■ 2004/11/01 ( 月 ) 夜中の 3 時まで

ドイツから安藤洋子さんがワークショップの為に帰国した。ムック本「達人主義」に掲載した往復書簡ならぬ、往復メールによって自分自身の何が変わったのか、書簡は何だったのか、夜中 3 時過ぎまで熱い話で盛り上がった。コーヒーショップはワークショップの場に早変わりもした。

話が通じるのは楽しい。もちろん、通じることと相互に理解できた、というのは別だ。しかし、大筋では間違っていない、というところで良し、だ。伊藤先生との思い出話。私が伊藤先生の稽古場へ初めて顔を出した時、安藤さんも参加していたそうだ。

伊藤先生の所に来ている人たちは、ダンサーやアクター達だと聞いてはいたが、余程の有名人でない限り私が知るはずもない。安藤さんは「あっ、ナマ日野晃だ」と、はしゃいでいたそうだ。それは、伊藤先生がまだ面識のない私のことを稽古場で「この人は凄いよ」と皆にお話ししていてくれたからだ。

その時は、私の編み出した「身体に対する刺激の認知と運動」を、伊藤先生に紹介し生徒さん相手に動きで見せた時だ。伊藤先生は「良い稽古ですね、これを途切れることなく 30 分ほど出来たら素晴らしいですね」とおっしゃっていた。安藤さんもその稽古を見て「この稽古をしてみたい」と思ったそうだ。という話から、「あの稽古の一番最初は、ここから始めるんやで」とワーックショップになっていったのだ。

やはり伊藤先生の所へ顔を出した時、安藤さんもいた。その時、安藤さんが日本人で初めて、ウイリアム・フォーサイスに認められてフランクフルト・バレエ団に行くという事を聞いた。安藤さんのワークショップの時間まで余裕があったので、伊藤先生と 3 人で食事をした。身体の話、武道の話、バレエの話、安藤さんの目はギラギラと光っていたのが、非常に印象的だった。「やはり、世界の一線で活躍している人は違うんだなあ」と思ったものだ。

 

■ 2004/11/05 ( 金 ) 絶対に上達したくないのでは?

愚息の太鼓チームに新人二人が入っている。今年の六月くらいからの加入だ。この二人を見ていると、いかにすれば上達せずに時間を潰すか、がよく分かっておもしろい。逆に言えば、「絶対に上達しない見本」というべきものだ。

しかし、極論から言えば上達しないのはこの二人が悪いのではない。身の程を知らないだけなのだ。つまり、自分が「今から何をしようとしているのか、そして、自分はどの地点にいるのか」を知らないのだ。ということは、過去彼らの人生の中で、明確な手本があったり、明確な目的があるものに取り組んだことがない、ということである。何とはなしに、また、何となく「出来てきた」ものばかりだったということだ。もしくは、出来たか出来ていないか、をはっきりさせないものや、出来たか出来てないかを指摘されないものばかりだったということでもある。

彼らは「太鼓をやりたい」と言った。ということは、明確な自分自身の「意志決定の元」太鼓を選んでいるのだ。しかし、余りにも身の程知らずだったのだ。それの原因は、自分の目の前で太鼓を演奏するチームがあり、その演奏に感動した。それは事実だろう。しかし、その演奏は巷にある「楽しむ為のチーム」の演奏なのか、太鼓の演奏を職業とするチームの演奏なのかの区別や差を感じ取れなかったのだ。しかし、彼らは言う「リーダーの真剣さ、一生懸命さに感動した」と。そうなのだ、彼らは愚息の演奏を聴き、目にし感動したというのはまぎれもない事実なのだ。

ここにあるズレは誰にも修正することは出来ない。出来るのは本人だけだ。彼らが太鼓の演奏、そして音楽というものを少しでも感じ取れるようになれば身の程が分かるのだが。

「絶対に上達しない見本」とはどういうものか。まず、自分は何を練習しなければいけないのかを見つけることが出来ない。だから、リーダーが「この練習をしてください」と指示を出す。しかし、その練習も実は難しいものだ。なぜなら、太鼓を叩くのが初めてなのだから。となると、その練習をする為の工夫をしなければならない。しかし、それをせずに「練習が難しい」という。当然、その練習量は限りなく少ない。であれば、その第一段階の事が出来ないのだから、次に進めない。そうなると、周りの先輩達もアドバイスが出来ない。

ここの最初の段階は、一日十時間以上やらなければどうにもならないのだ。しかし、彼らは一時間も出来ない。いや 1 分も出来ないのかもしれない。何をしたらよいのか分からない、ということは、リーダーの指示も聞いていないということになる。であれば「首」だ。

 

■ 2004/11/06 ( 土 ) 工夫という能力

愚息には小学一年生から高校卒業まで武道を教えた。武道における身体の明確な形を教えた。これは身体でする習字のようなものだ。身体運動を「型にはめる」という事だ。おかげで、世の中で一番嫌いなものは「武道」だと当時の愚息はいっていた。出来なければ食事を抜いた。考えつかなければ、考えつくまで一人でやらせた。周りの大人は稽古を終わっていても、一人で稽古をさせた。つまり、「工夫の強制」だ。そして、「手本通りに」の徹底だ。子供としては、堪えられない事だ。スキでやっているのではないからだ。

