■ 6 月 27 日水曜日
スタジオに入るとマーツが寄ってきた。
マーツは 7 月でカンパニーを辞めるという。
植物などの勉強をしたいそうだ。
もちろん、ダンスは続けるが、 1 年は自由になりたいそうだ。
そりゃそうだろう。
子供の頃からダンス一筋で、しかもその優等生なのだから息抜きもしたくなるはずだ。
来年の夏には日本に来るという。
それなら、それに合わせて何か考えるから、というと、笑顔が零れ落ちた。
「じゃあ、今日は意識を使う遊びからしよう」
相手の意識を誘導することで、寝ている相手を起き上がらせてしまう、という介護の人の為に考えた技術をみんなで楽しんだ。
一区切りついたところで、昨日の続きだ。
「今日は、昨日のねじれで、持っている人がねじれを解放させてくる意識を感じ、それを誘導しバランスを崩す、ということをしよう」といって見本を見せた。
やはり真っ先に私にトライしてくるのはフォーサイスだ。
フォーサイスが
「昨日の稽古の 10 分の 1 でも膨大な情報が有りすぎて消化できないくらいだ。本当に感謝している」
と、私を抱き寄せる。
次のトレーニングは、マーツのリクエストで、背骨を順に感じるをした。
骨盤から尾てい骨、背骨を一つずつ辿り、「胸骨」の真裏に来たときに、胸骨を前に動かし最後の部分を頚椎まで辿る。
ここの一番難しいのは、最初の骨盤から腰椎に入るところだ。
ふと視線を感じたので、その方向を見るとダンサーではない男性が私を見ていた。
みんなとは親しげに会話をしている。
あまり気にも留めなかったが、マーツと話をしながら私を見ていた。
マーツが私を呼び、彼を紹介した。
彼はフォーサイスカンパニーの専属のドクターだそうだ。
以前から、ダンサー達に私の身体の理論を聞き、非常に興味を持っていたが、時間が取れなくて参加できなかったという。
今日も 15 分だけ時間が空いたので、駆けつけたそうだ。
身体を繋げる、ということでサンプルとして、腕相撲をした。
ドクターは腕力も強く、一たまりもなく私は倒された。
そこで、反対側の肩から握っている手までを繋げ、もう一度勝負をした。
今度は私が勝った。
ドクターは、「????」だが、嬉しそうにニコニコしていた。
「次は必ず、ワークショップに参加する」
約束をして彼は出て行った。
■ 6 月 28 日
毎日天候は雨の降りそうな日が続いている。
今日も雨雲が垂れ込め、いつ降ってもおかしくない天候だ。
昨日ワークショップが終わった時、ファブリーズとヤニスが相談があると寄ってきた。
カンパニーのギリシャ公演の後、彼ら二人の作品の公演があるという。
1 時間の作品だそうだ。
相談というのは、アイディアを具体化するにはどうすればよいか、のアドバイスが欲しいとのことだ。
アイディアを聞き、動きを見た。
「で、何がしたい?」
つまり、彼らのギャップは、イメージやアイディアを具体化する際、観客からどう見えているのか、を無視している点だ。
まさに「全ては間違っていた」だ。
「観客からそう見えなければ意味が無いのだろう」
「そうだ」
と、そこのコンセンサスを得たので、動きに対して、動いて見せた。
「そうだそうだ、そう見せたいのだ」
二人は飛び上がって喜んだ。
ヤニスが「クレジットに日野の名前を入れるから」と大はしゃぎだ。
そこから、演出が始まった。
二人の様々な動きを見て、「どう見えたいのか」を聞き、であれば、というところで動きを見せる。
「明日も見てくれないか」
彼らは、私が武道家だとは思っていないように思えてくる。
通訳のマリコさんは、
「全く武道家だとは思っていませんよ、振付家だと思っています」
