■ 2004/12/03 ( 金 ) 何が「名優」なのか?
47.8 年前、直ぐに扁桃腺を腫らし熱を出す私の唯一の楽しみはラジオだった。朗読からドラマ、漫才・落語に至るまで片っ端から聞いた。それは子供にとって想像力を形成するのに一番確かな方法だったと後日気づいた。
そんな中で「しんこくげき」という紹介で時代ドラマがあった。子供の私には「新国劇」は「しんこくげき」でしかなく、だから意味が全く分からなかった。辰巳竜太郎・島田正吾と出演者の紹介があり、今迄のあらすじ、そしてドラマが始まる。
長い前振りになったが、その島田正吾が「名優」だったとは昨日のテレビを見るまでは知らなかった。もうお亡くなりになったが、10年ほど前から役者生活75年を機に一人芝居に挑戦されていたそうだ。
その一人芝居が紹介されていた。「名優」と冠があったから、何が名優なのかが知りたくてその一人芝居を見た。出し物は「沓掛時次郎」で、いわゆる人情物だ。子供とその姉が登場する。テレビでは、その子供を背負うシーンが秀逸だと言った。まるで本当に背負っているようだと。
私は縁あって大衆演劇のスターの舞台衣装をデザインと製作を頼まれ時々縫う。衣装を着けた舞台を見るためによく大衆演劇を見た。大衆演劇のスタイルは歌舞伎などに比べて「くさい」。もちろんその演技が良いか悪いかではない、スタイルなのだ。それでで客は満足しているのだ。だから良い悪いではない。
その大衆演劇の演技と何も違わなかった島田正吾のくささ。ということは、大衆演劇の演技イコール新国劇なのだろうか。本当に子供を背負っているようだと言った NHK のアナウンサーは、一体何を見てそう思ったのだろう。まさしく島田正吾の一人芝居だった。子供も背負っていなければ、子供もいない。舞台にいるのは島田正吾が描いている幻想の島田正吾だけだ。視線は子供を、手は子供を触ってはいなかった。下手なパントマイムより悪い。
しかし、実際に新橋演舞場に詰め掛けた客は満足している。だからそれで良い。しかし、子供もその姉も島田正吾の演技からは見えてこなかった。
つまり、私には幻想を見せてくれなかったということだ。という具合に「表現」というものを考えたとき、大衆演劇という世界、新国劇という世界、その他多種多様にある表現形式。それらには、全て垣根があった何一つ共通した概念はないということなのか。いやそうではない、共通するからこそ「私には見えなかった」のだ。
■ 2004/12/04 ( 土 ) 「人の目」が表現を育てる
先日「達人主義」で往復メールを交わした安藤洋子さんと渋谷で飲んだ。東京セミナーに参加している安藤さんの仲間のダンサーや、押切氏も同席し「ダンス」について、また「方法」が先か「気持ち」が先かなどについて、熱く楽しい話に盛り上がった。時間があっという間に過ぎ、京浜東北線の最終に乗りホテルに帰った。
安藤さんは来年の1月の末にはドイツに帰る。それまで、少しでも武道の動きの根源である、相手に応じて動きを作り出す、と意識の切り替えを自分自身のダンスの糧にしたいと言っていた。私もこれらは「表現」にとって最高の武器になると思っている。
ダンスをはじめとする表現と武道の表現とは根本的に違う。武道では表現そのものを「相手に確実に作用させなければならない。刀の扱いの上手下手、身体の動きの上手下手など誰の目にも分かる操作よりも、はるかに大事なことは「相手に対して自分自身をどう見せるか」であり「どう見えているのか」の寸分の狂いの無い表現と認識である。
ここを誤ると、いくら刀を上手く扱えても身体が素早く動いても、人の目には、つまり、相手からは全部見透かされバッサリと斬られてしまうのだ。この「人の目には」というところが、武道以外の表現では抜け落ちている。つまり、何に対して何を表現しているのか、が明確にならない根本原因がここにあるのだ。だから、島田正吾の如く演技になっていくし、そこを誰も突っ込まないということになるのだ。
以前私が所属する「身体運動文化学会」のセミナーで、横浜国立大学の女性の教授がダンスを披露した。陳腐!!そして自己満足以外の何物でもなかったのだが、私を除く全員は「大きく見えた」だの「感動した」だのと言っていた。まだ、幼稚園児のダンスの方がましだった。つまり、何をしたいのか、何をしているのかが全く分からないもので、しかもダンスとしての運動技量もお粗末極まりなかったのだ。余程突っ込んでやろうかと思ったが、突っ込んだらすぐにぶっ壊れそうだったので止めた。
つまり、ここの突込みが無いということは、この様に観客も表現者側にも双方に渡って、的外れ人間作り出し野放しにする結果になるのだ。それの相乗作用で表現の質がドンドン下がるのだ。
ここにある難しい問題はずばり「人の目」だ。その人の目は少なくとも現状の自分の目では駄目なのだ。自分の目も鍛えながら、客観視できる目も鍛えなければならないのだ。
■ 2004/12/05 ( 日 ) 「怒り」を生かせ??