しかし、その稽古は、現在の音楽の道に入って活かされた。納得がいくまで稽古をする。出来なければ一人で工夫をする。絶対にめげない。完全に曲が仕上がるまで稽古をする。そして、「上手くなりたいのなら稽古をしろ」が基本的コンセプトとしてあるから、稽古をしない連中の事を信じられないと言う。

身体習字は、太鼓の奏法そのものにも役に立っている。当然、巷のチームの出す音と一味も二味も違う。

愚息を見ていて、そして、新人二人を見ていてつくづく思う。自分勝手なことではなく、明確な定規のあること、手本のあることを、子供の頃にしっかりと身につけておく必要があることを。でなければ、「手本=自分の目的・目標」に辿り着く為の過程が分からないし、取り組み方や、取り組んでからの苦労を想像できないのだ。となると、当然、「これは自分に向いていない」という言葉で放棄してしまうことになる。

私は常々、「自分のスキな事はどこにもない、スキになれるかどうかだけだ」と言っている。愚息は小学生の時武道は大嫌いだと言っていた。しかし、そこから十年たった今「武道は素晴らしい」と変わった。柔道の柏崎先生は「柔道の稽古なんておもしろくも何ともない、どうすればおもしろくなるか、を考える連続だ」とおっしゃっていた。

 

■ 2004/11/07 ( 日 ) 声を出す

「武禅」での正面向かい合いは難しい。いや、物事と正対するのは難しい。それはわざわざ正対しなくても過ぎ去ってしまうからだ。台風が去るのを首を縮めて待っていればいずれ通り過ぎる。まさにそうしていても、生活することに何の支障もないからだ。

しかし、もしも自分のことを誰かに分かって欲しいと思ったとしたら、自分の話すことを誰かに真剣に聞いて欲しいと思ったら、自分が親で子供に何かを伝えたいと思ったら、上司で部下から信頼を得たいと思ったら、そのことと正対するしか道はない。

決して、巷にあるマニュアル本では解決することはないのだ。それは、パープーの野郎が、パープーの女が「〜だったでしょうか」と訳の分からない日本語を使っているのと同じで、こちらは違和感や不快感そのものしか感じないのだ。

であれば、本当に正対するとはどういうことなのか、が分からなければ前には進めない。東京の「武禅」でその糸口になるレポートがあった。

「今日もとことん駄目だしをされて、ようやく駄目な状態であることを少し認識できた。……。言葉を発する、声を出す、ということの効果がこんなに大きいとは思わなかった。『気持ちを出す』と言われても全く出来ない事を『声を出す』を媒介として多少出来るようになる、手がかりになることを実感した」

とあるように、「声を出す」というのは、重要なキーワードになるのだ。何故か、それは声は気持ちや意志の表れだからだ。その気持ちや意志が相手に向かって突き進んだとき、正対の側面が見えてくるのだ。改めて声を出すのは難しい。しかしその声は声楽のような音、オペラの歌手のような発声の音ではない。そこには気持ちというベースが必要なのだ。音はやかましいだけだ。なぜなら、どこに向かって発しているのかが明確ではないからだ。

 

■ 2004/11/08 ( 月 ) 声を届ける

私がこの「声を届ける」ということを実際化したとき、同じようなメソッドが他にあった。その時、「ああ、やっぱり同じ事を考える人はいるのだ」と、嬉しくなったのを思い出す。それを知ったのは、それこそ「言葉」からだった。本の中にその事が取り上げられていたのだ。まるで、同じようなやり方だったから、着目点が同じだと思ったものだ。そこで、その著者に会いに行った。そこで言葉を交わした。しかし、それも「言葉」だった。相手の表情や声の調子身体の素振りなどをつぶさに観察した。結果、一寸違うかな?と違和感をもった。そこで、一人をセミナーに出席させてみた。

違和感は的中していた。つまり、「声を届ける」という言葉は同じだっただけで、実際は全く違う「音」のことだったのだ。いくら大きな音をだしたところで、その音は相手の心に届くことはない。しかし、そのセミナーでは「届きました」という言葉を聞く。それは、音が自分の方向に向かってきただけであり、自分が聞こうとしているから「届いたような気になっているだけ」なのだ。

その証拠に、そこのセミナー参加者はこころの引きこもり状態の人間ばかりだ。それは自分の中に引きこもっているだけだから、他人など受け入れられる筈はない、つまり、自分に声が届く筈など無いのだ。音が聞こえているのと、自分に声が向けられ尚かつ届いているのを選別出来ることはないのだ。

「声が届く」それは武道での気合い術を源としている。ということは、自分の発する声が相手の行動、相手の攻撃行動を停止させるのだ。つまり、自分自身の「相手に対する」本当の声は、相手の身体に具体的に影響させるものだと言うことだ。この相手に対する、というところがポイントで、自分勝手ではないこと、相手に届けたいという欲求があること、そして一番重要な相手に伝えたい気持ちをもっていること、伝えるべき何かを持っていること、が必要なのだ。

つまり、相手に対する何かしらの「必然」がなければ、声ではなく「音」なのだ。これは、音楽でも同じ事が言えるのだ。

 

