2008 沖縄キジムナフェスタ ワークショップ

7 月 19 日沖縄に着いた。
ほんとうに真夏。
日差しが痛い。
前回の沖縄は、空手の先生達に取材の為だった。
3 月だったので肌寒く、「誰が水着を持っていけていうたんや」と大笑いした。
ホテルにチェックインし一眠り。
ロビーに出て行くと、バレーワークショップをするドミニク・ジュヌヴォア先生と対面( 20 世紀バレエ団「モーリス ベジャール」でソリストを務め、その後フランス・ヌーヴェルダンスの第一世代旗手として知られるマギー・マランカンパニーを経て、現在フランス国立高等音楽院 ( コンセルヴァトワール ) リヨン校バレエ科専任講師)。
素敵な女性だ。
私がベジャールの「ディオニソス」をテープが擦り切れるくらい見ましたよ。というと、「私の大好きな作品の一つだ」と喜んでくれた。
ボレロの話しになり、ドミニク先生がボレロの腕の動きの一つをさっとした。
そのたった 1 秒くらいの動きで、ボレロが見えた。
動きにある世界観がそこにあった。
それは「腕をどう動かした」ということでは、到底たどり着くことが出来ないものだ。
イメージというものの大切さを改めて感じさせられた一瞬であり、ドミニク先生がどれ程、モーリス・ベジャールの世界に心酔していたのかを垣間見れた一瞬だった。

その後版画家の名嘉睦稔さんと一席。
午後 6 時から 12 時まで、一瞬に過ぎた。
睦稔さんの手の分厚さ、力強さは職業家の証だ。
そんな話、懇意にしてもらっていた故上原清吉師の話。泡盛の杯も重なる。
明日から、ワークショップだ!

名嘉睦稔さんとのお話しは、ある意味戦いだった。
久しぶりに出会った鋭い眼光。
透き通る太い声。
フォーサイス以来かも。
私に突き刺ささってくることば。
どれも一瞬の躊躇を許さない。
見逃さない。
その「間」を押さえている空気感が、この緊張感がたまらなく心地良い。
久しぶり、あるいは、懐かしい、そんな体感に驚いた。
しかし、場の充足感とは別に時は流れていく。
これらが満ち満ちた場は、身体の回転を限りなく高速にさせる。
団塊の世代に刃を向ける。
そうだろう、私自身も刃を向ける。
その言葉に籠る思いは、論理にあるいは言い回しに、あるいは笑顔に転化され、目の前に現れて来る。
「日野さんの少年時代はどんなだったですか」睦稔さんの溢れる好奇心は、創造と具体の隙間を狙っている。
ゴルゴ 13 ではないが、遥か先にある標的を持ち、そこに向って好奇心の銃口は確実にフォーカスされていく。
その矛先をはぐらかすのが楽しい。
「えっ!」と予期せぬこちらの攻撃に、時間を止めてしまう睦稔さんの表情が面白い。
噛み合っているからこそのいなし。
速射砲のような質問に、こちらも間髪を入れずに答える。
「日野さんは、最初から全く変わりませんね」
「当たり前やん、俺はこのままやから」
泡盛を初めて美味しいと思った。

大城さんがホテルの玄関まで迎えに来てくれた。
暑い熱い沖縄が始まる。
会場には沢山の人が待っていた。
服を着替えいざ出陣。
初めての地というのは、何時も緊張する。
どんな人達が集まっているのだろう。
何よりも、私の大阪なまりの標準語は通じるのだろうか。
冗談はどの程度までいけるのか。
みんなの理解度はどれほどなのか。
全てが未知数なのが楽しい。大城さんが紹介してくれ、始まった。
定番「胸骨操作」からだ。
1 クラス 70 数人。
年齢幅も沢山。

フランスから帰国している木下佳子さんと玄関で対面。
元気そうだ。
少し逞しくなった雰囲気がある。
身体もしっかりしてきている。
やはりプロとしてカンパニーで仕事をしているからだ。
そしてきっと、苦労しているのだろう。
ダンスとは別の面での苦労は、後々必ず役に立つ。
精神が逞しくなるからだ。

会場に着くと、まだドミニク先生のバレエレッスンが終わっていなかった。
その教室を見学させてもらった。
基本的な立ち方、そこから少しバリエーションを加えて。
しかし、ドミニク先生の動きは音楽になっている。
それを強調しながらレッスンは進んでいく。
指導する言葉はもちろんフランス語だ。
そのフランス語が動きになっている。
そうか、バレエとはそういうものなのだ。
「日本人のバレエをしている子供達と、フランスの子供達の決定的な違いは何ですか」
ドミニク先生に聞いてみた。
「基本が出来ていないのに、それよりも難しいテクニックを覚えすぎだ」
ということだ。
そうか。それは、別にバレエに限ったことではない。
基本というか基礎がどれほど大切かを理解していないし、それを強調する先生の数が極めて少ないということだ。
「出来ました、次は何をすればいいのですか」
これは私の教室で時々耳にすることばだ。
どれもこれも同じなのだ。
「出来ました」が本当ならば、次に何をすべきかは自ずと判るのだ。
つまり、その「出来ました」の意味が全く違うということだ。

