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セクション3
二人に話をする。話を聞く。聞く側は自分の経験してきたものと比較して違いを聞いていく。ただ受け身でいるのではなく、聞きたいものを準備してそれを引き出す。引き出すように質問していく。
先生がIさんに「向かい合いが前より良くなったのは何故か?」と聞かれた。「竹刀を構えている相手の前に立って、ボウーっとしていられない、それに対して行動したから」
この具体的な事が言葉として私はなかった。そして「とおりゃんせ」に当てはめたならば、となった時、「ここはどこの〜、と聞いているのだから、てんじん〜と答える」と答えた。その前に、話を聞く稽古で、自分がどうしたいのかを準備して、そう引き出す、という話を聞いたばかりだったのに。
「てんじん〜」と自分は言いたいのだから、その為に「ここはどこの〜」を言わせなければ。
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豚肉の冷シャブ野菜の盛り合わせ、高野豆腐・ニンジン・椎茸の含め煮、カボチャ・なす・いんげん・ピーマンの揚げ浸し、山芋の冷やし豆腐、ワカメとネギのみそ汁 |
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セクション1
二人からの攻めでは考えているヒマなど無く、絶えずどちらか一人に入れるスキを探していた。が、攻めなしに向かい合うと「相手を見なければ」と考えてしまっていた。攻めの稽古をしている時には、まだましなものだったと言われたが、その事を忘れ「見よう・向かい合おう」と「考えて」しまった。
自分自身が「何をやっているのか」そこが抜けていた。
セクション1
自分の使う言葉が自分に影響してしまうと言うことを、I君との稽古の中で実感した。
少し良くなっても、その良くなったことを「考えないようにした」「見ようと」した等と解釈して相手に言うとと、次に相手は「考えないように・見ようと」をしてしまうので、良くなったのが壊れていく。
自分に対してもいかにあいまいで、いい加減な言葉を無自覚で使っているかを知った。
もっと、自分の使っている言葉を疑って、明確にしていきたい。
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セクション4
稽古の目的と手段がすり替わってしまう。
「こんにちは」でピタッと相手に視線を合わせることが出来ないから、出来るようにする為にお互いスキがあったら突くという稽古を始めたはずなのに、いつの間にかそれが目的になってしまって、視線がまっすぐになっているのに、あーだこーだと言って続けていた。折角出来るようになったことを潰そうとしていた。
一つのことをアドバイスして出来ても、全く他のことを言ってそれを潰してしまう。
相手のレベルを全く考えずに勝手に完成形と比べ、それを相手に求めていた。何も具体的な取り組みをして来なかった。何故出来ないのか?どうすれば出来るのか?をしてこなかった。一つ一つ出来ていくようにしなければ、完成形と比べ、思ったことをいっているだけでは何も変わらない。
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セクション4
三人での共通目的を決める事、確かめ合う事に全く気付きもしなかった。何より始めに感じたこと、そのままにしてしまった。「この稽古の目的は何か」その目的を実現する為に手段を使う。実際にやっていると、その目的を全く忘れて手段に一生懸命になり、手段が出来ていないことを口に出し、脱線させていた私。私が混乱させている。先生に言われて「あーそうか」となるのに、先生がおっしゃっているように一分もしない内に忘れる。本当に忘れた。忘れて、またそこに出たことに集中している。自分に泣きそうだった。「具体的に」と普段何気なく人に使っているのに、それが自分のことになると出てこない。考えられない。具体が分かっていない。その言葉の意味さえ知らない。帰ったら調べる。いい加減だ。本当にいい加減だ。 |

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セクション5
武禅で稽古して教えていただいた、「始めの目的を忘れ外れていってしまう」という事は、私の日常の生活で当たり前におこっていました。自分が、生活のなかで行っていることで自覚が無いまま目的を忘れて外れた行動になってしまっている。「私、何をしていたんだっけ」と思う事があります。目的に対してどうすればよいのかがはっきりしていなくて、「こうしよう」と決めてもその過程で違う事になってしまう。
これは自分の行動で、はっきり思い当たる事が一つあって書いています。私の行動ほとんどがそうだろうと思うけれど、まず思い当たった事をはっきりさせる事にします。
でないと、またぼやけてしまいそうです。 忘れる、聞いた事がぼやける、行った事がぼやけるといった事が、本当に多い。
はっきりさせる前に、他の事にも当てはめた気になって、さも考えたようになって「私って本当にわすれるな」と気が付いた気になって流れてしまう。書いていて、恥ずかしい。「その気になっている人」は、私だった。
今まで、武禅に何度も参加して何度も先生に同じ事を稽古の中で言われる言葉を聞いて、「言葉」を知ってそのままでした。
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自分の思っている「自分」と、人から見えている「自分」は全く違います。
自分の「〜つもり」は誰にも届かないし、通用しません。
しかし、社会では人はそれを口に出して教えてもくれません。
それを知らなければ、人を誤解したまま、そして自分を誤解したまま人生を過ごす事になるのです。
また、「〜つもり」のあなたを誰も分かってくれないのですよ。
「武禅」はその誤解を知る場であり、そこから新たな自分への一歩を踏み出す場です。
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「達人入門2」より【浸透する突き】
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セクション1 真剣向かい合いー
まっすぐ見つめていますか?
セクション2 からだにこころでふれるー
あなたの手は気持ちに触れているのですよ
セクション3 こころに響かせるー
相手に真剣に話していますか?
セクション4 からだを意識するー
自分の身体だから、より自由を与えましょう
セクション5 気持ちが相手に伝わる
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