と大笑い。
ワークショップは刀を構えての正面向かい合い、そして意識のコネクトを見せて欲しいというリクエストから始まった。
まず一人と向かい合い、その数を増やしていった。
つまり、刀の多人数がけだ。
ダンサーたちが加わり行った。
「みんなこれをやりたいのか?」
「ノー、出来ないよ!!」
では、ということで、ねじれからの逆技なのだが、それを動きではなく、意識の流れとして捉える、ということを指示した。
今日の稽古はフォーサイスがいない。
ということは静かで集中された時間を持てるということだ。
瞬く間に 2 時。
昼食を 1 時間早めた。
「腹が減ったから食事やで!」
と終わっても、みんなは終わらない。
二人で試行錯誤している。
「食事の時間がなくなるで」
ブーイングの中、食事に散会した。
私たちは遅いモーニングを食べているので、あまりお腹は減った気がしない。
パンを一個くらいで十分だ。
パンを置いてあるカフェを探し入る。
お腹の事もあるが、何しろ物価が高い。
外食をすると、 1 日 5000 円くらいの出費がある。
■ 6 月 29 日
「よっしゃー、ほんなら復習からしようか」稽古は始まった。
稽古が始まると、みんなは生き生きと「ノー」を連発する。これには驚いた。
昨年もある程度否定は浸透していたが、ここまでハッキリと口にすることは無かった。
みんなは何かを掴んだということを確信した。
また、取り組み方を掴んだということもある。
「出来る・出来ない」というレベルではなく、「自分を知る」ということ、「自分の身体を知る」という実際を掴んだのだ。
であれば、このレベルの稽古は止めよう。
「もっと身体の深い部分の線を感じよう、上っ面の筋肉の動きは駄目だよ」アンデルとシリルの二人に片腕をねじらせ、ねじれの終点である、足の足刀部からねじれを辿る、日野理論の定番だ。
しかし、それを身体外部をさほど動かさず、内部を動かすことで同じ現象が起こるのを見せた。
これには、初めて私の動きを見たときのように、呆然とし、スタジオはフリーズした。
フォーサイスは、
「もっとゆっくりやって見せて下さい」
と。
私は丁寧に内部の線を辿っていく。
みんな私の身体を食い入るように見つめ、お互いに目を見合わせあい、フリーズする。
その後大拍手!!
私の手を掴んでいたファブリーズは「足から腰、肩までエネルギーが動いてきているとき、内部もさほど分からないのだが、肩から手首に伝わるときは、内部が徐々に膨れ上がり、いきなり倒れてしまう」と感じたことを説明。
一同無言で聞く。
「よっしゃぁ、トライ!」
フォーサイスが手を掴んでくれというので、私が補助をする。
「もっと意識を使わなければ」
というと、
「これは複雑で高度すぎだ。ダンサー達には絶対に出来ない!」
とフォーサイス。
スタジオの雰囲気が違う。
自分の身体を諦めない。
「出来ない」ということで、諦める人は昨年迄いたが、今年はいない。
つまり、彼らは進化しているということだ。
「出来ない」ということを知ってしまったのだ。
だから、出来るようになってやるに繋がったのだ。
ダンサー達共通の「緩む」が、繋げていくということにとって、最大の敵だと分かってきた。
マーツもヨネもその例外ではない。
しかし、途中で胸骨から肩にかけてのエネルギーの圧縮を感じられるようになった。
目を丸くし興奮し「掴んだ!」と。
ヨネの腕を掴み、捩じれをしたときに驚いた。
カンパニーで一番関節の稼動領域が広く、いわゆるグニャグニャの動きの達人が、なんと肩関節に緊張を作り緩まないようにしているのだ!