■ 2004/11/10 ( 水 ) 愛犬が

今日はちょっと切ない出来事があった。十数年前迷い込んできた犬がいた。追い出しても追い出しても当時飼っていた犬にまとわりついたので、仕方なく飼うことにした。

その犬も私達と同じ年をとった。もうそろそろ寿命かな、という感じだ。身体はやせ細り、食欲もない。寒そうに震えているので、台所にいれてやっている。

人は、寒いとか痛いとか熱いと言えるが、犬は沈黙したままだ。そこがせつない。こちらは穏やかにさすってやるしかできない。

明日は、ガンの患者を病院に行ってケアをする。

こちらは人だから好きなことを言える。

好きなことを言える口や言葉を持っているにもかかわらず、くだらないことしか口からでてこない。

くだらないことしか頭にないからだ。

明日の人は何を口にするのだろうか。

 

■ 2004/11/11 ( 木 ) 人生を達観するな

人の死だけではなく、動物の死も現実を考えさせてくれる。昨夜愛犬が死んだ。目の前には物体としての屍があるだけだ。では「生きている」とはどういうことなのだろう?これは、死を迎える人との対話の度に考えさせてくれている問題だ。しかし、実際には人だけではなく、動物の死からも問題を提起してくれる。それは、どれほど深い関係を持っているかに比例する。つまり、深い関係を持っていない対象物の生死からは、問題提起はないということだ。

屍と生きている身体の違い。それを知ったところで何の意味もない。きっと医者なら答えを持っているだろう。宗教家も答えを持っているだろう。しかし、それらは「生きている人間」にとって、チリほどの役にも立たない。今日ガンの手術を明日に控えた人と話をした。悪性の腫瘍だ。

「どうして私は人生を達観できないのでしょう。手術が恐いです」「それは違うよ。人生を達観しているということは『死んでいる』と等しいのですよ。偉い坊主が分かったような事を言っているが、それらは全部誰かに教えて貰ったこと、どこかに書いてあることです。坊主は坊主という我々とは異なった社会で生きているから言える台詞なのです。我々市井で生きる人間は『迷い、悩み、怒り、悲しみ、喜び』で良いのですよ。そして、それを『生きている』というのですから。だから、手術に怯え、術後を悩み、それで良いのです。また、少なくとも、今私と話をしているという事実が、生きているということなのですから。それが出来ないのを『死んでいる』というのですよ」と話をした。

実際、愛犬とはもう言葉を交わせない。言うことを聞かない時に怒鳴れない。一緒に散歩が出来ない。一緒に遊べない。達観などくそ食らえなのだ。

 

■ 2004/11/12 ( 金 ) 愛犬を相手に「声」を届かせる

犬小屋でゆったりと寝そべってい愛犬に、数メートル離れた家の中から声を出さずに呼んでみる。愛犬の耳はこちらに反応する。なおも呼び続けると、顔を上げ気配を伺う。

これが「声」だ。相手に届くという声だ。つまり、声の究極は具体的に聞こえなくても良いということだ。だから、そこに到達するには「音」では駄目なのだ。ここでいう「声」は関係の為のツールではない。関係そのものなのだ。

つまり、自分にとって対象の人、あるいは動物であっても良いのだが、対象なのかどうなのか、が重要なところだ。改めて「対象になる」のではない。すでに対象でなければならない。

池の水に波紋が広がる。それは風が原因かもしれないし、木の葉が池に落ちたからかもしれない。とにかく、池の水にとっての対象のもの、あるいは、風にとって木の葉にとっての対象のものが働いたから、反応が起こったということだ。

つまり、関係とは、関係という特別なものがある、あるいは作るものではなく、地球に空気があるようにあるものなのだ。その「あるもの」との反応という働きがこの場合では「声」だということだ。

ということは、反応しない、反応できない、ということ自体、相互の間で働きが起こらないのだから関係とは無縁の人だということになる。

愛犬とは色々な実験を試みた。また、愛犬を観察することで本当に多くの事を得た。

 

■ 2004/11/14 ( 日 ) お年寄りの子守唄

「子守唄」はお年寄りが歌っているのがよい。上手い必要はない、声が良い必要もない、イメージも無い方が良い。純粋に「声」であるだけでよい。単にそこで鳴っているだけで良い。

声であるが故に子供に響く。

これは一見不思議なことだ。しかし、よく考えれば何の不思議も無い。お年よりは、わざわざ対象のものを意識する必要などない。孫や曾孫は、お年寄りにとって空気のようなものだからだ。いや、対象のもの全てが、あえて意識する必要などどこにもなく、自分自身の身体に染み付いたシミやシワのようなものなのだ。

となったとき、その「声」は誰にでも響くのだ。お年寄りにとって、対象の人やものは、もはや対象ではなく分身化しているとでもいうものだ。曾孫を膝の上に乗せ、誰にとも無く子守唄を歌っている姿は寂しい感じもするし、豊かな感じもする。

人は、年をとらなければ分からない事がある。決して若いということが万能なのではない。人生という時間をいかに過ごしていたか、の蓄積が分からせてくれる事もある。

また、身体の老化が教えてくれることもある。そういった意味で年をとるのは面白いことだ。

 

■ 2004/11/15 ( 月 ) 和太鼓の音

愚息のウクライナでのコンサートがやっと始まった。

途中で乗り継ぎのためウイーンで4時間ほど待ったそうだ。喫茶店でお茶を飲んでいるとき、横になんと世界の小沢征爾が座っていた。愚息は胸をときめかしてサインを求めた。私が22歳のときに強烈な影響を受けた、武満徹の「ノーベンバーステップ」で小沢征爾指揮の CD を持参していたので、その CD に書いてもらったらしい。あつかましく、「名刺も渡してん」とはさすがに我が子だ。

