「型」あれこれ
学ぶー伝承するとは

似合わない

 

「型」あれこれ

歴史の中で培われてきた型に、きちんとはまっている姿は美しく力強い。
もちろん、型が美しいのではない。
型にはまった身体、型にはめようとしている意識、型の流れに秘められた本質的な感性が奏でる音楽が、そして、その型の奥の奥を見据えている意識が演者を際立たせるのだ。
そして、型の動きが見え演者は消えていく。
あるいは、イメージが見え演者は消える。
つまり、表現体そのものが舞台に出現するということである。
「型」は本当に良く出来ている。
その型にたどり着いた身体は、前頭葉を媒介としない本質的な感情が身体内部に発生する。
すると身体は、日常身体から非日常身体へと移行する。時空を超え、どの時空にも着地出来る身体へと変化する。
その身体を「表現身体」と呼ぶ。

「こんにちは」という言葉は、言葉だけで成立する。
つまり、そのことばを口から出せば、発声すればカッコウが付く。それが「型」だ。
しかし、その「こんにちは」の中身は、相手に対する気遣いや思いやり、果ては自分の現状までも込められている。
決して「こんにちは」「と言おう、と思って」ではないし、コ・ン・ニ・チ・ハ・という「発声」ではない。
ましてや、こんにちは、という発声の為の表情筋のトレーニングや、滑舌トレーニングの成果ではない。
つまり、具体的に相手という「人」がおり、その人の人生、大きく言えば「生命」に瞬時に生理反応したもの。
それが「型の奥を見据えている」である。
そして、「こんにちは」と相手に言えたとき、何とも言えない感情が身体内部に湧き上がる。
その時「こんにちは」という型は美しく響くのだ。

「序の舞」

「稽古を付けてください」といわれ舞を見た。
次元が平面だ。
時空が立体として見えない。
稽古場の空間があるだけだ。
また「歩く」という所作の中に幻が見えてこない。

しかし、勘違いしないで欲しい。
ここの話は舞の初心者の事ではない。
技術も何も無い素人なのではない。
大前提の、舞の技術は出来ている人に対してのことだ。
そこに何が抜け落ちているのか。
どうして、次元が平面に見え、時空が立体に見えないのか。
じっくりと観た時に重量がないことに気付いた。
つまり、質感を持った身体はそこにはなかったのだ。
舞としての質量もない。
あるのは「舞」をする演者の意識があるだけだ。
それは、「舞」を舞っているという意識、「舞」の持つイメージに没頭している姿だけでしかなく、「舞」そのものの身体、そして舞がそこにはなかったということである。

扇子の先を指で軽く触れ「この重さが分かるでしょう、この重さをしっかり感じてもう一度」舞にどっしりとした深みが出てきた。
そこには無い衣装に負けない舞になっていった。
扇子の先に意識が統一され、その重量が身体全体に漲った。
そのことで、演者が消え舞が浮かび上がって来た。
演者は扇子の重さから、身体の変化に気付き、古の舞の原型を垣間見ているのだ。
これが舞台での姿である。

もちろん、そもそもは扇子の先に重さを感じたのかどうかは定かではない。
しかし、舞の創始者が、身体としての何かしらの実感がなければ、扇子も舞いも存在していないのだ。
舞台は、雲の上になったり、海になったり、山や道にもなる。
つまり、足捌きから幻が見えてこなければならない。
であれば、現代のそして単純な「歩く」が舞台のそれではない。
現代の日常を無意識的に歩くという身体で、その感性でいくら摺り足(本当は摺り足ではない)をしたところで、全く舞にはならない。
足で何一つ感じることが出来ない身体なのだから。

「こんなこと誰も教えてくれませんでした」そりゃそうだ。
きっと誰もそこまで具体を身体に対して突っ込んでいないからだ。
独りよがりの思い込みを突っ込んでも、具体からは突っ込んでいないのだ。
それは、本当に奇妙なことなのだ。
なぜなら、古典の創始者は世阿弥であろうと、それ以外の誰であろうと、自分自身の「身体」で感じ、身体が感じ、その感じを頼りに、あるいは、その身体の持つ感性を頼りに、身体を駆使し作り上げたものの筈だからだ。
決して頭先行の妄想の産物なのではない。
ましてや、何一つ確かな感性の基盤を持たない、怠惰な身体から生まれるはずも無いのだ。
だから、「身体」を、そのものとして使えなければならない、その為に身体に感じるものを「感じ取ろう」と、声を大にして叫んでいるのだ。
もちろん、それは邦楽の古典に限ったことではない。
クラシック・バレエであっても、モダンでも、コンテンポラリーでも、芝居でも、武道でもだ。

