2008 3-16〜25 「春塾」 大阪 Dance Box 主催

緊張のうちにショーケースは終わった。
本番が始まる前、正確にはゲネが始まったとき、舞台を見ていて奇妙な違和感を持った。
それは何に対してのものなのか、当初は分からなかった。
しかし、ステージに上がっているダンサーたちを見ていて気づいた。
「このステージは似合わない」という違和感だ。
今回オーディションで選ばれた人たちは、前回の「秋塾」で選ばれた人も5人いる。
その人たちのグレードも意識も成長していた。
そして、初めてオーディションに受かった人も、「絶対に受かってやる」という気迫を持った人だけしか残さなかった。
そんなことが影響して、ステージそのものが場違いのような感じがしたのかもしれない。
別の言い方をすれば、存在感が出てきていたのだ。
つまり、舞台での段取りや、「うまく見せよう」とか、「間違わないように」というような、およそ舞台そのものとは関係の無い、無駄な思考が少なくなっているということだ。
おかげで、どこの舞台でも見かける自己陶酔だけの気持ちの悪いものにはならなかった。
明らかに「身体」が見えてきているということだ。
ワークショップの成果の一つが現れたのだ。

オーディションが終わり、リハーサルを3日間重ねた。
その間にどんどん意識が締まっていったのだ。
オーディションに落ちた青年が本番の舞台を見て「私は選べれた人とは一緒に立てない」と実感した。
それほど、明確にダンサーたちは際立っていた。
むろん、中身を言えばまだまだだし、ミスも多かった。
しかし、昨年の「春塾」から1年と見たとき、驚異的な成長だと言えるだろう。
何よりも、舞台を見に来てくれた人たちが、ステージの緊張感に息も出来なかったという感想が少なからずあったことが、彼らの成長を証明してくれている。
つまり、ダンサー同士のコンタクトの意思が、観客にまで伝わっていたということだ。
後方から観客を見ていたら、身を乗り出したまま身動きしない人たちが沢山いた。
その人たちが、このコメントを残してくれたのだ。
また、この調子で今年の「秋塾」になれば…、と期待を膨らまさせてくれる。
主催者である DanceBox の大谷さんも、「みんなが確実に成長しているのが嬉しい」と喜んでくれていた。
アフタートークでは、「これをカンパニーということで、プロデュースしたい」との嬉しいお世辞も。

一つ目の舞台は、主に複数のコンタクトの教則本だ。
相手からの力の方向や圧力に比例した動きをする。
つまり、自分勝手には動かない、動く原因を相手に任せてしまうのだ。
そのことによって、自分自身が記憶としてある「動き」から、自分の記憶にない新しい動きを創造させていく、文字通りコンタクト・インプロビゼーションの基本だと思って頂ければよい。

二つ目の舞台は、主に意識をコンタクトさせる為の教則本だ。
出来る限り身体を動かさない振り付けにしている。
そのことにより、「動きたい」という欲求を発露させ、気持ちと同調した動き、つまり、感情の伴った人の動きになる。
頭だけで描いた気持ちの悪い動きでも、無機的で何をしているのか分からない動きでもないものだ。

この二つの教則本は、更なるワークショップによって成長していくだろうし、確実に学び取っているダンサーや役者たちは、それぞれの舞台で真価を発揮していくだろう。
そんな予感が、今回の「春塾」で確かなものに育った。
秋には「秋塾」。公演が出来れば嬉しいのだが。

 

【過去の日記をまとめたものです】

3 月 19 日

春塾の初心者コースは終了した。
初心者コースとはいっても、何も簡単なカリキュラムをするのではない。
応用コースの前フリのようなものだ。
三日目ともなると、みんなの顔が引き締まってくる。
主催者によると、初日が終わった時点でキャンセルした人がいたそうだ。
主催者には申し訳ないが、「春塾」は仲良しクラブでも、個人の意見を尊重して、という幼児教育の場ではないから当然厳しい。
それになれていない人、自分を教育しなければ成長しない、ということに気付かない人は脱落する。

二人でのコンタクトから、 4 人でのコンタクトに。
こうなると、チームプレイが要求される。
途中でそれぞれの仕上がりを皆の前でやってみせる。

あるグループは途中でやり直した。
それは、自分のやるべきことが出来ていないから、止まってしまったからだ。

それを叱った。
個人の出来不出来がチーム全体に迷惑をかける、つまり、自分という個人は常に何らかの場や役目を担っており、それが出来なければその場や他の役目の人に迷惑がかかる、ということをもっともっと自覚して欲しいから叱ったのだ。