この「ノーベンバーステップ」は、私のジャズでの方向に最大のヒントになったものだ。同時に、オーケストラという西洋楽器の集団に対して、琵琶と尺八という日本の民族楽器のコントラストから、「音」というものの質的な違いを学んだ。

その少し前、大阪万博でベートーベンの交響曲を聞き、圧倒的な音の洪水、構造に打ちのめされた。自分が出しているジャズという音、ジャズという音楽が貧しく見え、それを解決できなかったのだ。

オーケストラがしばらく音の塊を出している。そこに突如琵琶の音が入り、オーケストラの音の塊を切り裂いてしまった。それはどうして?この問題は50歳になるまで明確にはならなかった。がしかし、武道の掘り下げと共にだんだんとその問題は姿を見せてくれた。

民族の血に沿った音と、作られた音の違いだ。アナログの音とデジタルな音の違いだ。これは人の根源的な生命にかかわってくる。生命に響く音と、頭に響く音の違いだと極論しても良い。

ウクライナでの公演初日は良かったのか悪かったのか分からないらしい。しかし、手ごたえが無かったからといって右往左往するな、とアドバイスした。ここにも難しい問題が潜んでいるからだ。生命に響く「音」を引っさげての海外公演だから、自信を持って突き進め!だ。

 

■ 2004/11/17 ( 水 ) 「手本」

「手本」とはなにか。第一段階の手本は「真似をする対象」だ。しかも、それは中身を伴わない。漠然としたもの漠然とした行動だ。第二段階の手本は「真似をする対象2」になる。これは第一段階の時間と量の積み重ねから、自分と手本の違いが見えてくるという段階だ。そして、第三段階「真似をする対象3」漠然とした違いの見え方から「対象と自分とを比較し検討する」という高級なレベルに入る。なぜ高級といえば、対象と自分を比較するのだから、比較するべき対象のものの何かと自分自身の行っていることの何か、つまり、同じ土俵に上げるべきものは何かを見つける視線がある、という高級なものなのだ。

第二段階までは、まだ頭の中の作業だけのことで、第三段階で初めて具体的に客観的視線が必要とされるのだ。ここのステップアップは難しい。ここで必要なものは、自分自身の欲求以外に何も無いからだ。

この視線の有無が手本の真似か、手本を通して自分を形成するのか、の分かれ道になるのだ。だから高級だということだ。

また、別の次元での「手本」の話として、自分自身にとって「手本」は目的なのかヒントなのか、という事もある。これは、手本というものに対する一番最初の直感が全てを決めている。もちろん、ここで書いていることは結果論としての話であって、絶対にそうなのではない。つまり、私自身がこういったことを初めから分かっていて音楽に取り組んだり、武道に取り組んだのではないからだ。

この年齢になって振り返れば、こういったステップを踏んでいるな、というものなのだ。だから、こんな事も言える。この日記を読んでくれている人で、何かに取り組んでいて、そして、このステップのどこかに自分が当てはまるとすれば、それは絶対量が足りないからだと断言しよう。

全てのステップアップは時間と量であって、それ以外のなにものもない。しかし、その時間と量には質が伴ってこなければならないのだ。質を伴わすためには、考えなければならない。それにも時間と量が必要なのだ。

これらは大変なことではない。苦労でもなんでもない。人はゲームに遊んで貰わなければ遊べない、ディズニーランドがなければ遊べない、カラオケでないと遊べない、つまり、与えてもらったものでしか何も出来ないのだが、このステップアップにはお金も場所も要らない。自分の頭と身体と若干のスペースがあれば一生付き合えるのだ。これを「遊ぶ」というのだよ。

 

■ 2004/11/19 ( 金 ) クリスマスコンサート10周年近し

今年で10回目になるクリスマスコンサート。例年は第一土曜日にやっていたのだが、今年は東京でのセミナーのため第二土曜日になった。このクリスマスコンサートも、最初は日野武道研究所の忘年会として始めたのが、どんどん観客が増え、70人も来るようになってしまった。昨年は、少しへって静かな落ち着いたパーティという感じで、それはそれで楽しかった。

「遊ぶには努力が要る、だからその努力の分だけ楽しさがある」ということを、知ってもらうために毎年終わるとテーマを出す。「ハッピーディ」のコーラスや「ホワイトクリスマス」のアカペラコーラス等、参加者が四苦八苦して当日までに完成させる。

それがまた面白い。何しろ全員揃っての音合わせは当日しかできないのだから。当日になると、稽古をちゃんとしてきた人とそうでない人がはっきりする。「ハッピーディ」には、4年も費やしてしまった。当時大学一回生だったリードボーカルで、日野武道研究所のアイドルだったリコちゃんが、4回生になっていた。そして、コンサートを卒業していった。

という具合に、長く続けると色々な思い出が出来る。毎年コンサートを聞きにきていた中学生の兄妹が揃って音楽方面に進んだりもした。

今年で10周年。このクリスマスコンサートを続けられるということが、日野武道研究所はつつがなく年を越せたというバロメーターでもある。とにかく、何事でも続ける事が大事だ。

しかし、今年は本の出版が重なり、練習に時間を作れなかった。どんな音を出せるのやら。

 

