達も少数だがいた。
その人達は、一般的に言う熱心な人達だ。
そのように見えるのだ。
その人達は、胸骨の一点を探すのではなく、「そんな運動」をしていた。そう、見た目のことを自分なりに解釈しているのだ。
だから、直ぐに出来たようになる。
するとどうなるか。
もちろん飽きてしまうのだ。
一方の人達は、雑談もせずに黙々と組んだ相手と、胸骨を探り続けている。
私は「運動ではありません、自分の身体を知る為の一つの方法です」と説明した。
しかし、運動として捉えている人達は、そこを修正することが出来ない。
意味が理解できないのだろう。
「身体を動かす=技」だと思い込んでいるのだ。
その道場の人同士が、じゃれあっているようにしか見えない。
片方の人は先生だろう。
だから、もう片方の人に、私の見本を色々と説明し、それを自分がやり弟子に見せている。
むろん、間違っている。
というよりも、私のやっていることが分かるわけが無い。
それは、私の動きを初めて見るからではない。連動という概念も、胸骨という概念も持っていないからだ。
そんなことも分からないとは、こいつらアホか、と思う前に、こいつらが、胸骨操作が出来るようになってどんな意味があるのだ?と考え込んでしまった。
つまり、私が指示する動きには、私の作り出した概念があり、培われた身体の中に理論が形成されている。
しかし、初めて観る人、私以外の人は、私の身体の中に培われたものを知らない。
だから、その場で見えている動きを、一つの運動としてだけ捉え、それをやり、ある程度そのような運動になれば出来た、となるのだ。
ということを考えたとき、その昔、日本からフランスに渡った幾多の武道家は、誰一人として理解されなかったのだろう、ということが見えた。
つまり、何をしても「運動」としてしか捉えられないということだ。
「大事なのは動きではなく、相手との関係です」接触点、あるいは面、あるいは気配。そこが一番大事だと、口を酸っぱくして話した。
だから、私は全員と組み稽古をした。感触を感じてもらう為だ。
運動ではない、腕力ではない、ということの実際を体感して欲しいからだ。
つまり、日本の伝統と呼ばれる武道は、目に見える身体運動だけで出来上がっているのではなく、相手との相互関係の中で創り上げられ、出来上がっていくものだということを知って欲しいからだ。
「西洋のスポーツではないよ。あなた達にとって、異国の文化だから学ぶのは本当に難しいのですよ。私があなた達の文化を学ぶのが難しいように」年配の人達は、楽しそうに取り組んでくれる。
そんな姿は日本で見かけたことはない。
外国の人特有の楽しみ方なのかもしれない。
武道など言葉としては存在するが、実際には存在しない、存在できない時代だ。
その時代において、武道に取り組むとはどういうことなのか。
そんなことを改めて考えさせてくれるブリュッセルだった。

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