セクション1

「一人が、木刀を持ち、もう一人が木刀を持った人の正面に立つ」の時、瞬きが多いと言われ、「目線があった者同士で入れ替わる」の時には瞬きがへったと驚かれた。後に「何故減ったと思う」と聞かれ、私は「何かしようとしているから」と答えた。
その時、わたしは何かしようとしている時に瞬きが減ったということは、瞬きが多かったのは「何もしようとしていないから」ではないかと思った。先生がよく、場に居る居ないとよく言っているが、瞬きが多きというのは、私がその場に居てないという事なのではないかと思った。

20代 男性 公務員 3回参加


とろける角煮料亭風、冷製あんかけごま茶碗蒸し、色々青菜のおしたしカツオ風味、季節の野菜サラダ、タケノコ・ゼンマイの炊き込みご飯、豆腐・ネギのおみそ汁、自家製ぬか漬け

セクション2

自分の腕を握りしめる五本の指の感触。これだけに集中して相手についていく。相手の体の動きに合わせて体を動かすのではない。腕にある相手の指の感触圧だけに「集中」して、身体ごと動く。前回の「武禅」では判らなかった。今回セクション1でやった「集中」集中すると意識は対象だけになる。そのことも頭にあったからかもしれない。途中先生に手本を見せて頂いた中で、「腕だけが圧を感じてるんとちゃうで、腕は全体の象徴や」という言葉があった。その「象徴」という語を僕は「代表(身体全体の代表)」という語に置き換えた。そして稽古をしてみると、以前と全く違う感覚だった。圧を感じる部分の自然さが全く違う。相手の目、顔はしっかり見ているのだけれども、意識は腕のその部分に「集中」している。だからそれ以外のことを考えなかった。
それから腕の圧に「集中」していた為に、また身体全体の「代表」として腕の圧を聴いていた為に、身体全体の力のバランスがとれていた。全体が一緒に動き、一部分だけに余計な力が入ることがなかった。また「集中」を別の観点から稽古する方法でもあると思った。

20代 男性 公務員 2回参加

セクション3

「声を届ける」今もまだ出来ていないが、声を届けることがこれ程までに難しいことに気付かされた。最初は分からなかったが、最後の方は、今までは口を動かしただけ、独り言でしかなかったように思える。もちろん、今もそうなのだが、このセクションはかなりのショックを受けた。
パフォーマンスに影響しているのは間違いないであろう。いかに、自分の体が使えてないか、相手の声を届けられてないかがハッキリ見えてきたので、この点はこれからの僕の課題になった。ビデオで見た自分の姿最悪だった。相手も気持ちいいはずがない。

20代 男性 アスリート 初参加

セクション4

目の前に相手がいるのに、自分一人だけで立っている。そこにいる相手よりも「自分が何をするのか」が大事になってしまっている。話しかけやすい人(親密だからではなく)は、自分一人で立っていないのだろう。出会った瞬間を大切にする。その瞬間がゼロで、先入観、意図じゃその時に挟まない。自分の意志が先に強くあると、相手が入り込む余地はない。それが我が強いということ。どうしたら、相手に向かい合えるのか、自分でゴチャゴチャ考えなくなるのか。
接客でもすごく端正で流暢に話してくれているのに、この人は自分を人として相手してくれてない、と思う時がある。自分の入り込む余地がない、モノになってしまった気がする。そんな時は、向かい合いされていないのだろう。接客が上手いなあと思う人は、決して押しつけがましくない。主張していない。ニュートラルにただそこに立っている。そのことで、自分が言うことを聞いてくれそうだなあと思える。そういう人に客が言う文句不満は、相手に聞いてもらう為の「苦情」になる。そうでない場合、こいつに言っても無駄だと思うから感情を込め、相手にぶつけ、押しつける文句になる。
我の強さが非常にネックになっている。すぐに分かりやすいリアクションをしてしまうこともその現れ。「我が強い」と「リアクションが分かりやすい」は同じ事で、相手が見て「こいつに話したくない」とは思えなくなる姿勢だ。下を向くのでなく、主張するのでもない姿勢。そのようにニュートラルになる。

20代 男性 公務員 2回参加

セクション5

「声を届かせる」訓練では、昼食のフルーツを食べ過ぎたこともあって、やや集中しにくい状態だった。ただ、その状態で集中しようとした時に、「よし、アレをコウしてコウしなければと、頭が準備を始める。自意識が直ぐにせり上がってきて、相手を見なくなる。「よし、向かい合えた」と思ってしまった瞬間に向かえあえなくなるから、集中とは「思う」「考える」という状態ではない。
まずやる、ということ。胸骨トレーニングにしても、やりたいことにしても、正面向かい合いにしても言い訳が多すぎる。「相対していて、自然と心を開きたくなる」人と、そうでない人との違いも正面向かい合いだ。顔を見ただけで向かい合う合わないが分かる。「武禅」の雰囲気も自然とこころを開きたくなる。ニュートラルを志向するように出来ている。前者、ニュートラルへ行きたい。

20代 男性 公務員 2回参加

自分の思っている「自分」と、人から見えている「自分」は全く違います。
自分の「〜つもり」は誰にも届かないし、通用しません。
しかし、社会では人はそれを口に出して教えてもくれません。
それを知らなければ、人を誤解したまま、そして自分を誤解したまま人生を過ごす事になるのです。
また、「〜つもり」のあなたを誰も分かってくれないのですよ。

「武禅」はその誤解を分かる場であり、そこから新たな自分への一歩を踏み出す場です。

セクション1 真剣向かい合いー視線を合わせていますか?
セクション2 からだにこころでふれるー人に触れている?
セクション3 こころに響かせるーそれはひとりごとでは?
セクション4 からだを意識するーだれのからだ?
セクション5 気持ちが相手に伝わる

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