■ 2004/09/04 ( 土 ) キックボクサーとの交換
昨日の対談、というか、取材というか、日本の伝統武道の身体の使い方を伝えた、というか…。
とにかく、女性キックボクサーの渡辺ひさえ選手とあって身体を動かした。彼女は今時の女性には珍しく「素直」という宝物を持っていた。当然飲み込みが早い。彼女の相手をしてくれたのが、名前は知らないがタイのルンビニで二冠王の選手だそうだ。彼も頭がよいし、勘も良かった。刀の抜きとパンチを出すのとどちらが早いかを試してあげたら、無茶苦茶喜んでくれた。
一寸した文化交流だ。タイの刀は日本の室町時代の様に太刀のように使うらしい。そんな、楽しい雰囲気の中で撮影、取材は行われた。戦い方、構え方など、キックとの色々な共通点が見え、私も十分に本場ムエタイのチャンピオンを味わった。
非常に有意義な一日だった。もちろん、この模様は十月発売の(ベースボールマガジ社から出るムック本だが、本のタイトルは未定)本に紹介されるので、是非買って読んで頂戴!
伝統武道は、目に見えた形ではなく、その形を作る中身であることをきっと理解出来ると思う。そして、その中身は非常に高級だから様々な適応力を現すということも。
■ 2004/09/07 ( 火 ) 満腹の一日
午後からは寝技の柏崎克彦先生の「ふりこ巴投げ」や「空気投げ」、さらに寝技の理論などを体験。
夕方からは、新日本プロレスの若手バリバリの中邑選手。
メインディッシュを二食食べた感じ。
もちろん、これも10月発売の本に載ります。
乞うご期待。
しかし、先日の渡辺選手といい、今回の中邑選手といい、こんな気持ちの良い若い人がいることに感動。
日本も捨てたものじゃない。
■ 2004/09/08 ( 水 ) 子供が見えない?
「子供が見えない」お前は視覚障害者なのか?といえば、視覚障害の人に失礼に当たる。両親とも視覚障害の方でも立派な子供、いや、立派な大人になる子供を育てている人は沢山いるからだ。
NHK の番組タイトルの一つだ。
いつから、子供意見を尊重する、というようなおとぎ話のようなことを実際にする国になったのかは知らないが、そこにどんな根拠があるというのか?
子供は巣立ちさせ、自活させる能力を育んでやる、親の義務のが第一だ。
その為には、何が正しくて何が間違っているのか、という基本中の基本を躾として教えてあげなければならない。
そして、その正誤の一つは社会的ルール、その一つは文化的ルールだ。この両輪を考える為の基本におく、という躾が出来ない親が「子供の意見を尊重する」という人類史上初の言葉を作り出したのだ。もちろん、人類史上初というのは、「あり得ない」という意味だ。
その甘い言葉、親が責任を取らなくてすむ言葉のの蔓延が、今日よく起こる少年少女の不可解な犯罪を作り出しているのだ。
子供は良く分かる。毎日をよく観察していれば、何を考え何をしようとしているのか、手に取るように分かる。もっと言えば、観察しなくても分かる。何故なら、その年齢は親も通過した道だからだ。
その道すがらを思い出したり、自分の体験にないことであれば、自分の友人や知人を思い出せばよい。誰かに該当するはずだ。
その作業をさぼっては「子供は見えない」。しかし、それは子供が見えないだけではなく、世間もなにもかも見えない親だ。なぜなら、そんな当たり前の作業を知らないのだから。つまり、自分自身が子供のままなのだから、そういった、自分に照らし合わせる、他人に照らし合わせるという作業ができないのだ。