人材開発のプロといわれる辛淑玉氏が色々と話していた。何でも「怒り」を上手く使えということらしい。私は「感情を表出させろ」ということで中でも「怒り」は行動の根本原因になるから、怒りを噴出させろと常々皆に話している。
しかし、話をよく聞いてみると辛淑玉氏の「怒り」はそういうものではなく、自分自身は何に対して怒っているのか、そしてどうして欲しいのかを探し出し、合理的に相手に伝えることが最上のコミュニケーションに繋がるというものだ。
氏の話は、非常に論理的で聞きやすい。そして特徴として、パターンを作りもしくは、分類訳しはめ込むのが得意だ。そして数値化だ。だから、非常にイメージしやすい。そして説得力抜群だ。ただし「馬鹿には」だ。物事を考えられない人には非常に有効だ。
考えることが人間にとっては、パターン化したこと自体の矛盾や、任意のパターン化はテレビの編集と同じだと分かる。数値化にしても同じだ。つまり、分かりやすいその話は「話でしかない」のであって、現実となんら関係が無いということが見えてしまうのだ。
特にその氏の話は、氏が台湾なのか中国なのか知らないが、少なくとも日本人の感性には当てはまらない。しかし、当の日本人がそれを分かっていないので「ああそうなのか」と得心する。繊細な感性を持つ日本人が、白か黒かの選択肢しか持たない民族の教育を受けてマイナスにはなってもプラスにはならない。
そういえば、昨日我が家にコピー機の売込みがあった。弱冠24歳の営業マンが流暢にコピー機の話、会社の話し、今契約するとこんなメリットがある、ということを、数字やイラストで説明していた。この営業マンなどもこういった人材育成のセミナーや、人材開発と称するセミナーを受けたり受けさせられたりしているのだ。
なぜなら、それこそマニュアル化された営業トークしか出来ない姿があるからだ。最後に、営業マンが「私の営業は駄目でしょうか」と聞いてきたので、「商品に対しての知識や運び方は良いが、返事の仕方やお辞儀の仕方が駄目だ」と言った。つまり、マニュアル外のその人間の人格や知性のところだ。
「怒り」は、こういった氏の話にこそ爆発させろ。日本人を馬鹿にしているのか!と。そして最も面白かったのは氏には「怒り」と「叱り」の区別が無いことだ。にもかかわらず、氏の本の帯には日本語にうるさい永六輔氏が推薦文を書いているところだ。
■ 2004/12/08 ( 水 ) 出合ったものを見誤るな
「見た目には簡単に見えるけど、実際にしたら難しいですね」これは、私のセミナーに初めて参加した人の言葉だ。例えば、中国雑技段の演技を始めてみたとき同じ言葉が出るだろうか?オリンピックの体操競技を見て同じ言葉が出るだろうか?同じように、バレエや芝居などを見て同じ言葉が出るだろうか?
その道で同じくらい競り合っている人でもそうは思わない。それは何故か?自分の力量を知っているから、そして、相手の力量が見えているからだ。そこには、自分の力量を知っている、という条件が必要なのだ。
では、どうして私のセミナーに来た人は「見た目には簡単に見えるけど、実際にしたら難しいですね」というのか。自分の力量というものを客観的に知らないからだ。むろん、そこには「身体操作」そして「意識操作」に関してだ。
そして、それだけではなくもう一つある。それは、私がステージでしていないからだ。同じ床の上で直ぐ目の前で見本を見せているからだ。つまり、初めて参加した人と並列、もしくは同じ土俵同じ次元にあるものだと、無意識的に思っているのだ。しかし、言葉は「先生」と発している。
自分が「先生」と発しているのに、「見た目には簡単に見えるけど、実際にしたら難しいですね」はおかしい。つまり、自分が先生と呼ぶには、自分とは完全に次元が違うから先生と呼ぶのであって、「実際にしたら難しい」つまり、「時間をかければ出来る」事をしている人を先生とは呼ばない。まさか学校の先生ではあるまいに。
ダンサーの安藤さんは、初めて私のセミナーに参加した時「絶対に出来ない」と思ったそうだ。それは武道だからではない。身体操作という抽象化された「身体運動」レベルでの話しだ。しかし、絶対にこれだけは出来るようになりたい、と目的をその場で見つけた。
何を言いたいのかといえば、今、自分自身の目の前で起こっていること、出会った人、出合った本、それは何でも良い。それを見抜けるだけの力量を持っているのか、という事を自分自身に問え、ということだ。私が偉いのでも何でもない。私は身体の専門家であってそれ以外の何物でもない。
その専門の知識や実体から、初めて出合ったものを考える。もう一つは、素直に見る。すると感動することもあれば失望することもある。その感動や失望が、今目の前で起こっていることと同一レベルにあるということ、つまり、「ライブ」だということだ。
■ 2004/12/09 ( 木 ) 桁違いの「素直さ」
アテネ五輪で金メダルを取った、北島選手のコーチの談話が産経新聞に掲載されていた。
『北島選手の強さは桁違いの実力はもちろん、桁違いの素直さにある。そしてそれは世界で戦える選手の条件である』と断言していた。『大勢の才能ある選手の中から飛び出るのは結局「素直さ」なんです。自分で大切と思ったら、それを信じてやる。コーチというのは、それを見守る父親のような存在でいい……。』そして、『よく目標を二段構えにする選手がいる。「メダルを狙う。けれどもまずは自己ベストを」と、これでは駄目だ。最後に勝負を逃げる口実となる。一番高い目標を言い切って、自らを窮地に追い込み、奮い立たせる。そうでなければ本当の力は出せない』と。
私自身世界と競える人の絶対条件は「素直であること」だけしかない、と様々な人との関わりで気づいていた。行き詰って身体操作を私のセミナーに来る選手の人を見ていると、つくづくこれしかないと感じる。しかし、この「素直であること」は競技に限ったことではない。人生を生き切る為の条件でもある。
「自分で大切と思ったらそれを信じてやる」これがほとんどの人には欠けている。今日はこれが大切だと思っても、夜が明けたら別のことを大切だと思っている、という繰り返しだ。これでは何かを獲得することなど出来ない。むろん、力を付ける事など出来るはずもない。
「信じる」というのは、以前にも書いたが人にとって一番大切な能力だ。自分が信じているからこそ、その信じたことが具体化するのであって、信じていないものなど実現するはずも無い。そういった意味では「イワシの頭も信心から」という古い言い伝えがあるが、まさしくその通りで「信じる」という事が、理屈ではない力を能力を生み出すのだ。
「二段構えの目標は逃げる口実に過ぎない」というのも自分を信じていない証拠だ。折角色々とトレーニングしても、最後は、「こうなったらどうすればよいのか」「こうなったら出来ない」等と自分の幼稚な頭で作った理屈へ逃げる。
これが何時も不思議でならないのだ。折角競技に参加できる力、競技で一番を狙える力があるにも拘らず、何故「一番になりたい」と思わないのか。そして、その一番になることを信じないのか。競技は参加することではなく、一番になることに意味がある。それに向かって努力することに意味がある。結果として二番でも三番でも、百番でもそれは仕方が無い。
■ 2004/12/10 ( 金 ) 三点循環作業??
