2012 東京ワークショップまとめ

年に一度、東京のワークショップが終わった。
2005 年に始めた東京でのワークショップも数えて 7 回目になる。
毎年書いているかもしれないことだが、参加者が年々減少傾向にある。
もちろん、需要と供給のバランスの問題だ。
需要がそれだけ少ないということなのだろう。
ずっと参加してくれている人や、途中スケジュールの関係で参加できなかったが、飛び飛びでも参加してくれている人は、「どうして、皆来ないのでしょうね?」と不思議がる。
しかし、それは仕方の無いことだ。
ほんとに需要が無いからだ。
つまり、一度でも参加した人にとって、ピンと来なかったということだからだ。

今回は特に「関係性」というところでの、「関係出来たら身体もこころも変化する」という本当の意味での関係を重視して行った。
もちろん、そこには物凄く高い壁が待ち受けている。
そこをよじ登らなければ、身も心も変化する、という同調関係は起こらない。
そのヒントでも掴めたら成功だ。
身体に触れたり、声をかけたり、向かい合ったり、色々な角度からアプローチした。
今回は、沖縄や福岡といった遠方からも参加してくれた。
一番遠いのは南米チリからだった。
外国の人で、日本文化に興味を持っている人達に何時も思うのが、日本人以上に日本のことを勉強していることだ。
今回でも、その「関係性」の難しさを「これは○○と同じようなことか」と、日本文化の何かを例にとって質問して来る。
そういえば、日本の人にそんな質問のされ方をされたことが無い。
何故??
また今回は、ボクシングジムのトレーナーやマネージャーから選手、そして会長まで参加してくれた。
身体の持つ可能性は、自分の頭が止めている、という考え方に興味を持ってくれた。
体育の教師や医者、理学療法といった、医療絡みの人も多数いた。
その人達には、特に人の無意識反射が治療のポイントになる、ということを知ってもらった。
だから、身体に触れたり、話をしたり、患者さんの傍に寄るということが、ちゃんと出来ないと治療そのものに差し支えるのだ。
もちろん、ダンサーや役者、板前さんから事務職の人まで、多種多様な人が参加してくれた。
これだけ多様な人達が集うと、楽しくて仕方が無い。
参加している人も、組む相手が変わる楽しさを体感している人もいた。
それこそ「関係」の応用だ。
しかし、困った人もいるにはいる。
全く周りが見えていない人、自分の実力を見えていない人だ。
私のワークは、組み稽古が多い。
そこで、分からないなりにアドバイスをし合い、仕上げて行く。
その時に、自分の考え方を相手に押し付けて行く人だ。
もちろん、当人は押し付けているとは思っていないからやっかいなのだ。
もちろん、どの人と組むのか、というのも稽古の一つだ。
第一印象で選ぶ必要があるから、日頃の人を見る目が試されるということでもある。
ワークショップは、ワークではあるが、即現実社会でもあるのだ。
打ち上げは、最終電車まで続いて、また来年ということで幕を閉じた。

 

 

ワークショップが始まった。
3 コマ目の表現塾で面白い事があった。
となりの柔道場からは、「 1 , 2 , 3 〜」という号令が聞こえてきて、同時に沢山の女性の声で「 1 , 2 , 3 , 4 , 2 , 2 , 3 , 4 〜」と被さっていた。
何がどうなっているのだろう、と不思議に思い、柔道場をのぞきにいった。
すると、空手の人達が稽古をしていた。
しかし、その隣の剣道場に、チアリーダー達が練習をしていたのだ。
偶然そのテンポが同じだったので、「えっ」となったのだ。
面白いといえば面白いのだが、意識が散漫になってしまって頂けない。
来年は、もっと別の会場が無いだろうかと思い、常連のダンサーに探してもらうことにした。
今年のワークは、新しい顔が 1/3 くらいで、後は常連だ。
その分、ワークの進行は進めやすい。
定番の胸骨から、表現塾の「なまむぎ」まで、滞りなく進んだ。
ミュージカルの人が初めて参加してくれていた。
もちろん、あのメジャーな劇団だ。
東北大震災で、てんてこ舞いをさせられた医者も、病院を休んで参加してくれた。
沖縄からも熊本からも。
完全にアットホームなワークショップになっていた。
私のワークは、どこで行っても、そういった雰囲気になってしまうから不思議だ。
ある体格の良い男性がいたので、何かされているのですか?と聞いてみた。
武道でもなければ、ダンサーや役者でもない、いわゆる普通の社会人だった。
その方が私の雑誌の記事を読んでから、一度受けてみたいと思っていたそうだ。
嬉しいことに、「ワークを受けてみて、一般の人こそ受けなければいけないワークだと感じた。人が生きるのに本当に基本的なことだから」とワークを理解してくれた感想を貰った。

