2012-7 Valencia 武道ワークショップ

バレンシアでの 2 回目のワークショップは、非常に充実したものになった。
受講者の集中力が途切れなかったからだ。
今回は、東京から坂本君も同行してくれていた。
別段改まった紹介をしなくても、その実力は日々分かるだろうと思っていたからだ。
案の定、私の演武の相手を終えると、我先にと坂本君を稽古相手に指名してきた。
日野理論で育った、私以外の人間を見るのは、受講者にとって明確な灯台になるからだ。
坂本君はフランス人の空手の先生に宿舎を確保してもらい、終日行動を共にしていた。
もちろん、そこには同じ日本人でフランスに住む彫刻家がおり、言葉には不自由しなかったからだ。
私に質問しても、分かりやすい答えが返ってこないことを、身を持って知っている受講者達は、質問の矛先を彼に向けていた。
そういったことも、日本を一歩も出た事のない彼にとって、非常に良い体験だった。
受講者は皆紳士だから、そのことも日本人との違いとして体験できたことも大きいだろう。
何よりも、様々なジャンルの外国の武道修行者に、全て通用した事は何よりの収穫だ。
つまり、日野理論を習う者は、十分すぎるほど外国でも通用するということを、坂本君は証明してくれたのは嬉しい。

 

ブルーモスク近辺のホテル街から、海岸沿いの道路を快適に飛ばし空港に着いた。
途中、飛ばす車がスピードダウンした。
これは、来た時もそうだったので、日本ではないがネズミ捕りでもいるのかな、と思ったらカメラが設置されていた。
外国で不思議なのは、こういったことをきちんと守ることだ。
信号しかり、歩行者を優先して止まったり、もきちんとする。
しかし、とにくかく道が狭いうえ一方通行も数えるほどしかないので、整理された秩序は無い。
でも混乱の中で暗黙の秩序がある。
これはきっと交通事故も少ないのではないかと思える。
歩行者も運転手も、かなりの緊張感を持っているからだ。
数センチ単位で、すれ違ったりバックしたりと、まるで細い山道を運転しているようだ。
整理された秩序の無さは人を強くする。
何よりも感覚が衰えない。
そんな楽しい街イスタンブールとは、今日でさようならだ。
空港に着いた途端、ここはヨーロッパだ。
物価は市内部の 4 倍から 5 倍する。
飛行機は 10 時 55 分に飛ぶ。

 

現地時間午後 1 時 30 分にバレンシア空港に着いた。
「何やこの暑さは」昨年は日本からバレンシアに行ったので、何とカラッと爽やかなのだろう、と思った。
今回は、トルコからだったので、この蒸し暑さには着いた途端に疲れがドッと出た。
ほんとに人間は勝手なものだし、それほど環境に身体の感覚が左右されるものなのだ。
2 時ごろ、レオさんやオスカーさん達が迎えに来てくれた。
今回の宿泊はアパートをお願いしていたので、こぎれいなアパートにチェックイン。
近くの大型のスーパーで買い物をすまし、一寸ゆっくり。
夜 8 時にフランスやオランダから参加してくれている人達と食事をすることになった。
8 時まで少し時間があるので、一寝入り。
8 時に慌てて外へ。
しかし、待てど暮らせどレオさん達が来ない。
絶対にそんなはずは無い。
8 時 30 分まで待って部屋で待つことにした。
眠気が襲って来たので、一瞬寝た。
電話が鳴りレオさんが来てくれていた。
別段「遅れた」という気配は無い。
昨年も行った、美味しいレストランへ向かう。
レストランに入って、時計があったので何気なくみると 8 時 5 分過ぎだ。
「ええええ〜」
私の携帯は 9 時 5 分過ぎになっている。
「そうか、時差もさることながらサマータイムや」
そんなこんなでお腹いっぱい、スペイン料理を堪能した。
今回のバレンシアには、東京から生徒が一人参加する。
チューリッヒで乗り継ぎバレンシアに入ることになっている。
無事に着いたのか心配になり、電話を入れたら元気な声で「街を散歩してきました」ということだ。
それなら大丈夫。
明日から気合を入れてワークショップだ。
今回は、ドイツやオランダ、ベルギー、フランス等から参加してくれている。
何語で通訳するのが良いのだろう、とレオさんが悩んでいた。

 