私の道場に、32才の男性が来ている。フリーターだ。ヘラヘラして何を考えているのか分からない、いや、何も考えていないことが分かる奴だ。その男性に「お前は、32才で何も考えられないフラフラした人間になる為にこの世の中に生まれてきたのか」と正したことがある。
「子供の意見の尊重」は、こんな人間を作り出しているのだ。
バカ共は、じゃあ絶対に子供の意見は尊重しないのか、それでは人権侵害だ。とわめくだろう。そんな輩、よく考えろ。人権とは何か。それは、自分自身の義務と責任という裏付けがある人間の持つ権利だということを。
■ 2004/09/10 ( 金 ) 親父
アテネオリンピックは親父が目立った。浜口京子選手の親父はご存じアニマル浜口だ。テレビに映し出される度に浜口選手を正面から見据えて「気合いだ!京子、お前なら出来る」と気持ちを届けていた。
人はこの光景をどう見ていたのかは知らないが、私には親父の見本の様に見え感動した。ある記者から聞いたことだが、浜口選手は物静かでほとんど何も話さない人らしい。それを聞いてそらそうだろう。と思った。多分、浜口選手は気の弱い、大阪弁でいうならば「あかんたれ」なのだと思う。
アニマル浜口は親父だからそれを十分に理解している。だから、あのようなパフォーマンスをすることで、浜口選手の気持ちを強く持たせているのだ。
言葉ではなく行動そのもので気持ちを通じ合わせる。最も優れた子育て法だ。
しかし、井上康生の親父は公衆の面前で土下座をした。井上選手が会場に現れたとき、すでに負ける顔をしていた。あれは何だったんだと思う。精神的なコンディションも問題はあるが、それは全選手同じだ。もちろん、井上選手など、百戦錬磨の達人なのだからそんなことはコントロールしてきているはずだ。
しかし、その康生の親父は土下座をした。アニマル親父が芝居がかっているというならば、康生の親父の方が芝居がかっている。この二人の親父の違いは面白い。頭の中にある芝居をしているのか、実際の世界でパフォーマンスをしているのか、そこに育った二人の子供達。
今後、この二人はどうなっていくのか、色々な意味で楽しみだ。
■ 2004/09/11 ( 土 ) 親父ついでに
9月29日、愚息が大阪のビジネスパーク内クレオ大阪東でコンサートを開く。どんないきさつかは詳しくは知らないが、この秋にウクライナ27カ所ツアーをすることになった。当初、何をいい加減な話をしているのか、と思っていたが、それを企画するプロモーターに会い、本当にツアーをする。
単独公演をするとなれば、最低一時間二十分から三十分を持たせなければいけない。つまり、曲がいるということだ。
愚息に聞けば「ない」とのこと。さすが我が子。どんな仕事でも、出来なくても出来るといえ、そして、返事をしてから方法を考えろ、という教育が実っていたのだ。しかし、これには慌てた。具体的に曲が足らない。早急に曲がないと覚えられない。
親ばかではないが、仕事を受けた責任として協力しなければ、大きな問題になる。そこで、何曲か作曲し、既成の曲のバージョンアップを図った。どうすれば、ステージを潰さずにすむか。
私がドラムを叩いていたときも、こんなことはいくらでもあった。そこで、時間の埋め方をまず考え、その次に誤魔化し方、等々智慧を絞り出した。
ウクライナ公演のポスターが送られてきた。「太鼓衆一気」の日本語、日の丸、スポンサーのトヨタを始め様々な企業の名前が入っている。ロシア語で読めないが、日本大使館からウクライナ大使館、果ては大阪市長から国会議員まで巻き込んだ、たいそうなコンサートツアーだった。