 

二日目終了。
今日は隣が静かだった。
ということで、ワークに非常に集中出来た。
それは全員が同じ心境だ。
当然、ワークの密度が非常に濃いものになった。
身体塾では、胸骨と肘の連関や連動を徹底した。
明日はストレッチを重点的にやろう。
関係塾では、これぞ関係だ、という様々な形での相手とのコンタクトだ。
動きとしてのコンタクトではないところに、難しさが浮き彫りになった。
表現塾は関係塾と被り、様々な表現をやった。
「勘違いしたらあかんで、超能力教室と違うで」で大爆笑。
というぐらい、密度が濃いコンタクトの稽古を行えた。
人は「自分」を取り払うと、 100 %他人と本当のコンタクトをとる事が出来る。
それは相互に反応しやすくなるからだ。
隣が静かだと、そういう具合に集中度を増す事が出来る。
すると当然だが、みんなの出来上がりが良くなって来るのだ。
明日は中日。
場が出来上がって行くのが楽しい。
出来なかったことが出来る、というような事が起こる。
つくづく場が大事だと思う。
もちろん、その場を作る人達の意識が大事なのだ。
同じ方向を向いている人。
当たり前だが、自分を成長させるには、それが一番大事なことだ。

 

チリから申し込んでくれた人は、今日から参加した。
かなり頭の良さそうな人で安心した。
身体塾は、肘からのストレッチに始まり、全身のストレッチへ。
そして定番のねじれだ。
チリの人は、余りの展開の速さに目を白黒させていた。
彼は、最終日まで参加する。
福岡組も最後の一人が到着した。
表現塾は、正面向かい合いから始めたが、決定的な一言を一人が発した。
「正面云々だけど、正面に向かい合って伝えるべきものが無いのだから、全く意味が無いのでは」と。
実はそうなのだ。
伝えるべきものがあるから、正面に向かい合うのであって、向かい合ったから何かが始まるのではない。
目と目を合わせたから良いのではない。
稽古のやっかいなのは、そこのところだ。
その事だけをピックアップするので、「正面向かい合い」という形式になってしまうのだ。
だから、「どうすれば出来るのか?」ばかりになる。
それ以前に人だから、改めて真正面から向かい合えばこころが動く筈なのだ。
そして、動いたこころはお互いの何かを通じ合わせる。
また、動いたこころは意識の働きを閉ざしてくれる。
だから、そこに何かしらの感動が生じるのだが。
それを「どうすれば?」と意識を働かせた時、こころは動かなくなるのだ。
つまり、意識が感じあえるという無意識的、あるいは生理的な働きを止めているということだ。
当然、 RealContact になる筈も無い。
今日は、参加しているダンスの先生に、 7 拍子を振りつけてもらった。
もちろん、 11 月の公演で使うものだ。
明日も新しい人が来る。
さてどうなるか。
もちろん、常連が沢山いるので、何とかなるだろう。

 