■ 2004/11/20 ( 土 ) ツッパレ!!若者

拙著「古武道入門」が発売一ヶ月で増刷だと出版社からメールが届いた。

別の出版社から出ていた「武術革命」も先日増刷された。これは無茶苦茶嬉しい。私自身の主張を曲げずに書いた結果だからだ。むろん出版社からの要望はある。

それは当たり前の事で、決してボランティアで会社をやっているのではないからだ。しかし「売れるために」という事で書くのはその価値観の人がやればよいのであって、私は主張したいことがあるから、書きたい事があるから書くという姿勢で貫いてきているのだから曲げる気は無い。

その意味で増刷されるという事は、私にとって非常に意味のあることだ。ジャズをやっている時も、姿勢を曲げた事が無い。自分自身の「音楽」というものの目鼻が付いた時から、一切妥協をしなかった。むろん私自身にだ。

レコード会社からの誘いがいくらあっても「俺の音はライブでなければ意味が無い」と断り続けた。レコードとして音を閉じ込める事は出来ない、と拘り続けた。もちろんこれは私のツッパリ以外の何者でもない。これには、色々な意味でエネルギーが要る。何しろ自分の意志で「生きてやろう」としているのだからだ。そして誰に頼まれたものでもなく、社会が要求した事でもないからだ。社会に迎合するのは嫌いだ。その中で拙著が売れているというのだからより嬉しい。

「これはこうだ」と自分自身が決めたことを、徹底的に突っ張って生きていく。それが私の中学生のころからの姿勢だ。

この姿勢の結果が今日の私であり明日からの私である。そして死ぬ瞬間までの私であるはずだ。

したがって私は「若気の至りだった」という言葉が一番嫌いだ。若かったからという一言で自分自身の人生を否定したくない。というより詭弁で人生をリセットできるはずも無いからだ。全部まとめて今の自分なのだ。今日本は色々な世代で確実に二極分化してきている。つまり、自分自身の信念を持ちそれを貫いてやろう、という人と、信念って何??という、能天気極まりない人種とだ。もちろん、信念を貫く側は少数だ。しかし少数でいいのだ。どんなものでもベスト8は8人なのだからだ。その中に入りたいのか入りたくないのか、あるいはそれを通り越して一番になりたいのかなりたくないのか。このエネルギーは「癒し系」ではない「生きている系」だ。

「生きている系」の台頭が日本を活気付け、息を吹きかえらせる。突っ張れ「生きる系」の若者!!

 

■ 2004/11/21 ( 日 ) 腰力???

久しぶりに斉藤孝の姿をテレビで見た。一番驚いたのは声のトーンの高さだった。下手な若手の漫才師が力んでいるのと同じ調子だ。どうなってんの、「声に出したい日本語」だったのでは?と思わず引いた。とても深い知性を持つ人の声ではない。大学の教授だそうだ。そして「身体論」の専門家だという。

番組では「腰力=こしぢから」ということで進行した。その専門家がとんでもないことを口走っていた。「今の子供たちの切れる原因は集中力がないから」そしてそれは「腰力」が弱っているからだという。

馬鹿なことを言うな!切れる原因は「我慢する」という成長の一段階が育っていないからだ。ここに二つの見落としがある。一つは、人の成長に関する基本的なことを分かっていないということ。一つは、「集中力」という能力が特別にあるとしていることだ。しかし、この二つは巷に出回っている多くの書籍で目にすることが出来る。それに振り回されるサラリーマンのなんと多いことか。だから、企業は衰退するのだが。

この原因は、結果として現れたこと、例えば、「切れた」というその少年の姿勢から、腰が弱いからだといっていること。また、例えばわき見も振らずに、数学の問題を解いている少年がいたとしたら、その姿から「集中力」という能力が脳のどこかにある、といっているのだ。つまり幻想をみているのだ。きっぱり断言しよう。集中力というものはない。人の持つ好奇心が働き意識がその方向を向いたときに、集中されている、というもので、集中というのは現象のことなのだ。

こういった、「目に見えているものしか見えない」また理解できないという現象は、斉藤孝だけのものではない。一般的に一寸頭が良いとされる人達のほとんどは、この「目に見えているものしか見えない」のだ。

その人達は、目に見えているものに対しての説明が得意なだけだ。だから聞きやすい。しかし、説明が理解しやすかったことが、物事の本質を語っているのかはまったく別の問題だ。

また、身体論が専門であるならば、足を踏ん張ると身体の自由が利かなくなるということくらいは分かるだろうに、逆に足を踏ん張れと叫んでいた。つまり、斉藤孝自身の身体感覚や、身体能力が一般の人並みしかない、ということなのだ。それが専門家??しかし、ここ数年で90冊も著書があり、60万冊も売れているのだから売れる本を書く天才だ。

 

■ 2004/11/23 ( 火 ) 「友」とは、自分が勝手に決めていること

昨日友人で作家・放送作家の押切氏とコーヒーを飲んだ。押切氏には「達人主義」「古武道入門」で大変お世話になっている。押切氏と会って話をするのは面白い。だから会う。それは押切氏にも話したことだが「会っている時間はある意味で真剣勝負をしている」からだと。

押切氏は作家である。私は作家ではないが、言葉を使って「武道」や「表現」等を言葉化しようとしている。その違いが切り口の違いになる。切り口の違いとは興味対象の違いであり、終点そのものの設定の違いだ。