今日は明日のクリスマスの準備だ。また一年ぶりにドラムを叩く。楽器や音楽は不思議だ。下手が叩くと同じ楽器でも下手な音しかしない。また、音楽は音楽にならず雑音になる。
もちろん武道でも同じだ。突きは突きにならず手を伸ばしているだけになる。
こういった人の作業、その作業としての「形」は、もちろん形なのだが形になる為の必然を伴っている。以前知り合いの宮大工さんが、どうしてノミで木を刻むとき、木をまたがずに横から腰をかけるのか分からなかった、木をまたいだ方が楽なような気がしていたが、年月とともに横から腰をかける意味が身体が教えてくれた。といっていた。
これは、私が道場を建てるとき、嫌というほどノミや玄翁を使ったので、木をまたいだ方が楽なことは実感として分かる。だから、横から座るのは身体がねじれて窮屈なだけのように思える。そこに、素人とプロ、そして目的の持ち方の違いがあるのだ。
その目的の持ち方が違うから、作業としての形も自ずと変わってくる。鎌倉時代に建てられた国宝級の建物に負けない建築物を作ろう、という目的と、大工になろう、という漠然とした目的では人の意識の何もかもが違う。その何もかもの違いが身体に、そして形に現れるのだ。
形になる必然はどこからくるのか。それは目的と手本、そして身体に対する観察力という三点循環作業が作り出すのだ。そのどれが欠けても歪になり、形の必然のレベルが決まる。だから、永久作業なのだ。
一年ぶりにドラムの前に座ってみる。スティックでスネアをシンバルを鳴らしてみる。フォームをチェックする。力みはどこにあるのか、ないのか。ドラムは一年ぶりだが、私の中にある音楽は様々な材料から歳ごとに熟成されている。当然昨年と同じではない。そういう意味で、昨年と同じ曲をするのは面白い。進化したのか退化したのか、明らかに分かるからだ。それは武道での「型」と同じだ。型が熟成されるのは、慣れていくことではない。先ほどの三点循環作業のたまものなのだ。
人は、どれほどこういった「型」を持っているのか、検証の手段として持っているのか、の量によって成長を実感できるのだ。これは他の動物には絶対に出来ないことだ。今から、リハーサル。果たして進化しているのか、退化しているのか。
■ 2004/12/13 ( 月 ) クリスマスパーティが終わった
一年ぶりの演奏。ピアノの音の立ち上がりの悪さ、一つのフレーズと次のフレーズの有機的つながりの無さに、つくづく音楽は残酷なものだと思う。なにしろ、全部聞こえてしまうのだから。
奏者が気持ちよくなるために出している音と、聞いている人が気持ちよくなる音は違う。
もちろん、観客も自分自身の幻想を聞いていることが殆どだから、自分として気持ちよければそれで良いのだ。しかし、専門的に音を出すとなれば、こういった幻想を排除した視点をもっていなければ上達もくそもない。
どんなジャンルでも、ここが分かれ道になる。つまり、程度の低い自己満足か永久に自己満足しないかだ。
そういったことは別としてパーティは、過去最高の盛り上がりだった。いつもは、演奏が終わると殆どの人が家路に着くのだが、今回は不思議と殆どの人が居残り、あちらこちらで談笑を交わしていた。
うちのクリスマスだけで顔を合わす人が、まるで旧知の仲のように話していた。この様な光景は非常に嬉しい。また来年も会いましょうね、と分かれていったが、実は私自身も何の面識も無い人だったりする。昨年はお腹の中で聞いていた音楽が、今回は赤ちゃんとして母親の腕に抱かれていた。「先生に渡すのやろ」小学校2年生の女の子が、私に紙コップで作った貯金箱をくれた。
とにかく日常とは違う色々な出会いがこのパーティにはある。恒例の全員参加による「ジングルベル」「もろびとこぞりて」「赤鼻のトナカイ」のごった煮コーラスも秀逸の出来だった。それぞれのグループがいっせいにこの歌を歌う。あるいは、私の指揮に合わせて混声する。
終われば、一斉にクラッカーを鳴らしてパーティの開演だ。演奏終了は午後の10時30分。小さな子供達も沢山いるので、この時間が限界だ。宿泊組みとシャンペンを抜いて打ち上げ。夜は朝に近くなる。「もう寝ようや」午前4時30分だった。
■ 2004/12/16 ( 木 ) 「誰でもなれる…」
相変わらず「誰にでも……になれる」パターンの言葉が雑誌の表紙や電車の吊広告に並んでいる。普通に考えて誰でもでも出来るのであれば、それは特別なことではない。そして、誰にでも出来るのだから、考えなくても悩まなくても良いということだ。つまり、自分のレベルよりも低いことだということになる。それを拡大すれば、幼稚園児にも出来ることであって、大学生のすることではない、ということだ。
「誰でも」という言葉は何時から巷に溢れるようになり、そのカモがいつから溢れてきたのか。