夜 8 時一日目のワークショップは終わった。
パリから参加した人の荷物が、バレンシアには着いていなかったらしい。
急遽服を買い、普段着で参加しており、それを恐縮していた。
外国ならではだ。
今回は、地元スペインの人達も参加してくれていた。
初めて見る私の動きに「エイリアンだ」と大受けしていた。
道場は、昨年と同じ柔道場だから、うだるような暑さだ。
「相手の意思を感じる」
から入ったが、難し過ぎてフリーズ状態の時間が大分あった。
仕方が無いので、そこから展開し、出来る感じにしていった。
ドッタンバッタンになると、皆元気になるのが可笑しい。
ロルフィングをしているドイツに住む日本の方や、スペインの人も参加してくれており、結構賑やかなワークショップになった。
たまたま、バレンシアでは山火事があり、未だに消化出来ないそうだ。
だから、灰が降ってくるし、その灰の為に上空の空気の流れが遮られている。
それも原因で通年よりも蒸す暑さだそうだ。
今から、旧市街へ行き食事をする。
夜 12 時過ぎにお開き。
明日は、ワークショップが終わったら、サッカー EURO 決勝戦イタリアとスペイン戦を、パブリックビューで見ることになっている。
スペインが勝った時に、どんな騒ぎになるのかを見物にいくのだ。

 

2 日目の朝稽古終了。
次は 6 時からだ。
バレンシアに来ての食事が、夜は連日の油ものになったのが少しきつい。
ワークショップが始まると、暴れ回るのでそれも忘れる。
昨日に続き胸骨操作からの展開だ。
多人数がけも交えて、相当暴れている。
本来のワークショップならば、どんどん進行させるのだが、常連が多いだけに、じっくり取り組む事が定着している。
その方が好きなようだ。
だから、お互いがアドバイスの交換をし合っているのが良い。
今回も新しい人がいるが、大方はフランスやベルギー、オランダでのワークショップ経験者だ。
その分ワークはスムーズに流れるし、難しさも分かっている。
雨が降りそうで中々降らない。
山火事はまだ鎮火していないようだから、雨が降ってくれたら相当消火に役立つ。
今日の昼ごはんは、たぬきそば。
温かいから身体に沁み渡る。

 

三日目の午前の部は終わり。
昨日はサッカーで盛り上がったので、今日はみんな疲れた顔をしている。
一人イタリア人がいて、サッカーが始まる前はすこぶる元気だった。
今日は顔を合わすと、こそこそと隠れる真似。
4 点も点差が開いた決勝戦は、サッカーの歴史には無いらしいからだ。
巨大スクリーンのあるところまでタクシーを飛ばしていくのだから、ほんとにサッカーが国技だという感じだ。
我々は、スペインが 3 点入れたところで帰った。
皆がこの会場から帰宅すると思うと、絶対にタクシーには有り付けないと思ったからだ。
スペイン中がサッカーなので、自動車も殆ど通っていなかった。
かろうじて見付けたタクシーに乗ると、これがまたスペインを満喫させてくれた。
市街地を、何と 90km 超えで運転するのだ。
しかも「アロンソ〜」と大声で叫びながらだ。
信号が赤になっても止まらない。
「赤やで!」
と怒鳴っても、「アロンソ〜」だ。
おかげで会場から宿舎まで数分で着いてしまった。
行きしなは 30 分以上かかったのに。
宿舎に帰ってテレビをつけると 4 点目が入ったところだった。
それからしばらくして試合終了。
少し遅れて、道路ではクラクションと爆竹で大騒ぎ。
それを聞いているだけで疲れた。
ワークショップは、そんな事情もあって、集中力も欠けるし、みんな眠たそうだ。
昨日の続きの肘から手首をやった。
初めての人もいたので、その前段階のねじれもやった。
東京教室の生徒も、奮闘している。
十分通用しているから大したものだ。
今日の夜は稽古終了後、泳ぎに行くことになった。
海岸で食事をし、夜の海を泳ぐ。
折角のバレンシアなのだから、海も満喫しなければ…。

 