その切り口が違えば、中身の別の角度が見えるようになる。押切氏の私に対する質問、問題提起は、私の頭や身体を刺激する。つまり、私の切り口ではない角度から入り込んでくるのだ。ということは、その質問に対して、その問題に対してのあらかじめの答えを持ってはいないということ、答えを用意していないということだ。

だから、「真剣勝負」でありおもしろいのだ。押切氏の質問で転覆したら、分かりませんと言えば、私の獲得しているものもそれだけのものだということだ。つまり、私自身の実力を教えてくれているということだ。人との関わりというのは、こういうものだ。スリリングなものだ。

思えば、私にはスリリングな友人が押切氏を含め三人もいる。

これらは正しく武道である。自分の思っているようにはこの三人は突っ込んでこない。つまり、自分の思っているようには攻めてこないのだ。そして、どこから攻めて来るか分からない。どこから攻めてくるのか分かっても小手先では対処できない。それは、小手先かどうかを見抜く目を持っているからだ。だから、相手の攻めのママにこちらの頭を任せる。すると、言葉が湧いてくる。言葉が沸き上がってこなければ待つ。違うと言えば、ここで時間差を持てることが武道との違いだ。

彼らは、私のことを友だとは思っていないかも知れない。しかしそれで良い。自分が勝手に決めればよいだけだ。もちろん、彼らがその事を知る必要はない。そして、知ったからといって何も変わらない。そして、もう一ひねりして考えれば、彼らは友であるかも知れないが、師でもあるのだ。多種多様な問題を投げかけてくれ、私を成長させてくれる。であれば「師」だ。年齢は皆私よりも若い。人生を歩いていれば、年齢など何の根拠にも保証もないことを知る。人との関わりとはこんな事だ。

 

■ 2004/11/24 ( 水 ) 「友」

友と言えば、小・中学生の頃は「お前は親友だ」とお互いに言い合ったものだ。しかしある時その親友が心変わりして他の人と仲良くなる。すると「裏切られた」といとも簡単に結論づける時代だ。それをいくつ何十になっても引きずっている人がいる。それを「子供」という。

だから「裏切られた」が重なってくると人間不信になるらしい。

それはおかしな話だ。どうしてその特定の個人に裏切られた事が、人間不信にと一挙に一般化されてしまうのかさっぱり分からない。例え百人に千人に裏切られ続けたとしても人間不信になることなどない。そこにある原因は「人を見る目がない」という自分の愚かさ、そしてこちらの「欲」を満たそうとしている事が信じるに転化した事。それらが重なっているという根本的な原因である。

「あなたは神を信じますか」とキリスト教のある一派の勧誘フレーズが象徴するように、それは神に対する言葉であって、人に対する言葉ではないはずなのだ。日本では、神は特別なものではない。身の回りに常にある存在だ。今更信じる必要などどこにもない。もっと血肉化しているのだ。

というところから考えれば「信じる」という概念をわざわざ自分の中に持ち込み、その事で「裏切る」という対立する概念を沸き上がらせているのだとも言える。つまり、これらを言葉に振り回されているというのだ。しかし、キリスト教的「信じる」を考えても、神は決して裏切らないという大前提の基に「信じる」という言葉が存在しているのだから、信じる→裏切るという図式は本来存在しないのだ。ただ、自分の思い通りに人は動かなかったというだけのものだ。

だから、それに懲りずに人を信じよう。そしてそれをぶち壊されよう。楽しいよ。その葛藤があるという事が「生きている」という事であり「人と本気で関わっている」という事だからだ。

「あなたは神を信じますか」と家に来る。その度に「あなたは信じていますか」と聞き返す。すると相手は「もちろん」と顔を輝かす。そして改めて私に「あなたは神を信じますか」と聞く。そこで「神を信じるのか、神の存在を信じるのかどちらに対する質問か」と聞き返す。きまってしばらく沈黙し「両方です」という。つまり、勧誘する人は私の質問で始めて考えたということだ。それが、その沈黙で見て取れるのだ。だから「私はあなを信じません」となる。「武禅」ではこんなことも教えているのですよ。

 

■ 2004/11/25 ( 木 ) 「信じます」は信じる力

「あなたは神を信じますか」しかし、それは「あなたは信じる力を持っているのですか」と置き換えた方がよい。なぜなら、自分が自分以外のものを対象とした対象そのものが、つまり、ここでは「神」であり、それを置き換えれば「友」であり「お金」であり、「恋人」「夫」「妻」「会社」「子供」 etc. と、人それぞれの対象のもの自身に信じるに足りるものがあるというニュアンスが見えるからだ。

という視点から眺めれば信じられるものなどどこにもない。つまり、目の前にゴッホの絵があったとして、しかももちろんゴッホ自身の作品だったとして、それを「これはゴッホの作品ですよ」と社会的に信用のある人に説明されたら、それをあなたは信じるだろうか。「もちろん信じます」と大半の人が答えるだろう。

ここでは三重の問いかけがなされている。一つはゴッホの絵を、ゴッホの絵だと信じる。もう一つは、それを説明している社会的に信用のある人の言葉だから信じる。とあり、社会的信用を信じる、と、その人の言葉を信じる、という三重の問いかけで、あなたは、それのどれを信じたのか、という問題だ。

