2012 ISTANBUL

ブルーモスク

2012/6-26-

今回のバレンシアは、イスタンブール経由で行った。
前回も同じ航路だったが、今回はイスタンブールで 3 泊することに決めた。
何時も、点から点、つまり、ワークショップの会場とホテルを行ったり来たりしているだけだ。
だから、昨年から日数に余裕を持つようにした。
その一つで、イスタンブール観光をしようと思ったのだ。

西洋と東洋の接点の国トルコ。
トルコと言えばムスターファ。
あるいはウスキュダラだ。
「何のこっちゃ?」これを読んでいる人は知らないだろうけど、ムスターファは私が中学生の頃だったと思うが、故坂本九ちゃんとパラダイスキングの唄で「遠い昔のトルコの国の〜」と歌い出す「悲しき 60 歳」という題名の歌が流行っていた、と思う。
ウスキュダラは、 「ウスキュダラはるばる訪ねてみたら〜」と昭和 29 年、私が 6 歳の頃流れていた唄だ。
これも今は亡き江利チエミさんが歌っていた。
イスタンブールにあるウスキュダラの街の歌で、トルコ民謡だそうだ。別に意識はしていないが、思えば この歌がトルコとの初めての出会いになる。
メロディがオリエンタルで、他の歌謡曲とは違ったので何故か覚えている。
どうしてトルコの歌が流行っていたのかは、今から考えても全くの謎だ。
また、庄野真代さんが「飛んでイスタンブール」で一世を風靡したこともある。
トルコに関しては、そんなもんだったか??

そしてトルコに関しては、こんなこともある。
1890 年(明治 23 年) 9 月、オズマン帝国最初の親善訪日使節団を乗せた軍艦「エトワール号」が和歌山県串本の沖合で、台風により座礁し沈没した。
その知らせを聞いた大島の島民が救助に向かい 70 名弱を救出した。
大島島民の献身的な救助活動が、それからのトルコの人々の間で語り継がれており、この事件が日本とトルコの友好関係の原点だとされている。
しかし、その事は多分語り継がれていないだろうと思う。
「あなたは日本人ですか、東京ですか、大阪ですか」と、散策していると何メートルおきかで声をかけて来る若者。
その声かけのマニュアルだ。
そのマニュアルには「新婚旅行ですか」というのも入っている。
旅人をくすぐる術を心得たマニュアルだ。
そういった若者の問いかけに、必ず「和歌山です」と答えるようにした。
そうするとその反応は「あああ、ワカヤマ?」というだけで、それ以上の反応は無い。
だから語り継がれているのとは、一寸ばかし「話が違う」のだ。
まあ、それよりも、若者が私達をリベートの貰える店に連れて行く事が、重要な目的だからだろうから。

しかし、彼らは「どうして?」と驚くほど日本語が達者だ。
決して高級で専門的な勉強をしているとは思えない。
やはり、欲求と実践が一番の勉強なのだ。
その声かけで、別段実害は無いが、うっとおしいことこの上ない。
「大丈夫、ありがとう」と、強い口調でかわし続けなければならないからだ。
もしも、何か理由を付けて断ろうものなら「何で?どうして?」と食いついて来るからだ。

しかし、このたくましさは日本の若者も見習うべきだ。
駄目で元々で、どんどん声をかけてくる。
他人の話によると、日本人はハッキリと断らないから、そして押しに弱いからしつこく声をかけてくるのだという。
それは、パリやミラノ等ヨーロッパの都市にいる、スリが日本人を狙うのも同じだ。
大声を出せない、意思をハッキリさせないのが日本人だと、完全に思い込まれているのだ。
私は大声を出すから、パリやイタリアの集団スリでも、驚いて蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
大阪弁恐るべしなのだ。

そのうっとおしい客引きを除けば、相当面白く活気あふれる街だ。
私が知らないだけで、実は日本の人には相当人気がある街なのだろうと思う。
それは、どこへ行っても日本人の団体ツアーや、個人旅行の人達をよく見かけたからだ。

そもそも私はイスラム教を知らない。
知っているのは、イスラム原理主義という名やテロ、そして聖戦なる言葉で、どちらかと言えば良いイメージは持っていなかった。

今回、初めてイスタンブールに降り、色々な歴史的なモスクをたずねた。
とにかく驚いた。
教会と言えば、有名なパリのノートルダム寺院を始め、ヨーロッパに沢山あるキリスト教の教会しか知らなかった。
キリスト教の教会は、一口で言えば「威圧型」だといえるだろう。
教会が支配する為に、どうすれば民衆をひざまずかせる事が出来るか、というコンセプトで作られたとしか思えない程、権威に満ちたものだ。
だから、外から見ても仲に入っても、強烈な違和感が身体を包む。
間違っても、その場所でゆったりできる、しよう等とは思えない空間だ。

今回、初めてモスクに入った。
ただただ唖然とした。
もちろん、私はモスクを建造した思想も目的も知らない。
だから、完全に私個人が感じた事なのだが、もしかしたら、モスクの中は外なのではないか、モスクの室内は外部よりも外部を感じるのだ。
もちろん、その感覚には何の根拠も無い。
圧倒的な大きさを持つ建造物なのだが、そこに宗教特有の匂いを感じられないのだ。
ただただ居心地の良い空間が広がっているだけなのだ。
モスクの外よりも外、という不思議な感じがするのだ。まず、それに驚いた。

イスラムの礼拝は、一日に 5 度行われるそうだ。
つまり、沢山の人が常に、そこでお祈りを捧げているということだ。
その事だけで言えば、日本の高野山なども、多くの人が詣でる。
そこは聖地には程遠く、というよりも対極にあるのではないか思えるほど、宗教特有の匂いや空気感、そして人々の欲の塊の念があり、居心地がすこぶる悪い。
日本の寺院にも、凛としたものがある寺院がないではないが、イスラムのモスク程、「ややこしいものは何も無い」という場はほんとに少ない。

ブルーモスクに入ると、そんな居心地の良さが身体を包んでくれた。
時間が許すなら、何時間でもそこにいたいと感じた。
という場を体感し、私達、いや、私が知っているイスラムという認識は、完全に間違っていると感じた。

ブルーモスクの中心部は、イスラムの人達がお祈りを捧げる場だから、立ち入り禁止になっている。
しかし、どこにでも馬鹿はいる。
他宗教の聖なる場所に土足で踏み込む、こころない馬鹿がいた。
ある種、戦争とはそうしたこころない輩が起こすのだろ、とその時に感じた。
しばらくするとお祈りの時間になり、私達は退出した。
外の公園のベンチに座りお祈りを聞いて見た。
外部スピーカーからそのお祈りの声が流れる。
それがあちこちのモスクから聞こえてくる。
まるでモスク同士が掛け合いで歌っているようだ。
その節回しはどこか東洋の匂いがし節回しが絶妙で、身体が共鳴していくようだった。

 

TOP

ベネチア紀行