私のワークショップが終わって、フェスタのオープニングセレモニーがあり、その後ドミニク先生やみんなで食事に行った。
私がその昔、ビデオテープに傷が付くまで、ベジャールの「ディオニソス」を研究したり、「ボレロ」を研究したことを話した。
何と、その作品に出ていたのだという。
そうか、その時代のそのレベルのダンサーだったのだ。
これには感激した。もっと、驚いたのは、フォーサイスカンパニーにいるヨネ。彼女は、ドミニク先生にムードラ時代習っていたそうだ。
そして、フォーサイスカンパニーのプライベーオートディションを受けに行くのを教えたのも、このドミニク先生だったそうだ。
そんな話で、ワークショップの疲れも忘れ、ワインボトルがどんどん軽くなっていった。
しかし、疲れた。
きっと、今までのワークショップで一番疲れたのではないだろうか。
原因は、暑さか湿気か、はたまた、参加者のエネルギーが。地場か。とにかく寝よう、という感じだ。
明日はドミニク先生もレッスンを受けたいと言っていた。
「言葉が分らなければ無理ですか」
「いいえ、感じるだけですから大丈夫」

二日目終了!
沖縄の人達は大人しい。
これが最初の印象だが、じゃあ東京は、大阪はと比べていった時、さほど違いは無い。
でも、女性は強い。
男性と比べて、女性は強い。
しかし、これも余り変わらない。
今回の沖縄は、ダンサーやアクターだけに限っていない。
だから、一般というか普通の主婦であったり、会社勤めの方であったり、そういった意味で幅があった。
幅があるということは、特殊なことをしないということになる。
この辺りのさじ加減が難しい。
お決まりの「ナマムギ〜」「ナマムギ〜」を、親子が血相変えて言い合う姿は、周りにいる人間を巻き込み、子供に頑張れコールが起こる。
まるで祭りになろうかという騒ぎになる。
この辺りは沖縄だ。
ドミニク先生もレッスンに参加された。
案の定「ねじれ」につまづいた。
さすがに一流のダンサーだったから、身体の操作は抜群だ。
しかし、しかし、私のレッスンでは「操作しては駄目」だから、本当に難しそうだった。
操作をしてしまえばそこにある痛みや引っ張り、あるいは痺れを感じ取ることが出来ない。
ということは、身体を繋げることが出来ないということになる。
悪戦苦闘の時間だったろう。
しかし、その好奇心には恐れ入る。
そこが、一流と二流の差だ。

このキジムナフェスタは基本的には国際演劇祭だ。
我々関係者は、その特権でどの舞台も無料で見ることが出来る。
ワークショップが終わって、柄本明さんの舞台を観にいった。
まさに言葉遊びなのだが、それは人間の真理を直球で突いていて、本当に笑えた。
とにかく、各国から参加している人の舞台を見ることが出来るのだから、これほどお得なものはない。
ドミニク先生など、朝からレッスンを持っているのに、次はどれを観ようかと迷っている。
と夜な夜な会場を回っている。
柄本さんの芝居を観て食事。午後 11 時過ぎまで泡盛で盛り上がった。
明日は楽日。
フランスのコンテンポラリーダンスを観る。
その後打ち上げだ。
3 日間は、瞬く間に過ぎてしまう。
イタリアが見えてくる。

3 日間の沖縄ワークショップを終えた。
最後の日だから質問を沢山受け付けた。
身体塾も表現塾も。沖縄舞踊の女性は表現として専門的なことを。呼吸法は。
自分が人を傷つけているのでは等々。
とにかく、多種多様な質問が飛び交った。
ワークを無事に終え、フランスのコンテンポラリーユニットを観、その後、打ち上げ。
沖縄の人は飲む!と思っていたが、飲酒運転で捕まるので、半数は飲まない。
お茶やソフトドリンクで乾杯!!!
「お疲れ様でした」
身体塾の3日間は、胸骨操作とねじれ、縦系の連動を駆け足で通り過ぎた。
琉球舞踊の方がおり、その方は動きを覚えるのがさすがに早かった。
視線のくいつきも良かった。
総じて年配の方の理解度が高く安心した。
もちろん、「どうして、そうなるのですか」という類の質問も多い。
ここ沖縄でも「頭」人間が沢山いた。
日本の教育を受けているのだから仕方が無い。
「 3 日間で出来るようなことは教えていませんから出来なくて良いのですよ」
これを口を酸っぱくして言わなければ、見せ掛けの「出来た」ばかりを追いかける。
「先生に誉められても意味はありませんよ。勝負は自分の人生なのですからね」これも繰り返す。
10 年来の私のファンという人も、最初に出した本を持参して来てくれていた。
「最初のビデオを見たとき、これ嘘やろ」と何回も見直したそうだ。
「私のビデオは、嘘やろ、というのが多いでしょう。しかしもちろん、ビデオでやっていることは何も稽古していませんよ。基本的なことしか教室ではしません。それで応用できなければ、その基本は嘘だということになるでしょう。教室ではその実験もしているのです」
そんなこんなで泡盛がどんどん空いていく。
若い子達は、本土同様、余りにも幼い。
しかし、クラシックバレエをやっている子達は、それなりに問題を持っているので、幼さが余り出てこない。
つまり、自分の生きる世界を自覚している人間は、成長せざるを得ないからだ。
「来年もお願いします」から「年に 2 回は」という本当に嬉しい要望まで飛び出していた。

日野晃ワークショップ、イン、沖縄キジムナフェスタは、熱いうちに終わった。
ワークショップに参加してくれた皆さん、暑い中本当にお疲れ様でした。
そして、ありがとうございました。
来年もみんなの顔を見られることを期待しています!
スタッフの皆さん、本当にありがとうございました!沖縄!

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