自分と他者との距離について知らず知らずのうちに、自分も傷つかない相手も傷つかない距離をとっていたのかな、と感じた。
一対一では、自分の周りにガードの為の見えない壁を身に付けているようで、その距離を縮めることは出来なかった。グループでやったとき、とうとうその壁を捨てされられた自分を感じた。
相手を思いやる、きちんと見ることがこんなに難しいんだと思った。
最後のゲームは凄く面白かった。今日初めに組んだ方たちが、どんどん自分を見せてくれて楽しかった。
そして、皆が一生懸命なのにあまり他の人を見ていない人もいて残念に思ったりもした。ああいう人にはなりたくない。
出来なくても真剣にその場にいたいし、生きていく。
何回も練習を繰り返したり、回数を重ねるごとに良くなるというのは、思い込みに過ぎないことを実感させられました。
自分の思い込みで物事を見ている危険さ、つもり程度で頑張っていると感じてしまう自分の甘さを感じざるにはいられません。
もちろん、出来ているとは思っていませんでしたが、ここまで相手に声が届いていないとは想像していませんでした。
普段から小さな声しか出していないので、最初は中々うまくいきませんでした。
でも、少しずつ自分の声が大きくなっていったので嬉しくなってしまいました。
ささやきの「なまむぎ」は大声よりもさらにこころに届いたのには驚きです。
セクション3での胃袋を吐き出すくらいのボルテージで、声を出すことを日々の会話で忘れないようにしたいです。
サークルになって声の掛け合いをしている時、他の皆がどんどん変わっていくのを見ていると、その流れで自分も声が出しやすくなっていた。
皆の目が変わっていった。顔も変わっていった。私はまだ足りない。全然エネルギーが足りない。一発でそのテンションまでいけるように、常に本気で。だけど自分が頑張り過ぎない。→これは発見でした!!
セクション1の時には思わなかった、相手が傍にいる目の前にいる、という感じが強くなったように思えました。
今日、初めてあった相手なのに、懐かしいような、全部ではないのですが、受け入れられたような温かい気持ちになることが出来、何も無いのに出会えた嬉しさがこみ上げてくる、不思議な感情を経験することできたように思えます。
目を閉じている相手に向かって声を届ける、を実際にやってみて、やる前には本当にそんなことが出来るだろうか?何時間かかってももしかしたら届かないのでは、と思っていたのですが、相手が目を開けてこちらを見てくれたときは、とてもうれしく愛おしささえ感じてしまいました。