2010RealContact東京

RealContact と銘打った東京での 5 回目になる夏のワークショップ。
今年は 8 月に場所を押さえることが出来なくて、 9 月になってしまった。
9 月ということもあり、例年よりも、申し込みの出足が悪く、かなり少人数のワークになりそうだと思っていた。
しかし、当日ふたを開けると、例年並みの人が受講してくれていた。
今回の WS で来年の公演の出演者を補充したいと考えていた。
昨年は、丁度ノイズムにいた山田勇気君が WS に参加していたので、声をかけ出演してもらった。
もちろん、ノイズムにいた山田君ということではない。
どう見ていても、彼の姿が群を抜いていたからだ。
公演には、誰でも参加させられるというものではない。
本当に、舞台で関係性を持つ、ということを自分の問題として捉えている人に限られるからだ。
そういった複線もありワークショップは幕を開けた。

例によって胸骨操作から、肘、そして骨盤、膝へと、身体を繋げる、言葉を変えれば、インナーマッスルで繋いだ動きを造れるようにしたワークから始めた。
今回も初めて参加してくれる人が沢山いた。
だからといっては何だが、改めて日野理論の目的から話した。
とにかく全身運動、しかも、全身が使われてしまう身体を目指すということだ。
全身を動かす、と、全身が動かされる、全身を使う、と全身を使われる。
というのは、言葉としては「を」と「が」が違うだけだが、現れる身体運動は全く別物なのだ。
全身が使われた時、身体は伸び伸びとしなやかに見える。
しかし、使ったときは、硬く縮んで見える。
当然、前者の方が良いに決まっている。
しかし、これは良いからといって直ぐに出来るものではない。
というのは、日々の時間で硬く縮む側に身体を使っているから、そのクセから脱するのが難しいのだ。

■2010/09/14 ( 火 ) 初日終了。
予定よりも、沢山の人が参加してくれた。
相変わらず、初めての人が多い。
縦系の連動とバリエーション。
胸骨操作、と進んで、定番の肩動かしと、手合わせ。
そして、表現塾へ。
表現塾は皆の前でテーマを演じる。
「皆の前でやっているのか」ここが肝だ。
初めての人は「意味分らん」連発だ。
自分の為にやってくれているのか、ただやっているだけで、偶然見るのか。
見せているのか、見られているのか、そこの違いを見極める稽古でもあり、見る目が少しずつ養われていく。

■2010/09/15 ( 水 ) 表現塾
やはり、表現塾では全員悪戦苦闘だ。
「皆の前に立つ」この基本的なテーマが、本当に難しい。
最初は、気楽にやっているが、何をしても、どんな事を思っても「そこにはいません」というジャッジに、どんどんへこんでいく。
へこむ必要などどこにもない。
どうして、皆の前に立っていると思えているのか、と自分を考えたらすぐに分る筈なのに。
つまり、 皆の前に立っている、という問題意識を持ったことがあるのか、そして、そのことで自殺しようかと思うほど考えたことがあるのか、それを思い起こせば分る筈だ。
それをしていないのであれば、皆の前に立っている筈等ない、ということを。
ダンサーも役者も、そして、普通に仕事をしている方達も、皆ただ固まるだけになった。
そう煮詰まってしまうのだ。
各グループに動きはなく、皆話し込んでいる。

この表現塾は、日野武道研究所の定番中の定番だ。
他人から見た自分が見える瞬間がある。
それをどう捉えるのか、そこが問題だ。
今日からねじれや、手を引張る、相手を誘導する、が始まった。
どんどん面白くなる。
縦系の連動の復讐から、胸骨操作からリズムを感じるまで、定番が出揃った。

