人の目をちゃんと見ることは気持ちの良いことだと初めて知った。私は今まで怖い人や嫌いな人の目は見ないようにしてきたな、と思いました。
日常に帰り、嫌いな人や怖い人の目をちゃんと見て暮らそうと思います。それが気持ちの良いことなので、そうクセ付けていきます。仕事場の人間関係にストレスを感じるので、目を見るということをまずして見ます。
どうしてこんなに自分をだせないのだろう。いつも良い子でいてロボットのようにはもう動きたくない!!もっと出したい!もっと動きたい!もっと感じたままに体を動かせるようになりたい!もっと相手とつながって生きたい!
頭だけで自分を動かす生き方はもう嫌です。五感を取り戻したいと思います。死んだような感覚から抜け出して、自分の人生を生きたいです。
声の大小は関係ないのかもしれないが、人に声を届けるということがいかに難しいことで、日頃いかに適当に話していたのかをすごく感じた。
勝手にボソボソと話をする学校の先生が嫌いだったけど、教壇に立つ私はきっとそんな先生達と同じなのだろう。本当に恥ずかしい。
「出来なければいけない」と思うことから、少し離れられました。どんな自分であるかを知ることが大事なのであって、本当に、出来る出来ないの問題ではないということを実感しました。
こう書いていると、自分が変われば世界は変わると先生がおっしゃった意味が納得できます。
思っていたより鈍感すぎて、ここまでよく生きてこられたなぁと、改めて思いました。親に何でも守られて生きてこれただけで、自分の感覚で生きてこなかったんだということも痛感させられました。
恐ろしいことに、こんな鈍感な私にも子供はいます。子供には良い環境を!と思ってきたのですが、自分がこんなにドンでは、子供も感じられるようになるのか、と不安になってきました。
相手を動かすときも、大事にしっかり肩を持って動かさないといけないように、人に対して日常でもそうしなければ不快になるようなことを平気でやっているんだろうと思いました。