今日のワークショップは、何故か賑やかだった。
人が多かったというのではなく、賑やかな人達が混じってくれていたのだ。
賑やかというのは、求める意識「何か盗んでやろう」「何か役に立ててやろう」が沢山ある、ということで、決してはしゃいでいるということではない。
はしゃいでいるのはやかましいということだ。
幼稚な人が多い時はやかましくなる。
意識が強いから、賑やかに感じるので、逆に「何を教えてくれるの?」という受身の人が多い時は、やたらと静かでお通夜のような雰囲気になる。
プロボクシングのジムから、会長以下選手の方やマネージャまで参加してくれた。
ただ、その分パンチや足使いに特化したクラスになった。
何のことやら判らなかった人も沢山いたのではないかと思う。
がしかし、それも人生だ。
自分の都合の良いようにばかり運ぶことは無い。
その一端だ。
表現塾は、今日で最後なので一対多数の向かい合いを徹底的に行った。
日常では、さほど意味があることではないが、多くの人の前で話すような機会で、ドギマギせずにいられる為だ。
役者やダンサーにとっては、舞台上の共演者との関係性、そして、観客との関係を築く稽古でもある。
雲を掴むような稽古になってしまったが、常連の人達は良く理解していた。
明日は最終日。
2 コマしかないから、全力で行こう。

 

よっしゃ!終わった。
参加してくれた人、お疲れ様でした!!!
最後の「ありがとうございました」を全員が全員に交わした後、メールの交換や、色々な新しい関係が生まれて行っていた。
その光景は、何時見ても嬉しい。
普段では全く、出会う筈の無い職業どうしや、出会う筈のはい人が出会い、目的を同じにし新しく関係が築かれていく。
それは、知らない世界を知る大きなチャンスだ。
幸い、私のワークには素晴らしい人ばかりしかいない。

打ち上げは、 2 次会で解散した。

今日で終わりなので、リクエストを交えて行った。
やはり、アイコンタクトが本当に実現すれば、予期せぬ事が起こる、ということに集中した。もちろん、そう易々とは出来ない。
しかし、自分がどうしてもできるようになりたい、と思ったならばそれは実現する。
ただ、 2 , 3 日では無理ではある。
舞台の数を沢山踏んでいる人、日常生活で使いたいと思っている人等はいずれ出来るようになる。
習ったから、知ったから出来ると思っている人は出来ない。
そう言えば、今回はアイコンタクトゲームも、ナマムギ合戦もしていない。
どうして?
自分でも判らない。
その流れにならなかったからだろう。
その代り、関係性の新しいワークが誕生した。
多分、参加者の雰囲気で、気付いたからだろう。
今回は、何時もよりも自分の持つ、身体への先入観を捨てろと言ってきた。
それは、ボクシングの人達が参加してくれていたからだと思う。
つまり、身体を扱うプロが参加していたから、その人達にも役に立つ事を優先させたということだ。
そんな事もあり、もしかしたら毎年のワークとは一寸違ったかもしれない。
しかし、何人かは涙している光景は同じだ。
自分に気付き、自分の至らなさに気付き涙する。
それが悔し涙であって欲しい。

整体や医者の人達、つまり、医療や治療絡みで身体に関る人の参加が増えている。
もちろん、それは嬉しいことだ。
それこそ、その道の専門的なことを習い、それを人に直接役立たせることだからだ。
そうなると、一番大切なところは「触れる」ことだ。
身体に直接触れる、声で触れる、態度で触れる。
そのそれぞれで、患者さんに無意識反射が起こる。
つまり、違和感が生じるということだ。
それは、合宿で行う「武禅」で検証積みだ。
脈診をきちんと取れる鍼灸師が、たまたま二人いた。
その二人に、一人の被験者の脈を診てもらったら、誰かが触れる度に、あるいは、近寄る度に人によるが、色々な経路に変化が起こるのだ。
もちろん、弱くなるというマイナスの変化だ。
そういった、治療以前のところが大事なのだ。
つまり、その人の患者さんに対する姿勢のことだ。
そういった専門的なワークも必要だとつくづく感じた。
今回は医者が参加していた。
その医者から現在勤める病院で、若手の医者達にワークをして欲しいと頼まれている。
いずれ、治療家の為のワークをしていかなければ、と感じた。

Top

他のワークショップ   質問・問い合わせ