7 月 19 日沖縄に着いた。
ほんとうに真夏。
日差しが痛い。
前回の沖縄は、空手の先生達に取材の為だった。
3 月だったので肌寒く、「誰が水着を持っていけていうたんや」と大笑いした。
ホテルにチェックインし一眠り。
ロビーに出て行くと、バレーワークショップをするドミニク・ジュヌヴォア先生と対面( 20 世紀バレエ団「モーリス ベジャール」でソリストを務め、その後フランス・ヌーヴェルダンスの第一世代旗手として知られるマギー・マランカンパニーを経て、現在フランス国立高等音楽院 ( コンセルヴァトワール ) リヨン校バレエ科専任講師)。
素敵な女性だ。
私がベジャールの「ディオニソス」をテープが擦り切れるくらい見ましたよ。というと、「私の大好きな作品の一つだ」と喜んでくれた。
ボレロの話しになり、ドミニク先生がボレロの腕の動きの一つをさっとした。
そのたった 1 秒くらいの動きで、ボレロが見えた。
動きにある世界観がそこにあった。
それは「腕をどう動かした」ということでは、到底たどり着くことが出来ないものだ。
イメージというものの大切さを改めて感じさせられた一瞬であり、ドミニク先生がどれ程、モーリス・ベジャールの世界に心酔していたのかを垣間見れた一瞬だった。
その後版画家の名嘉睦稔さんと一席。
午後 6 時から 12 時まで、一瞬に過ぎた。
睦稔さんの手の分厚さ、力強さは職業家の証だ。
そんな話、懇意にしてもらっていた故上原清吉師の話。泡盛の杯も重なる。
明日から、ワークショップだ!
名嘉睦稔さんとのお話しは、ある意味戦いだった。
久しぶりに出会った鋭い眼光。
透き通る太い声。
フォーサイス以来かも。
私に突き刺ささってくることば。
どれも一瞬の躊躇を許さない。
見逃さない。
その「間」を押さえている空気感が、この緊張感がたまらなく心地良い。
久しぶり、あるいは、懐かしい、そんな体感に驚いた。
しかし、場の充足感とは別に時は流れていく。
これらが満ち満ちた場は、身体の回転を限りなく高速にさせる。
団塊の世代に刃を向ける。
そうだろう、私自身も刃を向ける。
その言葉に籠る思いは、論理にあるいは言い回しに、あるいは笑顔に転化され、目の前に現れて来る。
「日野さんの少年時代はどんなだったですか」睦稔さんの溢れる好奇心は、創造と具体の隙間を狙っている。
ゴルゴ 13 ではないが、遥か先にある標的を持ち、そこに向って好奇心の銃口は確実にフォーカスされていく。
その矛先をはぐらかすのが楽しい。
「えっ!」と予期せぬこちらの攻撃に、時間を止めてしまう睦稔さんの表情が面白い。
噛み合っているからこそのいなし。
速射砲のような質問に、こちらも間髪を入れずに答える。
「日野さんは、最初から全く変わりませんね」
「当たり前やん、俺はこのままやから」
泡盛を初めて美味しいと思った。