日展のパーティ会場という特殊な舞台では、今回の舞台はもったいないという他はないほど、素晴らしいものだった。
花帆さんの舞や鼓の音が、時を超えているにもかかわらず、そのことが乾杯の音頭で盛り上がる会場には、余りにも不釣合いだった。
しかし、日展の理事長等、主だった人たちから絶賛されたのだから大成功だったと言えるだろう。
来年は本当の100周年だそうだ。
それを記念した舞台は、花帆さんが任されることにその場で決まった。
それが、会場での反響だったのだから。

冒頭で「動きが見えその人が消えていく。
つまり、表現そのものが舞台に出現するということである。」と書いた、この部分が舞台人にとって必要不可欠な要素だ。
この要素が基本としてあるから、「身体」である、というのである。

フォーサイスカンパニーが2006−3月来日、埼玉で公演をした。
作品の名前は忘れたが、7人くらいが舞台奥に並び、驚くほどのスローペースで舞台中ほどまで動き、また奥に戻るという舞台だ。
安藤洋子さんは、確か身長の高い男性に挟まれていたと思う。
しかし、その男性達よりも遥かに大きく見えた。
つまり、存在感が際立っていたということだ。
一つ一つの動きに、動きとしてのリアリティがあったからだ。
つまり、ここでいう「身体の質量」がまさしくそこにあったのだ。
そして、安藤洋子そのものはかすかにしか無かった。
つまり、ダンスが舞台にあったのだ。
もっといえば、安藤洋子の動きの作為がさほど見られなかった。
つまり、段取りや、一瞬の躊躇や戸惑いを追いかけている姿は見えなかったのだ。
安藤洋子という「身体」がまさしくそこにあった。
だから存在感が他の誰よりも際立っていたのだ。
だから観客の目は釘付けになった。

私はその姿に、改めて私自身の舞台の具体に対するアドバイスに間違いがないことを確信した。
リアルな身体でなければ舞台は始まらないのだということも。

 

学ぶー伝承するとは? (雑誌「秘伝」掲載分から改訂)

 

「伝統文化」というものは、いかに伝承され、そして何が伝承を妨げるのか?

日本の伝統文化といわれるものの中に、形があって形の無いものがあるそれは、身体を使って表現される、また、身体を使うことでしか表現できないジャンルのものであり、それゆえ伝承は難しい。

例えば、舞いであったり能であったり、茶といった無形文化と呼ばれるもの全てだそれ等は、師から弟子へ。
あるいは、世襲制によって受け継がれるとされている何故されている、としたのかと言えば、無形文化と呼べどもそこには形式や形が存在するので、その時代によってそれを評価する目が適切ではない場合においても、受け継がれていると誤解したり錯覚することがあるからだ。

伝統を伝承するとした時、現象としての「美」ではなく、つまり、時代の気まぐれが「美」とする普遍性のないものではなく、「美意識」という伝統的に貫かれた「ものの見方考え方・感性」に裏打ちされた「美」が、その形式や形に含まれていることを伝統というのであって、形式や形がいくら似ていても、そこに「美意識」が見えない場合は伝統を伝承したとは言えない。
そういった意味において、京舞の井上流の宗家が昨年、現井上八千代から次の井上八千代へと受け渡されたが、そこに格式の高い京舞の終焉が見えた。
それは、「目利き」といわれる観客がいなくなった事から、検証の術が失われてしまった事に原因がある。

つまり、表現の質とは、観客と演者との相互関係が作り出す相互芸術なのだから、どちらか一方の質が低下した時、それは相互に低下してしまうという微妙なものだからだ。
しかし、現代ではれっきとした家元制度が確立されているので、質の低下の問題は水面下に押しやられ、脈々と形式と形だけは残されていく。
そして、時代が新たな天才を生み出した時、その質は以前の高みへと昇華される。
それが、日本の文化を担っている伝承者の歴史だ。