その予行演習をクレオ大阪で開く。これは親父の意見だ。というより、親心だ。絶対に失敗させない為に先に失敗を作るのだ。また、一時間のコンサートもしたことがないのにどうすんねん、というのもある。
「出来ません」とは言わないのは、こういったプレッシャーが、背伸びが訪れるのだ。このプレッシャーから逃げなければ成長する。私もこうして成長してきた。知らない間に、やっぱり俺の子供やなあ、になっている。ここに例外はない。こんなことをするとは思っていなかった、というのは事親子に関してはあり得ないのだ。もちろん、良いことも悪いことも含めてだ。
■ 2004/09/13 ( 月 ) 白か黒かの結末は
この二、三日アメリカの9,11がテレビで流されている。イラクに因縁をふっかけて戦争を引き起こした。バクダット攻略以後の方が死者が増え、戦闘も激化している。アメリカの色々なジャーナリスト達が、この戦争の間違いを言い始めている。ベトナム戦争の二の舞である。ジャーナリスト達は、アメリカはアメリカの自由を押しつけている、と気付いた。何を今頃いうてんねん、だが、気付くのは良いが、じゃあ結果どうすればいいんだ。もうすでに、イラクのアメリカ憎悪は定着してしまった感がある。白か黒かしかない民族の悲劇だ。「まあ、ええやんけ」がない民族は、こうなるしかない。
日本の自衛隊は、地域と密着し信頼されている。たまにロケット弾を打ち込まれても、地域の住民達が「我々が自衛隊を守れなかって悪かった、これからは、もっときちんと守る」と言っているそうだ。
日本のやり方は、グローバルスタンダードではない、と言われて久しい。しかし、このイラクでの事実は日本の、日本人のやりかたこそグローバルスタンダードだと証明しているではないか。
■ 2004/09/18 ( 土 ) 頭がオーバーヒート!
昨日の夜から今日の昼まで、次の本の写真撮影をしていた。
デジタルとは、本当に便利な道具だ。気に入る写真が撮れるまで撮る。
しかし、ここで面白いことに気がついた。カメラマンは古い友人で、本当に腕が良い。その腕が良いとはどういうことか。久しぶりに寝るまで、また、朝起きてから語った。「絶対撮ってやる」という気持ちだという。何でも、同じなのだ。カメラを被写体に向ければ写真は撮れる。しかし、面白いことに、まるで違う写真になる。それは、デジカメとておなじだ。
「一緒のものが撮れたら苦労しまへんで」そらそうだ。しかし、例えば私の動きを真似をしろ、というのと訳が違う。つまり、そこには道具、しかもデジタルなカメラが媒介するから、そのカメラ操作が同じなら、そして構図も焦点も同じなら同じものが撮れるはずである。理屈では。しかし、違う。全くスカの写真と、実の詰まった写真の違いが出る。「デジカメもアナログなんやで」つまり、道具は道具なのだが、本当に使う人間によって、その道具はデジタルにもなるし、アナログにもなるということで、こころが通うということもある、ということなのだ。
「絶対に撮ってやる」何を。そこだけが人間にとって一番大切な所なのだ。
■ 2004/09/19 ( 日 ) 頭がオーバーヒート 2
昨日は全然違う方向に書いてしまった。それこそ、頭がパンクの証拠だ。
締め切りは迫る、時間が足りない。写真を決めなければ、レイアウトは、文字数は、来週は愚息のリハーサル。舞台設定、曲のつなぎは。ゲストの地図は。
え〜い!!どうしてやろうか。
手首が腱鞘炎になりかけかな???
久しぶりに肩こりという感じがしないでもない。
しかし、この切迫感は面白い。
ここでこそ自分の限界が試される。
もう一寸、遊んでやろう。
一生懸命遊んでやろう。
頭のてっぺんが熱いぞ!!