そんな緊張したワークショップは、みんなの顔を引き締めていく。どんどんいい目になり、いい顔になる。
気力や気迫が満ちてくる。
そんな目や顔になるためには、日常の緊張感が必要なのだ。
ダンスやパフォーマンス以前の問題が、それぞれの表現を台無しにしていたり、逆に表現できると勘違いしたりさせる。
面白いことに、ワークショップが終了しても、ほとんどの人は残り、それぞれのグループで何かしらの反省会や、ワークを繰り返していた。
これは、過去 2 回には見られなかった光景だ。
脱落した人は、この連帯感を味わえない。
どうも脱落した人や、叱られた人は自分のことは見えないらしい。
ワークショップの意味のなさや、私の悪口を言ってそのはけ口にしているようだ。
時々、匿名でそんなメールも来る。
情けない人達だ。

そんなことは別にして、みんなは良い意味で、それぞれに緊張感が定着してきたということだろう。

「表現塾」では、グループに分かれテーマをやる。
演者以外は観客だ。
演者を見つめる目も、どんどんシビアに育つ。

「こんないい観客は世界中どこを探しても無いねんから、もっと最高のものを見せろ!」
現役で活躍するダンサーがポツリと
「あかん、本気でやらないと壊れる」

 

3 月 21 日

今日からは、ショーケースに向けてのクリエーションを兼ねたワークに進む。
もちろん、前回前々回と同じものを、少し手直ししてやる。
となると、新しくオーディションを受ける人には少し不利かもしれない。
しかし、その壁をよじ登って役を奪取して欲しいものだ。

今日からショーイングの作りこみを兼ねた稽古に入った。
ここまでの多様なカリキュラムは、実は全部同じことを指している、と気付いた人と気付かない人。
そこには本当に果てしの無い溝が出来てきている。
もちろん、昨年ショーケースに出演した人たちは、そんなことはわきまえているので、グングン差を広げていく。
もちろん、オーディションは開くが、果たして彼ら彼女達に追いつける人が出てくるのか。
それを期待しオーディションをやるのだ。
自分自身の現場を持っている、少し年配の方たちのワークショップに対する評価は最高だ。
自分自身の垣根の中でしか、舞台を、あるいは、作品を作っていなくて行き詰まっていたのが、目が醒めた。
など、本当に嬉しい言葉をくれる。
自分の現場を持たなければ、そこのところは分からない。
だから、相変わらず「自分なりに」やっている。

オーディションに合格するであろう人は、積極的に上手な人を探し組み、稽古に余念がない。
そんなところでもきちんと差が見えるのが面白い。
今日は、主力メンバーが他の仕事で休んでいたが、明日は来る。
ということは、明日一杯でショーケースの中身は決まってしまうだろう。

 

3 月 23 日

オーディションが終了。
8 名の合格者を出した。
ワークショップに取り組んでいる姿勢、というよりも、自分自身の真剣さが差に現れた。
その場での取り組み方に関しては、いわばさほど差はない。
しかし、もっと基本姿勢というか、ダンスに対する真剣さがオーディションという形式を用いた時、如実に現れたということだ。

選ばれてやる、という意識の強さのある人と、間違わないようにとか、ちゃんとしよう、という意識の人とではおのずと違う。
そういったことは、口を酸っぱくするくらいワークショップで話していることだが、それを「ハイ」と頷いたところで、日頃からそうではない人には出来ない。
秋塾のショーケースに出たメンバーは、さすがに意識レベルは高い。
それはもちろん、それぞれの仕事や用事をキャンセルしても、今回のワークショップ、そしてショーケースに出ようという意思が明確にあったからだ。
それだけでも、こちらの意図は浸透してきたという意味で嬉しいし、主催者に対しても恩返しの一端はのぞかせられた。
だから、オーディションはその秋塾組みにどれだけ食い込めるか、とも言える。
そこに、今回は 2 人の女性が食い込んだ。
一人は今春大学を卒業する若い女性だ。
選んで良かった。
クリエーションをやらしていると、その女性の緊張感がビシビシ伝わってきたからだ。

落ちた人との差は、そこにもある。
オーディション終了後、早速クリエーションに入った。
明日は 10 時から行う。
「コネクト」が観客から見えるかどうか。

このショーケースは、今年は東京でもやる。
東京でもオーディションを行い、同じ振り付けでやる。
最終的には、大阪と東京の合格者で作品を作れたら良いのに、と思っている。

 

3 月 24 日

いよいよ、本番まで明日を残すのみになった。
まだ今日は、神経も落ち着いているだろうが、明日になれば全員焦りだすだろう。
秋塾のショーケースに出演した人が 6 人いるので、振り付けそのもののこなし方には焦りはない。
しかし、今回作った新しい振りには悪戦苦闘している。