昨日は夜の稽古を終え海へ。
会場から少し歩くと、そこは遠浅の海岸だ。
昼間は暑過ぎて泳ぐも何もないが、夜の 9 時を過ぎると夜風がほどよく気持ちが良い。
海は逆に生ぬるいという感じだ。
そこで、しばらく遊び、海の家で軽い食事。
稽古は、肘の使い方だ。
肘と胸骨とを連関させ動かす。
その事が、投げや突きにも役に立つのだ。
みんな汗をビッショリかいて肘打ちに精を出していた。
2 人掛けから 3 人掛けまで進んだ。
明日は、 3 人掛けで膝を使うというのをやろうと思っている。
一つの形には、最低 3 つの要素があり、その要素を稽古する為に形がある。
そんなことを外国の人にも理解してもらいたい。
今日は、少し身体そのものと、身体を理解している頭は大きな差がある、ということを、色々な実験で体験してもらった。声や刺激、それらの総称としての「感じる」が、いかに大事で、そういった感覚を無視した運動は、いかに効率が悪いか、あるいは、他人に対してストレスを与えているかを体験させた。
参加者の中に、ベルギーから参加している人の中に、医大の教授がおり、治療やケアに大いに参考になった、早速試してみると喜んでいた。
昨年もそうだったが、何故か疲れる。
理由は分からないが、やたらと眠たい。
みんなを見ていると、私ほどではないがやはり眠そうだ。
昼からのワークは、目が覚めるものばかりにしよう。
私の為に。

 

夜の稽古は、突合一発。
それこそ、片手胸掴み、片手片手取りとそのバリエーションで展開した。
パリのワークショップに来ている人達は、全員体験者だから要領は理解している。
しかし、要領を理解しているのと出来るのとは違う。
突合は体重を移動する為の基本の一つでもあり、相手と関係するということの実際を実感できる為の一つでもある。
だから、武道において最も重要な要素でもある。
だから「出来た」ということではなく、感覚を植え付けるということが稽古になる。
バリエーションは、皆ワイワイ言いながら、頭を悩ましながら取り組んでいた。
身体に一つの衝撃を与えると、身体はその衝撃に対して無意識的に反射を起こす。
それをきちんと汲み取るのだ。
そして、この稽古で面白い事も分かる。
それは人は全員違う、という最も普遍的なことだが、実際はでは何がどう違うのか、となった時、この場合は、相手によって力が違うということだが、それを身を持って分かるということだ。
その相手の力の違いによって、こちらのやることは変わっていく。
そこを確かめる稽古でもあるのだ。

 

朝の稽古は、背骨の連動だが、まずは背骨を感じる定番から。
そして定番の座っての背骨を感じる。
腕を掴まれての背骨。
とバリエーションをやった。
背骨を感じているのかどうかは別にして、皆そこそこそれらしくなって来ている。
やっとワークショップも半ばなのだが、次のヨーロッパでのワークの予定や、来年のバレンシアの予定をしきりに聞かれる。
パリから 1000 km離れた所から、パリのワークには毎回参加してくれている男性が、「ヨーロッパの武道は全く中身が無く、全部形ばかりだ。 自分は日本の文化に接したくて色々探した。そこで“弓と禅”という本を見つけたが、その実際はヨーロッパには無い。そんな時に日野がヨーロッパに来ると聞いたので駆けつけた。日野のワークは想像した通り、深く簡単にはモノにできない。しかし、それが良い。これを自分の人生に活かさなければならない、と感じた」
と嬉しい話をしてくれた。
その彼は、クラシック音楽の理論を書いている人だそうだ。
しかし、その彼の悩みは、私のワークをする相手がいないことだという。
私が「じゃあ、私がパリに住もうか」というと、「それが本当なら一番ベストだ」と大笑いした。
ヨーロッパでも、私のワークが大切なワークだと感じ取ってくれる人が沢山いることに、改めて驚くとともに嬉しく思う。
これから夜の稽古だ。

 

昨日の夜は、日本式にズラッと全員並ばせ、全部の人と稽古が出来るようにした。
それは、言葉では「人は違う」といっているが、その実態としての「他人は全て違う」という感覚を、少しでも掴んで欲しかったからだ。
結局、全員稽古で時間を取り過ぎ、その後が続かなかった。
稽古終了後、皆が私を肉料理の店に招待してくれた。
ブラジル産の肉が少しずつどんどん出てくる、というコースだ。
最初は全員ガッツいて食べていたが、次第にギブアップ。
意外と外国の人も食が細いし、アルコールも無茶飲みをしない。
もちろん、私よりは食べていたが。
坂本君は、進められるままに食べるので、皆から拍手をもらっていた。
もしかしたら、一番食べたのは坂本君かもしれない。
これは、客としての一つの礼儀でもある。
出されたものは全部食べてしまう。
このことは、私が初見先生のお伴をして外国に行った時、初見先生がその手本を示してくれた。
最後は、全員お腹が一杯になり、身動きとれないくらいになった。
何時もパリのワークショップに参加してくれている人が、
「バレンシアのワークは 1 週間あるし、規模がこじんまりしているから、自分にはすごくいい。パリは 100 人以上いるから余り集中できない。バレンシアでは掴んだと思う事を色々試せるし、方向がしっかりと分かる。バレンシアのワークを定例にして欲しい」
と、言っていた。
残すところ後 2 日。
明日は、地元の人に招待されている。
家庭料理のパエリアだそうだ。
ついでに、地中海で一泳ぎだ。

