正面向かい会いで思い知らされたのは、いかに自分の脳と体が分離しているかでした。
向かい合うはずが、見詰め合う。睨んでしまう。目を見開くことで、無駄に目にエネルギーをためようとしている。
そんなことをしても一人ピエロになっているだけなのに。
目ではなく、自分自身を取り巻く空気まで相手にぶつけたいと思うのと比例して、どんどん姿勢が前のめりになり、相手への力が弱まってしまう。
地に足つけて!胸を開け!顔は上げて首を引け!!って、脳は言って体はそれに反応する。相手をそっちのけにしているのに気付かずに。結局頭に振り回されて、自分の番が終わる。
木刀を持てば相手が遠いのが良く分かる。けど、それにもまして、構えている自分の方の意思の弱さにも気付かされる。
あくまで向かい合い。どちらも真剣でないと意味がない。
もっともっと全身から力を出したい。
獄中にいる気分でいるのに諦めている。そんな囚人のような力しか出なかった。私は獄中から出てやる!!そんな気持ちでセクション2に挑みたいと思います。


自分が何かを伝えたい、という以前に、相手がそこにいること自体が嬉しい、というのを初めて感じて何か不思議な気分でした。
相手がいて初めて何もかもが始まるんだと知っていても、実感として当たり前のこととして気づいてなかったし、考えたことも本当は無かったというのがショックでした。


声を相手に届かせようと思っても、心のどこかに本気になりきれない自分を発見してしまい、常に逃げの部分を隠し持ってしまっているのがとても情けなかった。
いざとなれば、いつでも本気になれると思っていたのは大きな間違いだ!ということが痛いほど分かりました。

2人の時は、これが本気だと思っていたのに、2人の間に人が入っただけで声が届かないどころか、音も聞こえない、相手に対して何も届かないことに気付きました。
自分自身が思う本気や限界というのが、全部ウソなんじゃないかと思いました。あまりにも日常で本気になっていないから、勝手に自分で自分の限界を作り、そんなものだろうと思い込んでいたし、自分の能力や可能性を全部自分自身で摘み取ってもったいない。
自分で自分を捨てるようなことをしてきました。




相手に伝えたい、届けたい!とそれだけを考えて「こんには」と声をかけました。
サークルになり目を閉じた相手めがけて気持ち一杯で伝えると、相手が応えてくれて、受けとめとくれて、伝えられたことがとてもとても嬉しくてたまりませんでした。
三角形に椅子を並べ、後ろを向いた相手に声をかけるときには、中々届かなくて、それが自分の今のパワーなのだと痛感しました。
いくら「おい!」といってもパワーが足りない。「なにくそ!」っていう意気がまだまだ足りないように思えました。
自分の中にある、まだまだ埋もれている力を思い切りぶつけたい!何で出てこないねん!!って凄い悔しいです。
「おい!」のたった2文字やのに、ボルテージが足りないなんて、今までの話し方のお粗末さが、嫌というほど分かってしまいます。

自分と他者との距離について知らず知らずのうちに、自分も傷つかない相手も傷つかない距離をとっていたのかな、と感じた。
一対一では、自分の周りにガードの為の見えない壁を身に付けているようで、その距離を縮めることは出来なかった。グループでやったとき、とうとうその壁を捨てされられた自分を感じた。


相手を思いやる、きちんと見ることがこんなに難しいんだと思った。
最後のゲームは凄く面白かった。今日初めに組んだ方たちが、どんどん自分を見せてくれて楽しかった。
そして、皆が一生懸命なのにあまり他の人を見ていない人もいて残念に思ったりもした。ああいう人にはなりたくない。
出来なくても真剣にその場にいたいし、生きていく。


何回も練習を繰り返したり、回数を重ねるごとに良くなるというのは、思い込みに過ぎないことを実感させられました。
自分の思い込みで物事を見ている危険さ、つもり程度で頑張っていると感じてしまう自分の甘さを感じざるにはいられません。
もちろん、出来ているとは思っていませんでしたが、ここまで相手に声が届いていないとは想像していませんでした。


普段から小さな声しか出していないので、最初は中々うまくいきませんでした。
でも、少しずつ自分の声が大きくなっていったので嬉しくなってしまいました。
ささやきの「なまむぎ」は大声よりもさらにこころに届いたのには驚きです。
セクション3での胃袋を吐き出すくらいのボルテージで、声を出すことを日々の会話で忘れないようにしたいです。

サークルになって声の掛け合いをしている時、他の皆がどんどん変わっていくのを見ていると、その流れで自分も声が出しやすくなっていた。
皆の目が変わっていった。顔も変わっていった。私はまだ足りない。全然エネルギーが足りない。一発でそのテンションまでいけるように、常に本気で。だけど自分が頑張り過ぎない。→これは発見でした!!


セクション1の時には思わなかった、相手が傍にいる目の前にいる、という感じが強くなったように思えました。
今日、初めてあった相手なのに、懐かしいような、全部ではないのですが、受け入れられたような温かい気持ちになることが出来、何も無いのに出会えた嬉しさがこみ上げてくる、不思議な感情を経験することできたように思えます。


目を閉じている相手に向かって声を届ける、を実際にやってみて、やる前には本当にそんなことが出来るだろうか?何時間かかってももしかしたら届かないのでは、と思っていたのですが、相手が目を開けてこちらを見てくれたときは、とてもうれしく愛おしささえ感じてしまいました。


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