ゴッホの絵そのものを信じるのであれば、ゴッホの偽作と本物を見分ける目を持っているのかどうかが問われる。また、社会的信用を信じるであれば、その社会的信用に対してどんな保証や根拠があるのかを、持っていなければならない。その言葉を信じるのであれば、その人を超える国語力と豊富な知識をもっていなければならない。

つまり、信じるとは、その対象のものと同等の、もしくはそれ以上の実力を持っていなければ発してはならない言葉だということになるのだ。それ以外の信じるは、単なる博打だ。

しかし、こういった事とは別に全く違う次元で「信じる」という言葉は存在する。それは「無条件で」つまり、なんの根拠も保証もなしという前提にあるものだ。その中に含まれるのは、無条件でこの人を信じる。無条件で自分自身を信じる等がある。但しこの場合の絶対条件は、自分自身の生命が途切れるまで信じろ、が付く。もしも、この条件を飲み込めないのであれば「信じる」という言葉を使ってはいけない。

という具合に自分で発する言葉をいかに大切に使うか、が大事なことなのだ。

 

■ 2004/11/26 ( 金 ) 「友」という資格

友の話から「神を信じますか」に流れてしまったが、それは「信じる」という言葉に引っかかったからだ。信じるに足りるものなどどこにもない。だから「築け」だ。それは「関係」も同じだ。関係などどこにもないし、関係など一人でに出来るものではない。これも同様で「築け」である。

友との話は真剣勝負だ。その真剣勝負を相互に出来る、ということ自体が関係なのである。ワイワイ騒げる仲間というか、寄せ集めのことを「友」というのではない。傷口の舐め合い、判った風な言葉の掛け合い、当たり障りのない会話しかしない仲間出来ない仲間は、仲間でもないしもちろん「友」でもない。それらは偶然寄せ集まっただけだ。どこかの交差点で信号待ちをしている時の集合体と同じだ。ただ、名前や素性を知っているというだけの違いだ。

友は癒してはくれない。例えば小さな傷が出来たら、その傷口を広げて塩を刷り込み、「傷口はここだと認識させてくれる」のが友だ。その勇気を持てない人間には友は出来ない。

つまり、物事や人と自分と真正面からがっぷり四つに組んでやろうという心意気・勇気のある人が「友」となれるのであり、「友」を持てる資格があるのだ。その資格を形成していくのが、小・中学から高校生という時代だ。いわば思春期である。

がっぷり四つとは、どんな事でも自分のこととして捉える姿勢で生きている事を、がっぷり四つという。自分のこととして捉えるからその言葉に責任を持つ。つまり、行動が伴うということになる。その反対にどんなことでも、たとえ自分のことでも斜めにしか捉えることの出来ない人を、他人事の人生を歩いている人というのだ。したがって、言葉に責任はなく行動は伴わない。

他人事としての自分の人生、そして他人の人生だから、判った風な事が言えるし、さも労わっているかの如く口調もでる。しかし、言葉に責任を持っていないからそこに行動がない。

これは取り返しがつかない。英語は小学生のときにしなくても、自分自身の必然があれば誰でも話せるようになる。知人に英字新聞を読みたくて英語を独学で学習し、今や通訳になっているものもいる。

取り返しがつかないというのは、人間の成長期は人生で一回しかないからだ。その時期を逃したら一生同じ時期は来ない。田植えの時期、取り入れの時期、それらを逃したらお米にはならないのと何一つ変わらない。なぜなら人も稲と同じ自然物だからだ。

 

■ 2004/11/29 ( 月 ) 本年最後の「武禅」が終わった

本年最後の「武禅 (http://www.hino.gr.jp/buzen1.html) 」が昨日終わった。何時もの事ながら、終わった後はグッタリなる。人との関わりはそれほど疲れるものなのだ。もしも、疲れないという人がおれば、それは本気で関わっていない証拠だと思ったら良い。だから、ここで要求されるのは体力そのものだ。

真剣に人と向かい話をする。話を聞く。頭で会話をするのではなく、身体全体でする。それが出来ないからコミュニケーションなど取れているはずも無いのだ。一泊二日の短い時間だが、それぞれが真剣に人と向かう。行が終わって解散のとき、皆の目は誰一人の例外なく輝きを増している。やはり、人を成長させる、人に何がしかの気づきを与えるのは「人」でしかないことを確信せざるを得ない。

そして、真剣に本気で、これしかない。つまり、ここでも真剣勝負が行われているのだ。だから、人は短時間で変化するのだ。

「武禅」での楽しみは、何回も参加している人の日常での変化を聞くことだ。自分自身では変わった気がしないのだが、周囲は驚く。その驚きの声を聞くのが楽しい。人はなぜ驚くのか。それは簡単だ。人は止まっているから、一歩でも前進した人を見ると驚くしかないのだ。そして、止まっている人からは永久に追いつかない所へ行ったことを、直感的に感じるからだ。

今回の参加者の一人が良い事を言っていた。

「日頃はいい加減にしているが、真剣になろうと思えば何時でもなれる、と思っていたが、実際に人から真剣に向かい合ってこられた時、全く真剣になれない自分がいました」がそれだ。

そうだ、人は一度も体験の無いことは出来ないのだ。それを頭は知らないから「何時でも出来る」と思っているのだ。つまり、「何時でも出来る」という言葉に自分が振り回されているのだ。こんな面白いトリックを頭が使っているのだ。それが頭と自分とバラバラだということだ。

だから、逆に言えば日頃自分の使っている言葉を実際化しようとすれば、並大抵の事ではないということになる。だから、ある意味でほとんどの人は嘘つきだということにもなるのだ。自分の使っている言葉を実際に出来ないにもかかわらず使っているということは、自分に対する嘘つき以外の何物でもない。それにいかに気づくかが人生なのかもしれない。

 

■ 2004/11/30 ( 火 ) 人は変わる?