「凄い!」
自分自身にチャレンジしているその姿には感動した。
あっという間に 3 時間がたった。
久しぶりという感じはまったくしない。
最初に感じたように、まるで日本だしまるで日本人と稽古をしているようだ。
そこの密度が以前よりも増していた。
「立ってばかりだと疲れるから座ってやろう」ねじれのバリエーションを座ってやることにした。
実は私自身の足首のダメージから、相当疲れがたまってきていたからだ。
手を自分でねじり、床に付いた手の甲を、誰かが足で踏む。
それをねじれを解放させることで、逃れるという稽古で、ねじれが胴体からの繋がりであれば、逃れることができる。
つまり、ねじれ自身の検証だ。
フォーサイスはこの稽古がことのほか気に入ったようだ。
「日野さん、このトレーニングは素晴らしい」
を連発していた。
少し疲れたので時計を見ると、すでに 6 時前だ。
5 時 30 分までの予定だったので、「終わりや!」と一声。
みんなは「エエ〜」とブーイング。
本当に稽古をしたいようだった。
「明日があるやろ、明日が」と。
全員正座「ありがとうございました!」こんなに楽しい時間を終わらせたくない、とみんなが感じているのを、肌で感じる。
彼らと 1 年ぶりに身体を動かし、私の身体も喜んでいた。
彼らの繊細な感覚が、以前にもまして繊細になっているので、私はそれ以上に繊細でなければならない。
その高度な欲求に、身体が喜んでいるのだ。
その喜びは、新たな展開を生んでいく。
ファブリーズが「毎回新しい稽古だから頭が混乱する」と。「もっと混乱させ、使えなくしてしまえ」と私。
ねじれを様々な角度から行うと、フォーサイスはより真剣なまなざしになる。
「もう一度」「もう一度」とリクエストしてくる。
ねじれを使った動きを即興的にすると、真似をしようと何度もトライしてくる。
彼のリードで動かされる。
フォーサイスが私に触れている指を少し動かすだけで、それに反応して私の全身は動き出す。
その反応がことのほか気に入っている。
その内、二人はプロレスもどきの動きに突入するのが、毎度のパターンだ。
ダンサー達はそれを見て、「またか」と。 |
■6 月 29 日土曜日
ファブリーズとヤニスのデュオのアイディアは本当に面白い。
しかし、角度を変えてみると臭い芝居を見ているようだ。
それも仕方が無い。
彼らは「西洋的ダンス」をすることに飽きてしまっているので、全く異なった事を探す。
もちろん、フォーサイスも同じだ。
その過程の中だからだ。
小さい子供の頃から、クラシックバレエをし 10 代では奨学金を得てバレエ学校に。
そしてヨーロッパの一流のカンパニーでずっと仕事をして来た、いわゆるエリート達だからだ。
そういった意味で、私の提示する武道の動き、考え方に興味を惹かれるのだろう。
一流のダンサーであるにもかかわらず、「出来ない動き」があった、ということにも興味を惹かれ、また、カウントで捉えられない動き、相手と同調してしまう動きに驚嘆せざるを得ないのだ。
そしてまた、「 body 」という概念を覆し「自分自身」という、ごく当たり前の概念を提示しているのも新鮮なのだ。
みんな一様に「頭が間違っている」を理解してきた。
身体は自分から見て一番身近な「自然物」だ。
ということすら分かっていなかったのだから。
というよりも、そうは考えることが出来ないくらい、宗教観が強いのだろう。
つまり、宗教によって思想や思考を限定されているということだ。
もちろん、宗教や民族の伝統、それぞれの意識が間違っているのではないが、「人」はおよそ 60 兆の細胞、骨格、その他精神的なものもの含めて、成り立っているという共通項を持つ自然物なのだ。
その自然物を、自然物として扱うという考え方、それが大きくいえば日本的思考であり、武道というものの思考だ。
だから、カンパニーのダンサーたちのように、国境を越えた人たち、対立関係にある人達でも「武道」の前では平等になるのだ。