ま、こんなことは考えても仕方が無いことだが、その言葉がいかに幼稚で、そんな言葉に乗せられる人間がいるなんて事は信じられない。それは、私が今の年齢になったからそう思うのではなく、小学校中学校の時から分かっていたことだ。
誰にでも出来ることをしたくなくて、誰かと一緒のことをしたくなくて、一緒になりかけたら、もしくは、誰かが並んできたら決まってその道を外れたからだ。それが自意識であり、自己というものを認識する原初形態だ。「誰にでも」には、自意識も自己もいらない。だからカモが多いのか。つまり、子供の頃からテレビゲームに遊んでもらっているから、自分自身を誰かに主張する必要など無い。自意識も自己も育っていない。当然主張する方法を知らない。にもかかわらず、欲求だけはある。それを他人に、例えば親にぶつけた時、小さな子供の時には親は子供の顔色を伺い欲求を通す。しかし、子供が大きくなるにつれて、その欲求が子供らしくなくなる。ある時、親はその欲求を拒絶する。すると、その子供はキレる。家庭内暴力の始まりだ。それが講じると親殺しになる。
「誰にでも」の裏にあるカモ達。そして、その横並びにある「平等」という言葉。人は能力差をもっていて平等なのだ。個体差があるということ、その個体差に応じて現象が違うという平等だ。極論すれば「誰にでも」は、その個体差を通り越した言葉であり、無視した言葉でもある。
ま、これもさておき「誰でも…になれる」に、どうして群がるのか。自分のレベルを下げたいからなのか。それとも、仲間はずれになる、という暗にある不安から群れるのか。自分がないから、せめて誰でもなれることをしておかなければならない、と思っているのか。
■ 2004/12/17 ( 金 ) 道場荒らし??
面白い光景がちょくちょくある。というより、底抜けの馬鹿を見る事がある。セミナーに参加していながら、持論を組んでいる参加者に押し付ける人がいる。また、こちらの指示とはかけ離れた展開を、自分が組んでいる他の参加者に押し付ける人もいる。
これらの人を見かけた時には、その人以上に、押し付けられた人を叱る。何故か。例えば、私のセミナーであれば、私に習いたくて、私の考え方を知りたくて、自分の時間とお金を捻出して参加しているはずだ。にもかかわらず、自分の組んだ相手、しかも、その相手も自分と同じ初参加、もしくは二、三度の参加だとしたら、どうしてその人の指示を聞くのか、それはおかしいだろうと叱る。
そこでこそ、自分の意見、つまり、自分が習いたいのはこのセミナーの主宰者からであって、「あなたではない」と面と向かって言わなければいけない。自分の時間とお金を何と思っているのだろうか。
今、ダンスの安藤洋子さんに身体が動く原理と表現の為の身体作りを指導している。安藤さんはダンスの世界だが、やはりワークショップを開くとそういう馬鹿が数人いるそうだ。
しかし、人のセミナーに来て持論を展開するとはいい度胸をしている。そんなに持論を展開したければ、本を出せばよいし自分のセミナーを持てばよい。しかし、それをしない。いわば、セミナー回遊魚で、結局は「セミナー回遊魚」が趣味で、セミナーに参加したこと、セミナーで何を学び、どこに活かすかを持っていない人だ。
こういう人は沢山いる「どこで活かすのか」が無いのにセミナーに来る。その人に、もしも質問すれば「興味があるから」と答えるはずだ。興味というのは、自分自身に密着しているからであって、自分から遊離したものではない。つまり、「何に活かす」が無意識的にあるから、直感としてその対象のものに興味が湧くのだ。
そして、興味があるから探求する。つまり、興味と探求はセットなのだ。しかし、こういった「興味があるから」と答える人は探求がない、つまり、質問もなければ探求するためのアクションも無いという態度から、「どこに活かすのか」と聞いてしまうのだ。どこに活かすかのない人、それが「誰にでも出来る…」に群れる人で、その言葉なりに勝手にどんな事でも誰にでも出来ると思っている人だ。自分の能力を知らない可哀想な人だ。そういう人を作るのが「平等」という教育だ。
■ 2004/12/18 ( 土 ) 身体論を世界に
巷には様々な身体論がある。それらは身体論ではなく身体の部分論であり、単に稼動領域を広げるだけのものだ。もちろん、稼動領域が広がるだけで役に立つことはある。
「こう運動すれば、こうなります」ここのトリックを分かるだろうか。色々なセミナーで見かける光景だ。つまり、予定調和がまず仕組まれているということだ。「こうなります」が最初にあり、それをするために「こう運動すれば」があるのだ。これは何かに似ていると気がつかないだろうか。もしくは、何かと同じだと気がつかないだろうか。