したがって、ここで引き合いに出した井上流の質の低下も、今後時代の生みだす天才が修正してくれるので、現時点だけを切り取って「駄目だ」と言い切ることは出来ないのだが。
しかし、この中には同じように現時代が作りだした、「伝承できない原因」も含まれている。それが教育だ。
「問題を見つけ出すことが出来ない」「与えられた価値しか受け入れることが出来ない」「好奇心が多岐に渡らない」「指示されなければ出来ない」「単純因果関係でしか問題を見れない」他、つまり、全ては「自分自身に問題があり、その問題を探り出す」という、人であれば当然行うであろう作業が欠落したまま年を重ねる、という人間を作りだした教育だ。

その結果が、いたずらに合理的という言葉に振り回されている今日の日本の現状だ。

先に挙げた教育から生まれた我々は、「人間とは・自分とは」という深奥な哲学をひも解く事を省き、つまり、自分という実体を掴まないまま、科学が生み出した「便利」を享受し、結果、便利の根源を自身の血と汗で獲得するという作業を失い、時代に情報に振り回されるだけの虚弱な消費ロボットに作り上げられたという事だ。
その事は、先の伝統文化を伝承できない、というところに繋がるのだが、それは、「何も自分自身の力で習えない・学べない」という、極々身近な出来事なのだ。
私の教室に来る多くの人を見ていても、他の教室や道場を見ていても、その生物としての脆弱さをヒシヒシと感じる。

ここで、一つ例を出し、それはどういった結果を導くのかを紹介しよう。
この例は、一つの例ではあるが、一つの象徴でもある。

故塩田宗家の養神館で、宗家御存命の頃公開稽古というのが行われていた。
私が見学させてもらいに行ったのは、もう二十年ほど前になるかもしれない。
雑誌の名前もどんなページだったかも忘れてしまったが、故塩田宗家の「美しい(意識に不純物が無い)」としか言い様のない笑顔と姿が目に焼き付いてしまった事があり、それから塩田宗家の姿に注意するようになった。
ページの中に、その公開練習のことを知らせる記事があったので、実際にはどれほど美しいのかを見たくて東京へ行った。
門弟の方に道場に案内された時、すでに見学の方達がイスに座っていた。
黒帯の人達が二十数人だったか、もう少し多かったかは憶えていないが、かなり体格の良い人が多かったのに驚いた。
その人達は、合気道をする前は柔道(競技)か空手(競技)をやっていたのではないかと推測していた。
理由は、歩き方がガニ股で、どちらかと言えば武骨、悪く言えば「歩く」という事に全く頓着していない、注意が向いている様子はなかったからだ。
もっと言えば、「自分は、武術をしている」という事すら頭に無いのではないか、という風だった。
なぜ()で競技と結んだかといえば、競技であるなら、リングもしくは競技をする場で相手と対面するまでは、競技は始まっていないので周りや相手に気を許していても問題はないからだ。

しかし、武術であるならば、それとは逆に二十四時間気を許すという瞬間があってはいけない、という大前提を稽古として、また、自分自身の躾けとしてあるので、わざわざ()結びをしたのだ。
全員が正座する中、塩田宗家が何気なく入ってこられた。
私は、門弟の方達とは余りにも違うその姿の美しさに驚いたと同時に、その塩田宗家の美しい姿を門弟の方達には見えていないのだろうか、そして、では一体塩田宗家の「何を見ているのだろう・何を学ぼうとしているのだろう」と疑問に思ったものだ。

ここでいう「美しい」とは、身体全体に武術としてのこころ配りが出来ている、という事であって、ファッション的で一般大衆のいう気まぐれの美しいを指すのではない。
稽古が始まり、色々な基本技を宗家が見せ、門弟の方達がそれをする、という形式で一時間余りの公開稽古がすんだ。
塩田宗家は、その稽古の中で「歩く姿が武でなくちゃ駄目です」とおっしゃったと記憶する。

後日、塩田宗家のビデオを買って見た時も同じことをおっしゃっていた。
つまり、塩田宗家にとって「歩く姿は武である」という言葉は、御自身の「術」におけるあらゆる体験・経験の中で集約された言葉であり象徴だと言う事に尽きるという事だ。

つまり、「歩く姿」の中に、塩田宗家の「術」の全ての要素が詰まっているという事であり、塩田宗家に学ぶとは、その集約された、そして象徴としての「歩く姿」から、要素を紡ぎだすことにほかならない。
であるならば、何故、門弟の方達は尊敬する宗家の「歩く姿」を真似なかったのだろうか?ここに、「習い事」の難しさ、つまり、習える人と習えない人がいる、という事が見えてくるのだ。