「あきら、変わったな」「そうか、俺は何も変わってないで、年をとったけど」25年以上離れていた知人との会話だ。確かに、表向きは変わった。音楽から武道へと。でも私自身は変わりようがない。

10数年前、中学生の時の同窓会が初めて行われた。皆どんな顔になっているのか楽しみにして出かけたものだ。会場に着いて愕然とした。ただのおっさんとおばはんばかりだったからだ。それからもう二度と行かない。皆年齢を重ね、一人前の顔になっているだろうと期待していたのだが。

皆、何も変わっていなかった。中学生の“まま”年齢を取っただけだった。そりゃそうだ。巷で見る間抜けた顔がこの同窓会だけ違っていたら革命ものだ。しかし、集まった人たちは「変わったねえ」と声の掛け合いをしていた。それに引き換え私への言葉は「日野君まるっきり変わらないねえ」だ。これは一体どういうことだ?私から見れば、皆は何一つ変わらず中学生の「まま」で、皆は変わったと言い合っている。しかし、私には何も変わらないという。

そうなのだ。人は見た目しか「見ていない」のだ。同窓会の時の私は、相変わらず丸刈りでタンクトップだった。そうだ、中学生のときの体操時代そのままだったと見えたのだろう。何と馬鹿げた事か。今迄歩いてきた正月の数は伊達だったのだ。年齢を重ねるとはどういうことか、そんな事も考えたことが無いのだろう。彼ら彼女達は単に細胞が老化しただけだったのだ。

時間を空けて再会するのは楽しい。というよりも、こちらに幻想が膨らむ。しかし、再会するとその幻想はぶち壊されるのが常だ。私は誰かに幻想を持つ。と同時に人も私に幻想を持っているかもしれない。であれば、その幻想を良い意味で壊すのもよし、壊さないのも良しだが、少なくとも細胞が老化しただけの身にはなりたくない。歴史の積み重ねと一緒に歩いていたい。また、私自身を見抜かれない存在でいたい。

後日電話でのやり取りで「やっぱりあきらは変わったよ」「…そうか、それやったらそれでええやんけ」「いや、俺はあきらがそんなんやと思っていなかった」「あほか!俺はお前の為に生きているのと違うぞ。俺がどうだろうとどうでもええやんけ」ガチャン!と電話を切った。

私が突っ張っているのは何も変わっていなかった事を、彼は身をもって判っただろう。どうでもいいような話に関わっている暇は、この歳になれば無いのだ。

 

■ 2004/11/30 ( 火 ) 「こころの象」は deep だ!

今日は大阪の稽古を休んで東京に来ている。毎年この時期は初見先生の大光明祭だ。今年も200人以上外国から参加している。私の著作「こころの象」がスペイン語で出版されているが、それは初見先生始め武神館のスペインのお弟子さんたちの協力があったから実現したことだ。

ついで、英語バージョンも現在翻訳中で、年内にも英語圏に出回るはずだ。そのスペイン語バージョンを読んだ人に感想を聞いたら「無茶苦茶深い」と言っていた。何しろ、私がスペイン語を理解できないのだから、日本語が伝わっているのかどうかも分からない。しかし、「無茶苦茶深い」と言ってくれているので、大筋では翻訳されているのだろう。

それで良いと思う。日本の微妙なニュアンスは、スペイン語にも英語にも無いのだから仕方がない。しかし、それ以上に彼らが求めてくれているから、言葉の壁は補ってあまりある。

日本人に理解されないのなら外国で。と、初見先生は二十年前から外国に活路を求められた。「日野さん、外国では本物しか相手にしません。日野さんもどんどん外国に出ていくべきですよ」と何時もおっしゃってくれている。その第一弾がこの「こころの象」だ。

日本人が自国の文化を葬り去っているのに対して、外国の人達はますます興味を持ってくれている。私の本など日本人でも難しいだろうに、彼らは「難しいから面白い・興味深い」と取り組んでくれている。日本人は「もっと分かりやすく」という。「分からない」とほざいている。

この差は一体なんだ。柔道の柏崎先生が外国の子供たちに教えると「どうして?なぜ?」と技の仕組みを突っ込んで来るそうだ。そこで、その仕組みを説明してやると「であれは、これでも良いのですか?」と、どんどんチャレンジする。そこには、全部失敗かもしれないが、が常にあるが、そんなことは何とも思っていないのだ。失敗するから、間違うから筋や正答を見つか出せるのであって、失敗も間違いも出来ない人間に正答など見つけだせる筈はない。

しかし日本では「これはこうだ」というと「はい」というだけで、何一つ自分で可能性を見つけようとはしない、とおっしゃっていた。

つまり、失敗も間違いも一切自分の手をわずらわせないで、正答だけを得ようとしているのだ。その得方も「教えて」であり「教えるのが教師だろう」で「お金を払っているのだから教えて当然だ」だ。いつからこんな腑抜けた民族に成り下がったのだ。

 

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