そう学校教育だ。つまり、予期せぬ答えを見つけ出すのではなく、あらかじめ設定されている答えを見つけ出す教育だ。したがって教育ではない。教育の側面には不測の事態に対応できる柔軟な思考作りがある。この「人」にとっての「人間」にとっての最重要能力を剥奪して言っているのが学校教育だ。
「こう運動すれば、こうなります」は私のセミナーでもある。しかし、こう運動すればが難しくて出来ない。当たり前だ、誰にでも出来ることは教えていないからだ。一般的には逆だ。「こう運動すれば」が誰にでも出来るようにすこぶる簡単なのだ。それは有り得ない。高度な「こうなりたい」には、高度な「こう運動すれば」しかない。だから難しい。
こう運動できないからどうすればよいのか。それは個人が考えなければならない。個人の身体理解能力に応じて考えなければならない。何故か、「こうなりたい」のはその個人だからだ。そこを抜かして「こうなります」をやりたいと思っている。これでは何も出来ない。
私のところの「こう運動すれば」は「こうなります」という為のものではない。こうにも、ああにも、つまり、どんなことにも対応するための原理の運動化だ。原理の運動化の一つだ。その原理を様々な角度から運動として理解する。つまり、身体そのもので理解する為のものだ。だから当然ダンサーにも、役者にも理解できる。
しかし、ここでいう原理は「身体の運動原理」であり、それは「意識の運動」「感性の運動」を含んだ、「認知身体」を媒介とした身体運動原理であって、単純肉体運動論ではない。
つまり、世界ではまだ掴んでいない身体論だ。世界に「身体= Shintai 」という言葉を定着させてやろうと密かに考えている。
■ 2004/12/19 ( 日 ) 全体という枠が部分を決める、
「さくら、さくら……」というメロディがある。今年のクリスマスでドラムソロをするとき、この曲をモチーフにすることを決めていた。リハーサルがはじまりピアノに指示を出す。「単音でゆったりと」しかし、出てきた音は装飾音のついた、だれた音だった。「ちゃうやんけ、俺の言うてるのは単音や。それと、自分がゆったりと弾くのではなく、ゆったりと聞こえるようにや」
これは難しい。難しいと言うことを知らないことがなお難しくする。一般的に難しいと思えるのは、その難しさを知っているからだ。しかし、それは自分自身のレベルでの難しいでしかない。つまり、自分よりもレベルの高い人の難しいと、自分の難しいとは全く違うということだ。では、レベルの違う難しいに辿り着くことは出来ないのか。といえば、そうではない。ダンサーの安藤さんが良いことを言っていた。「例えば、誰かのセミナーに出たとしたら、その指導者の『目』を学べるということだからありがたい。金銭では変えられない価値を貰うと言うことだ」と。
レベルの高い人の指示や注意を受けることで、その人の考え方が見えている。自分自身が出来る出来ないと言うことではなく、その考え方を知ることが、そして、学べることが自分に大切な事だと言っているのだ。やはり、世界を舞台に活躍している人の姿勢は基本的に違う。というより、この姿勢は珍しいことでも、特別なモノではなく当たり前のことなのだが、それらを見ることが少なくなっているだけだ。
「いざや、いざやー」「違う、そこを延ばしたら後の音を未解決で終わらせることは出来ない」今弾いている音には「前の音」と「後の音」がある。そして、全体の曲想がある。その全体の曲想があるから、音を出すことが出来、音を考えることが出来るのだ。決して、自分自身の思いつきだけで、今音を出すのではない。全体の曲想の中で、音があるのだ。
つまり、全体の曲想という枠が、「今」を、そして「音」を作り出すということだ。その全体を持っていなければ、そして、考えることが出来ないのであれば、未だしている音は嘘なのだ。リハーサルが終わり休憩。そこから夜中の3時過ぎまで、その音の話になった。しかし、自分の頭でレベルで解釈している限り、話はすれ違い続ける。音を出すタイミング、切るタイミング、延ばす長さ、音量、全ては全体の曲想が決めている。
■ 2004/12/22 ( 水 ) 稽古納め
先日、大阪と東京の今年の稽古が終わった。今年は他のジャンルの人が沢山見学に来たり、体験に参加した。百聞は一見にしかずという言葉があるが、こと私の指導していることは、見ようが体験しようが分からない。それは、ほとんどの人の概念に無いことだからだ。
ごく一般的には、道場に通って遅くとも5年もすれば黒帯になれる。つまり、何がしかをマスターしたという証だ。「じゃあ何を?」これは、私自身がその昔空手を習い黒帯を取った時に感じたことだ。だから、帯を返上しそこを去った。私は「何か」をマスターしたかったし、その「実感」を欲しかったからだ。