■ 2004/09/21 ( 火 ) 何がどうなど予測できない
本は売れるに越したことはない。その為には、どんな表紙にするか、どんな表紙がインパクトがあるのか。雑誌や書籍では、昨今の流れがまだ続いており、「古武術」が、今売れている本のキーワードのようだ。
という流れだとしたとき、表紙は従来のものと似ていくから、オリジナリティなどという価値は関係ない。では、意表を突いた表紙はどうか、じゃあ売る為だけの本なのか、しかし、売れた本は「結果売れた」というだけであって、確たるものがあったわけではない。しかし、それを確たるものがあった、と思いたい人もいる。
というのが打ち合わせだ。
ものを作るのは難しい。特に複数でそれぞれの役割が明確にある場合、それぞれの立場だけで語るので収拾がつかなくなる。どれも正しい、しかし、どれも間違っている、という言い方も出来る。
根本的にはそういった正しさを求めて本を書くのではないし、作るのではない。世に送り出したい何か、があり、それは面白い、という好奇心が第一義にある。その次に、同じ作るのなら売れる方がよい、となるはずだ。
ここで一番難しいのは「売れる」という、他力本願、あるいは浮動票を、如何に集める家だ。
それぞれが情熱を持って集まっているだけに、難しい。
■ 2004/09/22 ( 水 ) 理想的なカップル
今日、東京から大阪に着いてから、あまりお腹がへっていたので、ぜんざいを食べに入った。食べ終わって、一服吸うていたら七十才を回った位の男の人がゆっくりと奥のテーブルから出てきた。
続いて同じ年格好の奥さんがゆっくりとした足取りで出てきた。ご主人が奥さんの方に振り返り手を出した。奥さんもゆっくりと手を伸ばしご主人の手を握った。
すこし、足が不自由そうな奥さんがご主人に手を引かれ出ていった。
この姿に感動した。手を繋ぐ姿の美しかったこと。
つまり、奥さんが足が不自由になったから、にわかに手を引いたというのではないということだ。
長年の関係がそこに見えていたのだ。
こう年をとりたいものである。
■ 2004/09/24 ( 金 ) 自分の知らないことは聞くな
原稿やコンサートのことで頭が煮詰まっているのに、ここに書く暇ないやろ。という感じ。
「それはどういう意味ですか」と質問してくる。アホか、自分が知らないことを聞いても言葉の意味を知るだけで、何一つ分からないやろ。意味は自分の体験で知っていけ。お前の頭は 2ch ネルか、と突っ込みたくなる。「寒い」という言葉を知っていても、実際を体験していなかったら、また、直接でなくてもそれを何かに置き換える事が出来なかったら、想像すら出来ない。
その想像すら出来ない事をどうして質問するのか、さっぱり分からない。
また想像できるとしても、かなり低いレベルでの想像だということが分からない。しかし、それが間違っているのではなく、人はそうして成長していくのだから、質問せずにそれを問題として持ち、体験の中で意味を知っていくという努力をして欲しい。
■ 2004/09/25 ( 土 ) やっと一丁上がったで
やっと一項目書いた。 400 字原稿用紙 31 枚程度だ。まだ、それくらいの分量を書かなければ駄目なんだ。明日から「武禅」。ほんまに書けるのか?来週の水曜日は舞台監督兼裏方。 MC の原稿も書かなあかん、パンフレットもつくらなあかん。照明も考えなあかん。
今日は、逆立ちをして気分を変えたけど、気分など変わるはずもない。身体は宙に浮いている感じ。頭は熱っぽい。風邪ではない。ヒートしているだけや。
これを読んでいる人たち、来月 20 日発売の「達人主義(ベースボールマガジン)」絶対に買って読んで頂戴やで。日野武道研究所の教則本にもなっているから。
■ 2004/09/27 ( 月 ) 武禅が終わって
夕方「武禅」が終わって、さあ、原稿、とした矢先、山主さんから電話、肩を痛めたから治療して欲しいとのこと。
ただひたすら眠いから、治療をしたらこちらが寝てしまう。
車を飛ばして、家に行った。
治療を終えて、一眠りしよう。
金曜日は午前 3 時すぎ、朝から道場の掃除、おやつの名物ヨモギ餅を買いに。そうこうする内に武禅が始まり、夜は 3 時 30 分に就寝。
朝から武禅や。
今、 2 時 30 分。
ようやるで。
パンフレットもつくらない水曜日に間に合わない。
その文章も考えなければ。
無茶苦茶や!