もちろん、それは振り付けを覚えこむということに悪戦苦闘しているのではなく、コネクトしているのか、力の流れを閉ざしていないか、嘘の動きは、というようなことに悪戦苦闘しているのだ。
「先生、今回は 3 ステージにしましょう。最後は日野先生のソロを」というような冗談が出る余裕が今回にはある。
演出としては、何とか皆をカッコよく見えるようにしようと頭を悩ます。
「あかん、それは自分が動いているだけで、相手を動かしてはいない」
究極の駄目だしを続ける。
それでみんなヘトヘトになっていく。
本番ギリギリまでみんなをしぼり込む。

 

「アホか、お前が見えてどうすんねん、身体をみせろ!ダンスだからな」
この言葉には、段階がある。
まず自分を見せろ、つまり、誰がどこで何をしているのか、をハッキリ観客に見せろ、という意味だ。
だから観客の前で恥ずかしいとか、恐いいう感情が芽吹くのだ。
そして次に、身体を見せろ、になる。
身体運動をするのではなく、身体を動かしているのを見せろ、だ。

「上手く見せよう・間違わないように」
などと頭を巡らせていては、身体はボヤケてしまう。
次にまた、自分を見せろ、となる。

そこに同時進行的にあるのが、ダンスを見せる、振り付けの意図を見せるがはいっているのだ。
この表現の為の成長段階を指摘する者がいない。
だから、自分も見せずに、つまり、恥も外聞もなくステージに立つ人が後をたたないのだ。
それを断ち切ろうとしているのが、この「春塾・秋塾」だ。

3 月 26 日

明日は本番。
仕込み中の劇場でクリエーションを。
細かいニュアンスの訂正をしながら、どんどん段取りが出来ていく。
しかし、この段取りを段取りと見せないのが難しい。
頭はどうしても、「次は」になってしまうからだ。
そうなることと比例して身体は消えていく。

今日から和太鼓も入り、照明も試験を繰り返す。
ダンサー達がカッコよく見える照明。
照明で誤魔化さない照明。
照明も本当に難しい。
遅れて入った若い女性に、どんどんプレッシャーがかかる。
みんなに追いつき、迷惑をかけない為だ。
しかし、どうしてもコンテンポラリーダンスもどきのクセが出てしまい、動きが嘘になる。

一度腕を持って引っ張り合いをさせた。
誰が見ても身体に眼が行く。
次に振り付けをやらせた。
どんどん身体が希薄なるのを誰もが感じた。
もちろん、これは聞いたからといって出来るものではない。
将来できればよいだけだ。
そのことを、自分自身の問題として持ち続けられれば、自ずと答えは出てくる。

明日は本番。
9 時 30 分入り。
15 時からゲネ。
15 時までに、やっつけてしまおう。
短期のワークショップの成果ではあるが、昨年の「秋塾」の延長でもある。
そういった意味では、成長した姿が観客に見えれば、これほど嬉しいことはない。

 

3 月 27 日

本番が終わった!!
3 回目になるショーケースだが、今回はショーケースというよりも、作品として出来上がった。
みんなの意識や質が確かに高くなり成長しているので、注文を出しても良いレベルになって来たからだ。
本番後、アフタートークで主催をしてくれている DB の大谷さんが
「オーディションでは、もう少しかなと思って見ていたが、こんなに良い仕上がりになるとは思わなかった。リハーサルの 2 日間で何があったのですか」
と質問をしたくらい、みんなの仕上がりには、目を見張るものがあった。
もちろん、ダンサー達は本番後
「もう一度、今すぐやりたい」
と、自分自身を振り返り猛烈に悔しがっていた。
それは、本番では常につき物だし、たった一回一発勝負のショーケースだから仕方が無い。
とはいっても、一発勝負で実力を出せなければ意味がない。
とする自分を作り出しておかなければ駄目だ。
それこそがプライドなのだから。

「次からは、ショーケースではなく公演という形で 4 回くらいやりたいですね」
と嬉しい提案も主催者からあった。
公演終了後、ワークショップに参加していた多くの人から、
「次は絶対にあそこに立ちたい。みんな本当にカッコ良かった」
と早くも次のワークショップ、そしてオーディションに闘志を燃やす声が聞かれた。
そういった切磋琢磨が、良い表現者、良い観客を作るのだ。

厳しいワークショップだから、右肩下がりに受講者は減っている。
しかし、その分質が高くなっている。
きっと、今回のショーケースが基本ラインとして定着するだろうし、そうしなければ次をする意味がない。
誰にでも出来るダンスではなく、見る価値のある、ダンスの出来る身体や感性を。
それが合言葉だ。

 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

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