 

やはりパエリヤは、物凄い大きな鍋で来た。
しかも二つもだ。
もちろん、食べる人間も 10 人はいたが。
しかし、やはり食べ終わってみれば、パエリヤは残っていた。
バレンシアの遠浅の海で早速泳いだが、先日夜泳いだのとはちがい、海の水は冷たかった。
残すところ、明日の午前のワークで終わりだ。
今回は、ビデオカメラを持ち込んでいる人が沢山いた。
私が話しだしたり、見本を見せ出すと一斉にカメラを手にしていた。
ワークは最終的に多人数がけが出来るように組み立てていき、 3 つのグループに分け多人数がけで汗を流した。
午前中は、連動からの突きを徹底的にやった。
力の出し方や、全身を使うという、いわば当たり前のことを皆知らないからだ。
そう、巷には「言葉しかない」のだ。
だから、そこを徹底的にやった。
しかし、徹底的にといっても時間に限りがあるので、結局時間内には無理なのだ。
それでも、全員熱心に取り組んでくれていた。
全身運動を皆知らない、というのは、参加者だけのことではない。
殆どの人は知らない。
つまり、金科玉条的に何時もそこにある言葉だが、どうすれば全身運動が出来るのか、を考えた人間がいないということなのだろう。
それも不思議な話だ。
今回は、連日質問の為の食事会が小さなグループごとに催された。
それくらい、皆は「武道」に食いついてくれているということだ。
何とも嬉しい限りだ。
今日の朝の稽古が終われば帰国する人もいるので、昼食会ということになっているそうだ。

 

バレンシアの夏が終わった。
みんな名残惜しそうにしてくれる。
そんなところが日本人とは違い、感情を素直に表現するから好きだ。
肘の運動の違う形を稽古。
休憩を挟んで前日にした、多人数がけで遊んだ。
それぞれのグループを見ていると違いがあって面白い。
まるで子供のように楽しんでいるグループと、何をしているのか分からないというグループ。
相変わらず、 1 対 1 の稽古の延長としてやっているグループがある。
それも、別に決めているわけではないが、そういう傾向の人同士がグループになるから不思議だ。
もちろん、楽しんでいるグループは活気があって、何よりもルール違反のハプニングがどんどん起こるから面白い。
だから、そのグループの人達はパニックに陥る確率が低い。
そして、覚えも良い。
最後は、その活気のあるグループに入って、「どこからでも来ていいよ」と言うと、待ってましたとばかりに、何でもありで攻めてくる。
「おもろいやんけ!」
最後は、皆からワインのお土産もプレゼントされた。
坂本君も、小さな小物をプレゼントされた。
彼にとっては、初めての海外旅行だったが、そんな緊張感はワークショップ受講者の温かい接し方に吹っ飛んでいたことだろう。
フランス語や英語、スペイン語で周りから話しかけられても、何とか切り抜けていた。
地元スペインの受講者は
「私にとっては、日野と私の距離が遠すぎて分からないが、タケ(坂本君の現地での愛称)が橋の役目をしてくれ、ほんとによかった」
と言っていた。
それは、誰しも思った感じだ。
その証拠に、私が「次はこれ」と、坂本君を相手に見本を見せると、直ぐに誰かが坂本君と組もうと待ち構えていたからだ。
稽古を終えて、全員で中華レストランへ昼食に行った。
すごく気持ちよく食事をしたのに、最後に勘定が足りない、と言いだしたのだ。
有り得ない。
少なくとも、このワークショップの主催者がインチキをかます筈が無い。
散々抗議したが、まるで聞く耳持たずの中国のおばはん。
「何因縁つけてんねん、てスペイン語でどういうの」と聞こうとしている時、皆が「またか」という感じで、店主を放ったらかしで外に出た。
最後に気分悪いのは、ほんとに気分が悪い。
当たり前か。
そのまま飛行場に向かう人、海岸で泳ぐ人、ホテルに帰る人。
それぞれが別れを惜しんだ。
「日野、近いうちにパリで」
が皆の合言葉だった。
私たちは、海岸の近所でコーヒーを飲みアパートに帰った。
明日は、 1 日オフでパッキングだ。