そういった意味から考えると、一昨日フォーサイスが私に「日野への全てのオファーを断っている」と言っていたように、アマチュアのダンサーにとっては、難しすぎるテーマなのだろう。 ■ 2007/06/30
今日の夜は安藤洋子さんが、食事に招待してくれているので、夜は味噌汁が飲める。
食事を終えスタジオに入ると、マーツが二人で「突合」を行っていた。
それに興味があるんだ。
じゃあ、それをしよう。
相互の力のバランスがあり、それをキープしたままで、身体全体の方向を変える。
それだけで、人は倒れるというものだ。
みんながある程度出来ることを確認し、そこから展開していく。
全員集中してくると、スタジオの空気密度が変わる。
その集中に影響され、眠くなってくる。
「 5 分休憩しよう」誰かがスタジオの換気扇を回した。
重たく熱い空気が流れ気分が変わった。
「腕を繋ぐ」から、その変化に。 ギリシャから女性が見学に来ていた。
ワークショップの噂を聞いてギリシャから来たそうだ。
よければ体験させて欲しい、というので「突合」を体験させた。
「どうして?」という顔が面白い。
また、 6 時前になってしまった。
とにかく終わらない。 全員で正座をし、「ありがとうございました」は完全に定着しているので、ぞうさなく全員がする。
終わった後の方が疲れる。
ファブリーズたちの作品を面白いものにするために、動きで見せなければならないからだ。
「一寸待て、俺は 60 前だぞ」と言いたくなるような、難しい動きを要求してくる。
汗をかきながら、演出を続けた。 「思っていることが、そして、思ったことをやっていると思っていることは観客には見えないんだよ」表現の基本中の基本を話す。 ■ 2007/07/02 ( 月 ) 土曜日2
アマンシオの誕生日パーティが、彼の手作りの新築の家で行われた。
カンパニーでは、アンデルやアマンシオ、等、話しなれた人たちとの会話が多い。
パーティでは、若いリーツやフランスからわざわざ今回のワークショップだけのためにフランクフルトに来たマイとも色々と話が出来た。
マイは、バレエの学校で私に習った武道の授業を持ったそうだ。
この辺りのスピード感が外国だ。
そういえば、先日のドレスデンでのカンパニーの公演の時、前回参加したエイミーがワークショップのことを知らなくて予定を入れてしまっていたと、相当悔しがっていたし、前回のことを思い出し涙を見せていたそうだ。
マイにしろリーツにしろ、私の考え方が非常に新鮮で、全部ストレートで中に入ってきたという。
しかし、日常とのギャップで毎日戸惑っているが、完全に自分の人生は変わった、と口を揃えていってくれていた。
リーツは、ハーバード大の物理専攻の変り種だけに、前回まではやたらと言葉で答えを求めて来ていたが、今回は一言もそういう質問はしなかったし、身体に聞きながら工夫する姿が見られた。
ハイジは結婚後出産しカンパニーを辞めたので、昨年のワークショップにはいなかった。
しかし、今回はどうしても受けたいと出席していた。
彼女も自分の頭が迷走し、行動が決まらなかった自分に気付き、それを自覚することで人生が変わったと礼を言ってくれた。 丁度ハイジの 11 ヶ月の赤ちゃんを連れて来ていたので、その赤ちゃんにどうして目が行くのか、から表現ということについての話からワークショップを始めた。
それは目的が明確でそれを遂行するためだけの動きをしているからだ。
しかも、その目的は好奇心から発生している。
そして、その好奇心は本能、つまり、自分自身の生命の生存そのものからのものだ。
つまり、生命体としての働きそのものだから、エネルギーが見たさせれており、だから、そこに無意識的に興味がいき、見てしまう、という分析を話した。
興味が向くということは、そこに多様なイメージを持つことが出来るということで、そこが、全てのパフォーマンスを考える上での原点だ。
つまり、観客が多様なイメージをできるというところが大切なのだ。という話の流れだ。
レッスンは腕振りの流れを捕らえる、からはじめ、それは意識の流れだから実は意識を捉えているのだ、という高度なものを展開していった。