私の道場では、何年で黒帯になるというのはない。他の武道を数年、あるいは十数年、数十年やってきた熱心な稽古生達は「ここで黒帯は無理だ」と認識している。それがある意味で黒帯なのだ。つまり、実感として自分自身が見えてきたということだ。また、黒帯になることを目的として、私の道場に来ている人はいない。ただ、本当のことを知りたくて、本当のことの欠片でも実現出来れば、と思っている人がほとんどだ。何故か。本当のことは人生の全てに、社会生活の全てに応用できるからだ。
来年の4月30日に新宿の朝日カルチャーセンターで長時間の講座を開く。武道は刀を振り回す為のものでもなければ、腕っ節に自信を持つ為のものでもない。また、その道場だけでしか通用しないものでもない、ということを知って欲しいからだ。
何かをマスターするというのは、自分自身の思考がステップアップしたことに他ならない。ステップアップとは、算数の頭から数学の頭に変わるということだ。一桁の足し算から二桁の足し算、三桁の足し算が出来るようになることではない。だから難しい。ステップアップするということが、すこぶる難しいのだ。自分の思考を、自分自身がステップアップさせることが難しいのだ。
道場での稽古は足し算ではない。つまり、自分自身の思考や歪な運動能力しか持ち合わせていない身体をそのままにして、動きとしての現象を猿真似的に記憶していくことではないのだ。
その自分自身の思考や歪な運動能力しか持ち合わせていない、ということに気付いていくことこそが稽古であり、そのことが単なる空間が道場となる瞬間なのだ。そして、その気付きから自分自身を丸裸にしていくのが、具体的稽古になるのだ。
2005 年、もっと面白い年にやってやろうじゃないか。
■ 2004/12/24 ( 金 ) アルファベットを書けない高校生
ある高校の英語の授業でのこと。自習を言い渡されたクラスが騒がしいので、一人の教師が教室をのぞいた。教室では、自習として小テストが行われていた。その先生はそのテスト問題を見て愕然とした。テストにはアルファベットを A から Z まで書くこととなっていたからだ。「何やこれ、高校のテストか?」むろん、その教師もその学校の教師だからレベルの低さは承知していたが、ここまでだとは思っていなかったそうだ。
むろん、これは事実であって笑い話の一つではない。
その高校生は、勉強の仕方を知らずに小学校から高校まで来た、ということなのだが、それを聞いた時、「じゃあ一体勉強の仕方というのを、何時学んだのだろう」と振り返らずにはおられなかった。
思えば、一度も「勉強の仕方」を習ったことは無い。先生が黒板に書くのを丸写ししたり、少し要領が分かってくると、書いたり書かなかったりだ。問題は、その少し「要領が分かる」というところだ。
人は、どうして要領を分かるのか、だ。これは難しい。ここには好奇心という本能の側面が関与しているからだ。と考えると、その高校生達は、好奇心が薄いということになる。しかし、そこから考えると、学業ではなくもっと他の事に対して好奇心を持っているかもしれない。
私のことで考えても、学業には全く興味がなかったが、体操競技には興味があった。だから、その体操競技の鉄棒や跳馬の技術獲得を媒介として、勉強の仕方を見つけ出した。と考えれば、その高校生達が好奇心に触れるもの、好奇心が湧いてくるものと出会えば、勉強の仕方を学べる筈なのではないだろうか。
もう少し本質的な問題は、どうして好奇心が薄い高校生がそこにいるのか、だ。その思春期真っ只中という、好奇心の塊のような世代にそれが薄いとはどういうことなのか。これは、世の評論家達が論じなければならないことではない。論じても何一つ解決させられない問題だ。
親が子供に向かい、子供も親に向かう。そこの欠落がこのような子供達を作り出したのだ。
親子か姉妹か見分けがつかないカップルを良く見かける。親の真似をしているのならともかく、子供と同じキティちゃんをつけた母親。いわゆる友達親子だ。親は親の役目を放棄し、子供と友達になる。子供は無意識的に不安を抱える。つまり、自分を守ってくれる筈の親が友達だからだ。
■ 2004/12/25 ( 土 ) クリスマスと言えば
今日はクリスマス。かなり前、私の幼馴染に頼まれてコーラスを作ったことがある。女子大学生6人の為のコーラスだ。
一人ひとりの音楽的技術を知らないので、とりあえず音程とリズム、それと声の大きさをチェックしておいて欲しいと頼んだ。医大なので、子供の頃からピアノやバイオリンを習っている人もいるし、全くそういったものとは関わりなく育った人もいる。
そのバラつき加減を知っておかなければ音楽どころか、曲にもならない。案の定、小さい頃から音楽を習っている子が2人いた。これがやっかいなのだ。もしも1人なら、その子がリーダーシップを取れるように作ればよい。また、3人以上であればパート分けで考えることが出来る。しかし、6人のうちの2人というのは、どうしようもない。ただ、その2人の人柄が良いことを祈るだけだった。