 

明日の午後 2 時 55 分にバレンシアを飛ぶ。
先ほどまで空手の先生達と食事をしていたので、パッキンはまだだ。国は違っても、武道での同じ悩みを持っている。
「腕力から脱皮するには」だ。
だから、その人も第一回目のパリワークショップから、参加してくれている。
食事の合間に興がのってくると、テーブルをどけてのミニレッスンになる。
その方が、言葉よりも理解しやすいからだ。
ある種共通の目的を持つ人との時間は、あっという間に流れていく。
体験の蓄積から来る感覚は、そこに起こる出来事の真偽の程を一瞬で理解する。
その意味では、怖くもあり楽しくもありなのだ。
どの世界でも素晴らしい人は沢山いる。
そういう出会いが、私を初心に戻してくれる。
それを求めて旅に出る、という感じだ。
帰国して直ぐにある福岡のワークショップでも、新しい出会いが待っている。
それを思うとワクワクする。
時差ボケも吹っ飛ぶという感じだ。
感覚を使うということで、今回も新しいワークを発見した。それも出会いのおかげだ。

 

午前 11 時、オスカーさんが車で迎えに来てくれた。
昨日もレオさん達と、夜 11 時くらいまで食事をしていたので、荷物は今日の朝詰め込んだ。
今回のワークショップで特に感じたのは言葉だ。
単純な事、単純な話であれば、さほどの語学能力は必要ではないが、特に日本固有の文化である武道の話となると、そういうわけにはいかない。
それを感じた時、過去に外国に渡り武道を指導してきた人は、そういったことに不便を感じなかったのだろうか。
それとも、相当の語学力を備えていたのだろうか。
一つの推測だが、その辺りをおざなりにしてきたから、形式ばかりの、あるいは、運動だけ、言葉だけの武道もどきが、ヨーロッパに蔓延しているのではないか。
その事は、「弓と禅」の著者オリゲン・ヘリゲルが書いていたな、と記憶が蘇った。
そんなことを痛切に感じた今回のワークショップだった。
そんな一端を、ワークの最中に感じた。
何かテーマを見せた時、受講者は絶対に「形だけ」しか見ていないのが分かった。
もちろん、形からしか入る事が出来ないから、「形から」は間違ってはいない。
しかし、形を支える中身がある、ということに興味が向かないから、取り組んでいる人の身体能力に応じた、単なる運動の域を出る事は無い。
つまり、掘り下げる材料を持たない、あるいは、上達や成長する為の材料を持たないということだ。
形に現れるには過程がある。
そしてその過程の中は肉体運動と感覚運動と意識運動、そして何よりも、それに取り組む自分自身を客観視するが故に、見えて来る自分と言うエゴとの対面。
それらは関係性の中での稽古でしか見えてこない。
つまり、自分勝手では自分の限界が直ぐに来るからだ。
したがって前記の三点と一番大切なエゴとの対面があり、そこから改めて前記三点に取り組むということが、日本固有の武道に取り組むということなのだ。
だから、死ぬまで稽古が出来、到達することのない世界だと言えるのだ。
そんな日本固有の文化が西洋で一粒でも芽生えてくれれば嬉しい。
バレンシアからイスタンブールに飛び、そこで 5 時間ほど待ちで乗り継いだ。残念ながら、その時は私の PC ではネットが繋がらなかったので書けなかった。
5 時間の時間を潰すのにウロウロし、一軒の店が終了まで粘った。
終了だというので、別の店へ移動。
すると妻が「あっ!アヤさん??」と声を上げた。
何と神戸のダンスボックスの文さんだった。
ベルリンで開かれていた、障害者のパフォーマンスに招待されていたそうだ。
これも奇遇だ。
飛行機は出発し関空へ。
夕方 5 時過ぎ、無事関空着。

明日は大阪の稽古なので、帰宅せずにこのまま大阪へ。
セントジェームスの田中さんに、トルコのお土産があったので、それを渡しに食事をしてからでかけた。
すると、そこに奈良県の十津川に住む人が来ていた。
道場でのクリスマスコンサートや、新宮でやった田中さんのコンサートにも来てくれていた人だ。
珍しい事は続くものだ。
セントジェームスで楽しい再会になった。

 

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