こと日本の習い事には、素晴らしい言葉が残っている。
それは「看取り稽古」という言葉だし、一般的には「見習い」という言葉として残っているものだ。
何故、それをしないのか?
少なくとも、身体を駆使し行う「術」には、その身体が表現している「運動」そのものが構造的要素で出来ているのであって、手本と同じ運動、同じ姿でなければ、その構造的要素が含まれることはないのは火を見るよりも明らかだ。
分かり易く言えば、街に並ぶ家の形と同じだ。
形が同じだということは、柱の数や梁、壁などの構造物は同じなのか似通ったもので作られている。
だから、強度が同じ様になるのであって、家の形が変わってしまえば、構造物も変わってしまう。
というところから、「姿」や「運動」を捉えなければ、似て非なるものにもならない結果に陥るのだ。
ましてや、当時身長百五十センチ、体重四十五キロと、女性並の小柄な塩田宗家が繰り広げる「術」を捉えられる筈もない。

つまり、非力であるがゆえに精度を極限まで高めたであろう身体感覚から生まれている「術」の真髄を捉えることは出来ないという事だ。

ここで「術」を誤解しないように。
つまり、「術」とは復元性のあるものという事だ。
そして、現象としての結果が似ているといっても、常に身体運動の過程が同じではないのなら、それは「術」ではない。
過程が手本と同じになった時、結果としての現象は全く違っても、それは「術」なのだ。
つまり、ここで言う塩田宗家や現代に生きる達人、武神館の初見宗家が織りなす「術」、そして、その現象としての結果。
その結果が似ているといっても、その結果に至る身体運動の中身が異なれば、似て非なるものであって、全く違うものである事を認識しておかなければならない。

初見宗家は「日野さん、頭の良い人間は駄目だね、自分で考えちゃうから。
だから、辞めていく人は自分から破門してるんだよ、私は今迄誰一人として辞めさせたことはないよ、皆自分で考えて辞めていくんだよ」とおっしゃる。
この言葉は、正しく物事を学ぶ、習う、という事はどういうことか、という事を端的に語られている言葉だ。
「自分で考えちゃうから」、つまり、自分自身の思考レベルで、そして、思考方法で「対象のものを解釈」してしまう、という事と、その自分自身の思考レベルや方法を何の根拠も無しに、つまり、自分自身を正しいとする客観的検証なもなしに、正しいと思い込んでいるという結果が生みだすものを言う。
しかし、徹底的に「考える必要はある」。

つまり、対象のものを解釈するのではなく、逆に「対象のものと比べて、自分自身の何が出来ていないのか・何が不足しているのか・何が違うのか」を客観的に、つまり、自分自身を対象化して、対象のものと照らし合わせ考える必要があるという構造が、この言葉「自分で考えちゃうから」に含まれているのだ。

もちろん、ここでは対象のものを構造として捉える力は絶対必要条件だ。
大多数の人は、ここの「考える」というところを完全に誤解し、先程提示した自分自身を正しいとする根拠の無い自分が「対象のものを解釈(自分で考える)」するという、誤った単純作業しかしないから、目的の技術や目的そのものに届くことなく一生を終えるという結果になるのだ。

「何を見ているのか」それは、「術」としての結果を見ているのであって、何故その術が生まれたのか、運動の起こりは?運動線は?力の配分は?視線は?意識は?条件は?雰囲気は?どの相手にも同じようにしたのか?等々、本当に見なければいけないところを何も見ていない、という事だ。
つまり、投げ技だったとしたら、投げられたという結果としての「現象」を見ているだけなのだ。
そして、その現象を自分にとって一番強い「印象」として頭に留め、その現象を「自分が考えて」結果に当てはめようと必死になっている、という事だ。
そして、「見る」というのは、家の中でテレビを見ているように見ているだけだ。

つまり、自分自身という実体とは何の関わりもなく眺めており、画面で起こる現象に一喜一憂させられている事を、一般的に「見る」という言葉を使って表現しているのであって、科学者が物事を観察するように見ているのではない、つまり、一般的にいう「見る」は何も見ていない、見えていないのだ。

したがって、誰からも何も習わない、という自分自身、何も習えない、という自分自身が、その自分自身を許しているがゆえに、日常時間の連続でより強固に形成されていく、という自分自身が出来上がっていくということだ。