やっぱり、音楽経験組み2人は音程にうるさい。しかし、こちらから聞くとさほど差は無いのだが、優越感とリーダーシップを取りたいのだろう。実際に声を出してみた、6人の歌を聞いてコーラスは無理だと判断した。さあどうしようか。今日一晩しかない。彼女達が恥をかかずに、そして逆に皆から誉められるようなコーラス。
これはあり得ない。普通に考えればどうにもならない。しかし、ここからが即興の男日野晃の知恵のひねりどころだ。それぞれの歌、それぞれの音程はさほどおかしくない。しかし、コーラスとなると音程が重なる。それは無理だ。そこで、全ての歌を重ねて歌う、ということにした。
ホワイトクリスマスとジングルベルを同時に歌うのだ。全員「えーっ???」だ。音楽をかじっている二人は特にブーイングだ。「そんなものコーラスではない」私に徹底的に抗議した。私は、「君のいうコーラスは西洋音楽でいうところの調性音楽でのコーラスやろ、西洋音楽なんて、地球上にある様々な音楽から見ればローカルなものや。私はそのコーラスではなく、『音楽』をしようと言ってるんやで」と説得し、全員同時別々の歌を歌うを稽古することになった。
もちろん、ある程度の約束をつくり、全体で10分くらいになるようにまとめた。パーティでは一番受けたそうだ。
特に合唱部の顧問には、「これを誰が考えたんや。素晴らしい、今度合唱クラブと共演しよう」とまで言われたそうだ。どんな事でも、臨機応変に、そして、絶対に型にはまった頭では駄目だということだ。
■ 2004/12/26 ( 日 ) 真剣に真似た広岡選手
昭和33年、アメリカ大リーグのカージナルスが来日した。当時は、毎年大リーグのどこかのチームが全日本や読売巨人軍と対戦していた。テレビが普及しだした頃だが、残念ながら我が家にはテレビはなかった。
当時の定番は銭湯でテレビを見ることだ。もしくは、夕食を終わった頃テレビのある家に見せてもらいにいくだった。学校でも、馬とびで「カージナルスのメンバー」とか言って、順番に馬を飛び、詰まった者が馬になる遊びが流行った。
という時代を思い出しながら、懐かしい映像を見た。その当時読売巨人軍の遊撃手だった広岡選手は、カージナルスの遊撃手ブレイザー(?)に圧倒されたそうだ。その選手の真剣で真摯な野球に取り組む姿勢を見て、「俺は彼ほど真剣にやっているだろうか」と考えさせられたそうだ。
そこで、彼のプレーや態度を徹底的に真似たそうだ。グランドでの姿勢から、守備の仕方、何から何まで見て真似たそうだ。その努力が後々、当時の阪神の吉田と並んで名遊撃手と語り継がれるようになったのだ。野村監督(当時南海の捕手)のトレードマークでもある ID 野球も、彼らから学んだそうだ。
結果論だが、現在に名を残している選手達は、この時代に下地を作ったということになる。
日本がまだアメリカから学ばなければならない時代だった。そう、個人というレベルから国という大きなスケールまで、学ばなければならない時があるのだ。その学んだという下地があるから、次のステップ応用発展が待っているのであって、下地のないところに、つまり、「私は」という事しか頭に無い、ガキレベルの自意識しか育っていない人には、残念ながら応用発展などあり得ないのだ。
国会議員に当選しながら、自分勝手な都合でさっさと議員辞職した、田島女史や大橋巨船など、この典型的な例だ。むろん、当人達は自分勝手なとはさらさら思っていない。そこがガキレベルの自意識なのだ。
話は脱線してしまったが、現在の日本の野球は、大リーグで大記録を打ち立てているイチローという天才選手を生み出しているが、その昔は、あきれるくらいレベルが違ったのだ。大きく言えば、戦後50年という年月がレベルを押し上げた。要するに何かが発展するにはそれ位の時間と、このプロセスが必要だということだ。
決して、三日で大リーガーになれることはないのだ。
■ 2004/12/28 ( 火 ) 憧れのスタイリスティックス
1974年頃、日本のディスコシーンを席巻したスタイリスティックス。丁度その頃フリージャズをしながら、ディスコのマネージャーをしていた。その仕事柄大阪に出現する色々なディスコを見学して回ったりした。ほとんど名前を忘れてしまったが、梅田界隈にあったアストロ、クレージー・ホース、ミナミ界隈にあった葡萄屋等どんどんディスコは開店した。
さて、そのスタイリスティックスだ。ソウルミュージックと聞く人、ディスコミュージックと聞く人、ファンキーミュージックだと聞く人様々だ。
私は、黒人グループ独特の振り付けは一体どこからきたものか、何に由来しているのか当時から疑問を持っていた。一見ダサくて、それがかっこいい。本家ジェームス・ブラウンを聞きに行った時は泣いた。お腹の皮がよじれるくらい可笑しくて泣いた。どうしたら、それが出来るようになるんだ?