今回から初めて参加した、クリスやダグラスの顔にも笑みがこぼれだした。
二つの意識を同時に使う、というもので、相当難しいが実際にそれに取り組んでいる時、みんなの身体は静かになる。
もちろん頭も。 ■ 2007/07/03
「日野、来年のワークショップの日程を決めておこう」ダンサーたちが言い寄って来る。
カンパニーのダンサー達は年々進化していっている。
「昨年までは、私たちがまだ引いていたような気がするが、今年は全員が全く違う。
全員が一つに溶け合っているように感じ、みんなと稽古をしていて本当に楽しい」
とファブリーズ。
「日野のワークショップで、カンパニーが一つにまとまるのが良く分かる」とヤニス。
「明日はモロッコ料理を食べに行こう、日野は食べたことがあるか?」
「いや、全く知らないよ」
明日の夜はフォーサイスが招待してくれることになった。 12 時リハーサルが始まった。
昨日よりも動きが良い。
腰を痛めたフランチェスカを抜いたメンバーでの稽古だから難しい。
終わってからフォーサイスが
「日野さん、みんなに何か話をしてくれないか」
と言うので、フォーサイスの意図することを具体的に表現として、行うための方法を話した。
静か、時間が止まる、突然動く、これらを観客がそう見えるようにするには。
もちろん、それは言葉なので捕らえ違いも出る。
それを排除するために、作品の一つのパートをやって見せた。
アンデルとヤニス、日本の島地君のパートだ。
ヤニスの役と島地君の役をやって見せた。
一同ため息。
フォーサイスが「日野さんは、ダンシングパートナーだ、ずっと傍にいてくれ」と。
ここでも重要なことは、意識を切り替えることであって、動きを変えることではないと説明した。
もちろん、身体の動かない人は論外だが、みんなは一流のダンサーなのだから、動きの問題ではない。
その動きを作り出している意識の問題なのだと。
そこをパートを使って少し練習をした。 時間はどんどん進む。
ワークショップは今日で終わりだ。
そういった意識の切り替えも含め「正面向かい合い」を前半のレッスンにした。
しかし、始めてまもなく昼食だ。
後半、
「これで今年のワークショップは最後だから、何かリクエストはあるか?」
と聞くと、基本的な「ねじれ」をリクエストしてきた。
胴体のねじれ、肩からのねじれ、あっという間に 5 時だ。
今日は、スタジオ全体が 6 時になれば閉まってしまうので、その予定で終わらなければならない。
最後に、刀の型や、刀の実際を見せ、実はこれらは全部意識の触れ合いだと説明。
大きな拍手でワークショップは終わった。 フォーサイスがシャンペンを 2 本用意してくれていたので、それでワークショップの終了をみんなで乾杯した。
ワークショップの後半は、イタリアからも他のカンパニーのダンサーが参加していた。
モロッコレストランで、フォーサイスから
「日野さん 1 年に 1 回のワークショップは少ない、せめて 2 回来られませんか」
と嬉しい打診を受けた。
「武道のワークショップは、学びたいというものではなく、学ばなければならないものだからだ」とも。 フォーサイスカンパニーという形になり、その当初から関わっているだけに、ダンサーたちとの関係も深くなっている。
そんなことも、作品に影響しているのをフォーサイスも分かっているのだ。
お腹の皮がよじれるくらい笑わせてくれたフォーサイスとの食事。
店内に流れる音楽に合わせ、架空の物語をクラシックバレエ風の身振り手振りを交え、作り出していく。
抱腹絶倒!
このイメージ力が作品創造のキーワードだと、改めてフォーサイスの基礎能力の高さに感服した。 午後 10 時。
「明日はギリシャだ。素晴らしく美しいところだぞ」とフォーサイス。
明日のフライトの準備があるからと、みんなでレストランを後にした。
フランクフルトの温度はきっと 20 ℃を切っている。雨は日本の梅雨くらいは降っている。
明日の夕方には温度が 35 ℃以上のギリシャだ。体調を崩さなければ良いが。 |