セクション1
今、正面向かい合いの時の判断の基準としている、胸の前にぼんやりあるセンサーよりも、目で見て判断することの方が確かな気がしてしまって、そちらに頼ってしまう。(普段、目をセンサーとして使いすぎているのだと思った)でも、実際には目を使った時の方が白黒をはっきり判断が出来ない。自分の状態も相手の状態も一枚壁を通して知り、反応も遅くなった。自分のまわりに熱いスポンジがあるようだ。
真剣向かい合いとの時は、相手と向き合っていないということが、その次の中心線合わせで少し感じ取れたと思いました。相手と向き合っていないというよりも、向き合う精神状態でなかったのでは、と今まだ考えている状態です。向き合って来る相手に対して逃げていて、そんな状態ではコミュニケーションがとれる訳もない。
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セクション3
今日初めて、相手に何かが伝わった問い感じがします。客観的にものを考えるのではなく、相手に何かを伝えようとするフリをしているのはなく、セクション1でおこなったじゃんけんの時のように、ほぼ反射的に相手に気を向けて飛ばすことを学びました。たとえ、相手が自分の目の前にいても、どんなに声を荒げても、またどんなに頭の中で工夫してみても「相手」という対象が見えないと、独りよがりになってしまうんだと実感しました。グループで早口言葉をまくし立てた時の素直な感情のぶつけ合いが、私には何より心地良かったです。みんなとこころを通じ合えた気がしました。
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グループで声を出し合っていると、自分の声が相手に作用していないのがよく見える。くやしい!個人的に「武禅」に来る前から知り合いだったMさんの、知らなかった一面を見た。一緒に踊ったこともあったのにだ。
でも、これだけのエネルギーでお互いに接したことはなかった。遠慮があったり、お互いの弱さがあったり。彼女がその一面を見せてくれたことはとても嬉しいことだった。
日常で波風がたたずに過ごしているなんて嘘っぱちなんだ。疑問に思ったこと、ひっかかったこと、絶対になかったことにしないようにしたい。
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豚バラ肉の焼酎味噌煮込み・大根のエビくずあん・水菜のサラダ・里芋とほうれん草の白和え・みそ汁・自家製漬け物
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大人数のグループで早口言葉をやっていると、これまで何となく距離のあった人達とも、大声で伝えあっていく内に垣根がどんどん取り払われていった。日常の中では、こんなに腹の底から大声で伝え合う事は中々ないのだが、本気でぶつかり合えるということが、こんなに気持ちよいものだとは!早口言葉が自分の伝えたい言葉に置き換わっていることを想像すると、それだけでも感動する。ここで体験したぶつかり合いを、自分の人生の中に何とかして持ち帰りたい!
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日常は、何かにとらわれて声を出すことや、相手に伝えることを恐れているのかな、と思います。逆にここまで伝えたい!と願わず思いを込めてないから、しっかり相手に届かないのでしょうか?皆が熱くなって、懸命に伝えようとするのを見ているのは、とても気持ちが良く、自分ももっともっと!という力をいただけます。しかし、自分がなりふり構わず、顔を真っ赤に、首に青筋をたてて大声を出せる人なんだな、という発見もしました。こころが自由になり、とても気持ちがよいことなんですね、声を相手に懸命に届けようとすることは。身体はホカホカです!
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思った通り、すぐのどが痛くなった。ただ言っているだけだとのどを潰すと思った。前回同様、色々な人と言い合っている内にのどの痛みが最終的にはなくなった。グループで言い合っている内に楽に言えるようになってき、でも、それは一人ではいくらやっても出来ないことだから、一緒に稽古してくれる人達は貴重だと思いました。相手がいることで、自分が変われる可能性が出てくるのですね。自分に向かい合ってくれる人は、本当に大切な人だと思いました。
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最初は、目が見れず、目を見よう見ようとする事のみで、一生懸命になっていて、全然相手に言葉が通じませんでした。それどころか、相手のかけてくる言葉に対して何がどう私自身に届かされてきているのかさえ、全く分からずじまいで、どうでしたか?と質問されても答えることが出来ませんでした。その後、4人組8人組とグループが変わり、自分が恥ずかしがっていることに気付きました。厳密に言えば、最初から気付きはしていたのかも知れません。ただ、認めたくなかった様に思えます。また、普段から、そんな風に魂を込めて誰かに訴えることから逃げている事を痛感させられました。また、集中力の欠如にも気付き、集中力の大切さを胆に命じていかなければと思います。
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4日間煮込みタマネギの甘みを引き出した特製カレー・仕上げにさっと痛めたタマネギを加え、その食感を出しています。 |
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