大阪ブルーノートのステージで彼ら、スタイリスティックスが歌っている。客層は40代半ばから50代が中心で、何故か20代の若者達もノリにのっていた。しかし、絶妙なコーラスもヒット曲以外数曲聴けば皆同じ。ファルセットも耳につく。もっと違うように歌えんか。
お腹の皮がよじれる振り付けは健在だった。彼らの動きを観察した。ビートに合わせた何かなのか?しかし、恐ろしくドラムが下手だ。手拍子を要求するが、まともに手拍子を叩けばドラムと合わなくなる。これにも笑うしかなかった。シンセーサイザー奏者3人と、ギター・ベース・ドラムのだれきったステージは、ドサ周りそのものだ。そのローカルさがまた良い。
数曲すんだ時やっと彼らの正体が分かった。そうだ大衆演劇だ。アフロアメリカンの演歌ではなく、完全な大衆演劇でありその役者達だったのだ。
それで、そのけったいな振り付けの謎が解けた。あれは単純に「あてぶり」だ。 stop で手を前に出し look で見る仕草 hear で耳に手をやり heart では両手でハートマークを造りぐるぐる回した。これはあてぶりの見本だ。それであのくささなのだ。しかし、これは非常に大事なことを含んでいる。彼らアフロアメリカン達は、決して白人のダンスを取り入れようとしていないのだ。その白人の卓越したダンス技術に対しての大衆演劇なのだ。
当然、今後も大衆演劇ソウルは健在だろう。そんなことを考える私の前に座る妻は、20代の頃ディスコに通った青春を思い出しうっとりしていた。バラバラやんけ。
■ 2004/12/29 ( 水 ) コーラスバンド
コーラスといえばマンハッタン・トランスファー、にレターメン。一体何がおもろいねん。いや、これはお笑いと違うからおもろいものではなかった。スタイリスティックスも大概飽きてくるが、マンハッタン・トランスファーも飽きた。サンケイホールだったか、毎日ホールだったか忘れてしまったが、アウトしたコーラスの作り方や、そのサウンドの面白さを味わおうと聞きに言った。
アウトしたコーラスというのは、通常コードから離れた音を使い「えっ間違ったのでは」的スリルがたまらなく良いのだ。そもそもは、フォーフレッシュメンというグループが、卓越した音程を武器に作品を世に送り出していた。
確かに一、二曲は「凄い!」と目を輝かしてしまうが、後は皆一緒。飽きてしまったら、ステージ上で行われている振り付けも「何じゃこれは」となってしまうから面白い。
そもそもコーラスなど聴くものではないのかもしれない。結局、どれもこれも音程やリズムを正確に合わせなければ成立しないから、そちらの方に神経が向く。「どうだ、私の音程凄いだろう。私は何オクターブも声が出て凄いでしょう」これ以外は聞こえてこない。結局音楽にはならないで終わってしまうのだ。
じゃあ、コーラスは何なんだ。人の声の重なりは物凄いエネルギーを持っているのは確かだ。何かこころに響くのも確かだ。そして、声を出す側に回ったら、その響き合いが身体に響き何ともいえない感動がある。それは、音程が確かでリズムも正確だからではない。「声」そして、その声を出す何か、もしくはこえに変換された何かに感動があるのだ。もちろん「おっハモッテるやん」的楽しみ方もある。
レターメンには思い出がある。ラテンコーラスの素晴らしいバンドがあり、22才位の時そこでドラムを叩いていた。レパートリーにレターメンの曲が数曲あった。そのラテンバンドを去り、自分のコマーシャルバンドを作った時、そのレターメンに挑戦した。「慕情」「ミスター・ロンリー」「頬に唇を他」レコードからパートをコピーし、それぞれの担当を決めた。私はファルセットとバス、という何とも極端なパートを受け持った。ミスターロンリーではファルセットで、慕情ではバスという具合だ。
しかし、私の音程はピシッといく時といかない時が極端だった。「あかんわ、あきらすぐ外れるから特訓や」メンバーと明け方まで訓練したのが懐かしい。何でも訓練で克服できるで!
■ 2004/12/31 ( 金 ) 2004年大晦日
深夜、いや朝方の4時ごろ「何か下で物音がする」と妻に小声で起こされた。一瞬でアドレナリンが全開。音を立てないように飛び起き、上半身裸のまま階段を下りる。道場に座り物置の方とリビングの二方に聞き耳を立てる。物置に音も無く飛び込んだ。何もいない。ボイラー室の方で音がした。ドアを開け電気のスイッチを入れた。この間コンマ数秒。音の方向に視線を向けたが誰も居ない。よくみるとイタチがこちらを見ていた。数年前のイタチバトルの再開か?
今年も残すところ一日だ。毎年何かしらの収穫がある。しかしそれは何のための収穫なのかは分からない。どうして?目標も目的もないからだ。
人はどうして目的や目標を持たなければならないのか。それは得体の知れない自己啓発セミナーの、もっと言えば欧米式の自己強制システムであり、ストレスの元凶でもある。
目標や目的は自ずとあるものであって、あらためて持つものではない。日々生きていると自動的に目的や目標を決めている筈だ。それが出来ないのは、改めて目標や目的を持たなければ駄目だと洗脳されているからに過ぎない。来年こそは…、今年の一年で…、今日こそは…、そんなものは三日坊主だ。なぜなら自分にとって「あらためて」の事だからだ。今日取り掛かっていないこと、今取り組んでいないことは明日には出来ない。絶対に出来ない。
体操をした時も、バーテンをした時も、店を持った時も、ジャズをしている時も、もちろん、武道をしている時も、目的も目標も無い。思ったことを行動しただけだ。
行動しているから「これをしなければいけない」と問題を発見するのであり、その問題をクリアしようという目的が生まれるのだ。
つまり、目的というもの目標というものがあるのではない。自分自身の行動が教えてくれるものなのだ。それが出来ないのは、中学一年生レベルの頭だからだ。自分の行動から問題を発見できない、夢と現実との境が未だ明確ではない時期のそれである。
下の部屋で物音がする。行って見なければ分からない。その音だけで見分けがつくようなことであればよい。しかし、そうではなく大きな音だった。であれば人間かもしれない。しかし、行ってみなければ分からない。見てみなければ分からない。分かった瞬間に間髪を入れず対処をすればよいだけだ。それが人間の行動原則である。
という間に2005年になる。皆様良いお年をお迎えください。