しかし、不思議なことに人々は黙々と練習の様なことを繰り返す。
そこで、振り返ってみればよい、自分の時間を。
そして、「何が出来ているのか」を問うて見ればよい。
自分という実体に、新たな服を何枚も重ねたに過ぎない自分が見つかれば正解だが、大方の場合、服を重ねているという実感も湧かないだろう。
それは仕方のないことでもある。
「何かを見習う」という事は、自分自身を掘り下げる為の、また、自分自身を認識するための道具に挑戦しているという事にほかならない、という事すら知らないのだから。
こういった実状は、先程も触れた戦後教育の成果だ。
故に、日本の文化を伝承する、という高度な知性と感性を要求されるものは姿を消さざるを得ないのだ。

といった現実から一歩でも抜け出ようとする諸君がいたなら一言アドバイスしよう。
理科の実験のように物事を観察する目を養おう、そして、客観的な目を養おう、その目で自分自身を見つめてみよう。
たったそれだけの事でよい、それが身についた時、初めて「自立」という言葉を自分の言葉として持つことを、自分が許そう。
これを実現する為には、早くとも十年以上の歳月は掛かる。
しかし、それは自分自身が自分自身の実力を向上させるのに費やす時間だから、決して省いてはいけない。

それは、紛れもなく自分自身だけの問題なのだから。

 

「似合わない」

昨年の秋から暮れにかけ、舞台を沢山見た。
特に芝居を沢山見た。
そこで気付いたことがある。
一つは脚本の大切さ、筋書きの大切さ、台詞の大切さ、そして、舞台転換の大切さだ。
芝居は台詞一つで次元を変えることが出来る。
つまり、いきなり時代をさかのぼったり、逆に未来へいったり、違う場所に行ったり、あるいは、それらを同時進行的に進めることも容易い。
それは、台詞という武器を持っているからである。

どうして、そんなことを考えたかといえば、それらをダンスという台詞のない世界で表現するにはどうすればよいか、を考え続けているからだ。
昨年夏、たまたまアテネで、ベルギーのロイヤルバレエ団がウイリアム・フォーサイスの 20 年前の作品を公演にかけていた。
それに招待され、フォーサイス・カンパニーの面々と観た。
その作品は、平面の舞台で次元の異なる世界を表現していた。
それは、 70 年代に行われていた色々な芸術的実験があったが、その一つの作り方と似ていた。
もちろん、その作品の良否の問題ではない。
そんな次元の組み合わせが出来ないか、という視点である。

しかし、よくよく舞台を見ていると、奇妙な違和感を感じた。
それは台詞が似合っていないことだ。
台詞が、それを喋る役者とは完全に遊離している。
観た舞台の中にはゴーリキや、脚本家の書き下ろしの作品もあった。

特に、権力や国家などに対している反発の物語の台詞は、日本の役者では無理なのではと思ってしまう。
役者自身にそういった反骨精神がないからだ。
あるいは、個人的に生活や社会に矛盾を感じていないからだ。
そうなると、台詞そのものが嘘に聞こえてくる。
というより、台詞そのものとしてしか聞こえない。
つまり、その役者である必要も、必然も見えてこないということだ。
当然その役者が、役者である必然も見えて来ない。
「この台詞は私には喋れない」と思える感性が育っていない、ということに気付いていないのだから。

「台詞が似合わない」のだ。

昨年知り合った、モルトバの有名な俳優兼演出家のペトルさんは、日本のある劇団に頼まれ演出をした。
何でも、役とキャスティングが全く合っていないので、それを変更しなければならなく、演出以外のことで時間を取られてしまった、と嘆いていた。
それを聞いた時、あまりピンと来なかったが、実際にその舞台も観、他の舞台も観たおかげでその意味が理解できた。
好きだから芝居をする、今の若い日本人と、芝居でなければ社会に対する言葉も、自分自身の内面も表現できない、だから芝居をするという諸外国の人とは比べようも無い。

これは、私自身が無意識的に台詞と役者を分離させ観ていたということに気付いたからだ。
当然、筋書きや脚本も舞台上にあるもの全てを、分離させていたのだ。
脚本の大切さ、というのは、数年前野田秀樹さんとお酒を飲むようになって気付いた。
その時の野田作品から、脚本の大切さが観えたのだ。
そこに脚本がなければ、この役者達は役者ではなかった。
つまり、その舞台からは脚本ばかりが見えてきて、全く役者は見えてこなかったのだ。
Aという役者でもBでもCでも誰でも良いのでは、と思ったということだ。
どうせなら、上手い下手ではなく、人気のある看板を入れよう、という具合で成立するしてしまうということだ。