■2010/09/16 ( 木 ) 中日
皆の前に立ち「いません」と言われるのはどういうことか。
という質問があった。
当然だ。
自分からは皆が見えており、皆の前にいるつもりだからだ。
しかし、いくら皆を見えていても、いるつもりでも、そこには、皆の前にいる、という何の根拠もない。
いませんといわれる人は、皆を無視しているということになる。
皆は、その人を見たい、と目を凝らしているのに、その人は、一人で自分勝手な思い込みの中にどっぷりつかっているからだ。
自分の思い込みの中にいる、他人を目の前にしているにも関わらず、自分は思い込みに熱中している。
「皆の前にいる」と思っている、それが「つもり」であり、「思い込みの中」なのだ。皆が目の前にいるのだから、思う必要も、考える必要も、感じると思う必要も無い。
それをするから、皆を無視している、というのだ。
そして、他人は違和感を感じてしまうのだ。
アメリカ人は、完全に頭が混乱してしまっていた。
そりゃそうだ、こんな見る人のレベル、見せる人の意識レベルを問うようなワークは、世界広しといえども私のところにしかない。
武道ならではのものだからだ。
ワークショップに参加してくれている人は徐々に増え、例年並み、それ以上になってきた。
私のワークを必要としてくれている人が申し込んでくれている、と実感する。
もちろん、興味本位で参加している人、自分の意見を言いたいだけの人もいるが、そんな人は、ワークが何がなにやら分らない状態になる。
「分らない」しかし、自分としてピンと来た人は、冷汗を流す。
だから、言葉は出ない。
いずれにしても、ワークショップのコピーではないが、冷たい汗は全員かいている。
異色の参加者では銀座の美容師さん達がいた。
客商売として、絶対に必要だと感じたからだという。
それを直観するのは素晴らしい。
「手を握る時に相手が感じる違和感は、頭をマッサージする時のお客さんが感じるものと同じですか」
「もちろんやで」
「……」
全員、頭が真っ白になりながら、人間関係の複雑さ難しさを知った。

■2010/09/17 ( 金 ) 明日は最終日
今日は、結構賑やかな日になった。
青年団の松田さんや、山の手事情社の倉品さん、山本君、山口さん、それに新人二人。
そこに先日デュオ公演をした、山田君と高橋さん。
そこにシゲヤンも加わっているから、そうとう賑やかだった。
皆が楽しめるように、手と足のワークをした。
初めて参加する倉品さんは、悪戦苦闘しながらも楽しそうに取り組んでくれていた。
「あかんて、顔で動いたら」
そんな冗談もどんどん溢れる。
表現塾では、定番の「なまむぎ合戦」で、最大の盛り上がりを見せた。
皆エネルギーが溢れてくるから、身体が動きだす。
それでもたまらず走り出す。
大声で怒鳴る。
やっと、一皮むけた感じだ。
みんな、表情は生き生きとし、目はギラギラしていた。
日頃を、どれだけ省エネで生きているかだ。
喉はガラガラになりながらも、相手の人にくらいついていく。
そのエネルギーが動機とした動きが、まぎれもなくダンスだ。
そして芝居だ。
それら表現は、決して頭で作り出すものではない。
理由が明確なものではない。
明日は、最終日。
背中の連動や、足の連動で締めくくろう。
次のワークショップは、「ナマムギ合戦」から入ろうか。

■2010/09/18 ( 土 ) 沖縄へ
ワークショップは無事終了。
打ち上げには、遠方の方を除いて、ほとんどの人が参加してくれた。
来年の公演に向けてのイメージに、大いに盛り上がった。
今回の WS で 10 人くらいの人が応募してくれた。
来月から、創り込みに入るから、そこでまた選択していこうと思っている。
今回約半数の人が初参加だったが、皆熱心に取り組んでくれていた。
やはり、若い人と少し年齢を重ねている人とでは、取り組み方や理解の仕方が異なった。
もちろん、若い人と一括りには出来ないが、言葉を理解しようとする為に、説明を求めるのでやたらと言葉数が増える。
しかし、少し年上の人たちは、自分にとっての的確な質問なので、言葉数が少ない。
つまり、自分にとっての問題なのか、自分とは離れた知識というところでの質問かの、区別がつかないのだ。
つまり、それを聞いても実際には役に立たないことばかりを聞くということだ。
そうなると、実際に役に立てたい人は、その質問を聞いていてうんざりする。
「ああ〜時間がもったいないのに」
という言葉になる。
しかし、その若者には分らない。
私のワークショップは、ダンスのテクニックやパチものの身体テクニックを指導するものではない。
また、「自由にやってごらん」というような、幼稚園児の為の教室でもない。
間違っていることと、正しいことが明確にあるワークだ。
当然、間違いは指摘する。
それが嫌な人は来なくなる。
だから、受講者が選り分けられて来る。
冒頭で書いたように、 5 回目ともなると、大方のダンサーや役者さん達には、情報が行き渡っていると思う。
RealContact は厳しいと。
それだけに、決意を持って参加してくれている人達は、成長したいという思いが渦巻いていて、こちらも嬉しくなる。
そんな素晴らしい人たちが集まり、そして共に成長したら、日本の舞台も大人の舞台が多くなる筈だ。
それを夢見て、来年も 9 月に開催しようと思っている。

皆さん、お疲れ様でした!
そして、ありがとうございました。

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