同じように「動きが似合わない」という言い方も出来る。
もちろん、ダンスの場合である。

動きと、動かす人の自意識に落差がある時、それは似合わないと感じる。
動きが自分のものになっていない時、それを感じる。
動きの段取りを追いかけているだけの時に、それを感じる。
それは、背骨がこそば痒い感じだ。
何とも居心地が悪くなる。
つまり、動きがそれを動く人にとって、何の必然性も無いと感じる場合「動きが似合わない」になるのだろう。

大阪に拠点を置くダンスボックス。
ここの団体は、コンテンポラリーダンスの普及に努めて 10 年になる。
主宰者の大谷さんとは、古い付き合いだ。
70 年代世代で、故阿部薫との北海道ツアーの時、彼の所属していた団体とひと悶着あったので、二人ともよく覚えていたのだ。
というのを知ったのは、数年前横浜でのワークショップの宣伝の為に、知人を介して紹介してもらった時に発覚したことだ。

そのダンスボックスの紹介で、現在のコンテンポラリーダンスの現状を知るために、一度観ておいたらと薦められ 4 組のグループの出る公演を観た。先日あるダンス公演で、グループや個人の舞台を観にいき、日本人ダンサー達の余りの幼稚さに幻滅したと書いた(「さるさる日記」)。それがこれだ。

その幼稚でも良い、という傾向はここ 3 〜 5 年くらいの傾向らしい。
ダンスなのかコントなのか、お芝居なのか、パントマイムなのか、何が何だか分からない。
もちろん、それらが明確に分類されている必要もない。
そこに「力」があれば、そして、何を見せたいのか、が火山のマグマの如く沸々と噴出していれば、そういったことは全く問われない。しかし、それが全く無く「客に受けるためのわたし」しかない舞台、しかも、丸っきり素人芸。
いや、ど下手ときているのだから、一体何を考えて舞台に立てているのかサッパリ分からない。

中学生や高校低学年であれば、クラスで受けたからという理由で、何も考えずに舞台でやってみよう、というくらいの能天気さで許される。
許されて舞台に上がった時、赤っ恥をかき、これじゃ駄目だとショックを受け、止めるか逆に発奮し芸を磨く。
しかし、この舞台に上がっている人たちに高校生はいない。
「客に受けるためのわたし」とした時、一体この連中の頭の中にある「客」とは、どんな人たちをイメージしているのか。
きっと、自分と同じ質の人ばかりだと思っているのだろう。
しかし、もしもそういう質問をすれば、「それぞれの楽しみ方をして頂けたら嬉しいです」と答えるだろう。
どうして、そのつたない動きを人は楽しめると思えるのか。
また、信じられるのか。
ソロで学芸会をやっていた青年は 27 歳だと言っていた。
「自己満にならないように検証して」と、良い言葉を持っていた。
「どういう風に検証しているの」と聞くと「客の反応を見て」と答えた。
優等生の答えだ。
素晴らしい。
客の反応をどう見るのか、見る力はあるのか、もしあるのであれば、すでにその作品は表に出さない筈だ。
余りにも恥ずかしいものだからだ。

ここで、気付いたことは、とにかく役者達にしてもダンサー達にしても、言葉が饒舌なのだ。
であれば、芝居もダンスもせずに話せばいいのだ。
芝居やダンスよりも、はるかに優れた言葉を持っている。
どうして、その言葉の如くダンスに昇華させないのか、という具合に感じない感性しかないのだ。
つまり、自分自身の発している言葉と、自分自身の表現していることに驚くほどの落差があるのに気付いていないのだ。
そこが一番大きな問題だ。

「もう、こんな下らないものを撒き散らすのはやめよう」
昨日今日、ダンスを習った人でも出来るダンスってダンサーなのか。
人がお金を払って観る価値などあるのか。
卓越した何か。
それを持っているからこそ、客はそれを楽しめるのであって、日常の延長にあるような身体や動きなど、何一つ魅力が無い、ということを思い知らなければ、何も始まらない。
非日常的人間が見えなければ、舞台である必要など微塵もない。

先日対談した、平直行さんがいい言葉を言っていた。
「客は非日常をリングの上に観たいのです。いわば合法的喧嘩をそこで見せられてこそプロだと思うのです」
同じではないか。

 

シルビーギエム・文楽  NDTを観て

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