一番うれしかったのは、他人とのつながりを確認する事で「人間は一人じゃないんだな」と実感できた事でした。

本気で人と向かい合え、本気で人に感謝できた三日間だった。言葉にならない感動で、胸が一杯になった。

言葉というものが、自分も含めて色んな人の口から出て、周囲を飛び交っていて、その言葉の殆どを正しいものと判断して生活してきた。
「武禅」を通して、自分の意見同様、他人の言葉もそれ程正しいものではないことを知った。自分に向けられた言葉の中でも、本気で自分に向き合ってもらえた結果、出された言葉も少ないことを知った。
世の中の見方が、本当に変わった 3 日間でした。

はるかに自分の容量を超えていった 3 日間でした。
全てのセクションが終わり、先生の言葉で「自分とは何だ?他人と本気で向き合ってこそ、自分(自己)が形成される、マネでもいいから、まず目標として型を持て」というようなことを言われていて、自分の中の一番深い暗い部分が、表に、自分で感じられる所に表れたように感じました。
私はハッキリいって、不感症人間でした。
そして、それが悪いとも思いませんでした。
他人は他人、みんな自己中なこのご時勢の処世術はこれしかないと、長年に渡り思い違いをしてきました。
しかし、この 3 日間を過ごした最後、その興味外であり、向き合う必要価値のないと考えていた他人とは、まさに自分自身のことなんだと、胸が締め付けられ涙が溢れました。
今まで作ってしまった、不感症である自分のまとったヨロイが硬いことも自覚でき、それを打破する方法論、メソッドが見えたように感じます。

最後に円座になり、皆で座ったときの全員から感じたエネルギーは素晴らしくて心地よかった。
一人一人を確かに感じることが出来、皆の言葉がストレートに全身に響いた。
人の涙に感応してしまい、何故か自分まで喜びが倍増していくようなこの感覚は、やはり武禅の最大の収穫である。



この 3 日間を通して、本当に多くの「元形」を頂きました。ここで頂いた元形は、生きていくこれからの基本フォーマットになると確信しています。
元形に日常の様々な事項を「代入」してみると、驚くほど分かりやすくなることを発見しました。
これは自分自身の大きな宝として、しっかりと持ち続け常に意識し続けるようにしていきます。

「こんなことも出来ないなんて」と思うより、こういった事を出来る、出来ないと考えたことも無く、それなのに、出来ないと頭を抱える自分に 2 重の驚きです。

最後に先生が言われた「自分を知るために他人がいる」は、言葉としては知ったような気になっていましたが、他人をきちんと知ることも触れることさえ出来ない自分が、こうだと考える自分を安易に口にして、分かってもらおうとするクセを自覚した今、何が分かっていたのだろう、と恥ずかしく思っています。

遠く離れた相手に、しかも邪魔な人が前にいる状態での「コンニチハ」。最初は届かなかったのですが、その内気持ちの中で「届けたい・なにくそ」という感情が多くなって、そのエネルギーを吐き出すと、不思議と相手に届きました。
どの状態の時も共通して言えるのが、当たり前ですが、いいかげんに、バラバラに適当にやった時は絶対にうまくいかなくて、やるべきことをやった時のみ、必然的に出来るということです。何度も書きますが、凄い事だと感動しました。
何でもこれからきっちりと目標を持って、やるべきことをやって目標に向っていきたい、向います。
最後のテストで和子先生に届いたときは、メチャメチャ嬉しかったです。

最後に先生がおっしゃったことが、社会生活のあらゆる真理を表していると思います。
私自身幸い大きな不幸に見舞われたことはありませんが、随分長い間「自分の生き方は、何かが間違っている」と悩み続けていました。
何が足りないのか、何をすべきなのか自分で考え出さねばならないことを、日野先生に出会ったおかげで「問題の本質」と「具体的な解決策」の両方が得られたのは、大げさではなく人生最大の収穫でした。

手の感覚が鈍い。相手の両肩を掴んだら「気持ち悪い」「しっかり掴め」「手の指の感覚しか伝わってこない」と意見を貰ったのもショックです。
相手と真剣に取り組む、向き合う、ということの深さに恐れさえ抱きました。

そもそも、なぜ人と会話をするのか?そして会話の目的、目標は?と、今まで私の中でくすぶり続けてきた疑問を解決するヒントが、このセクションで見つけることが出来ました。
結果ではなくプロセスにこそ価値があり、そのプロセスを互いに共感しあう、または引き出す行為が会話をする、ということだと思いました。
今まで、一方的に喋ることに価値を感じていた、自分の浅はかさに言葉もありません。人と向かい合い、会話し、共感する、という今日一日の内容に、自分の今まで 31 年間、何もして来なかったんだと、思い知らされました。


こんな風に「ありがとう」と言うのは、生まれて初めてだ。
ということは、これまでいかに他人に感謝せず心ない「ありがとう」を口先だけで言ってきたかだ。
人は、相手が真剣に向かい合ってくれるからこそ、感謝するのだということが分かった。
もしも今日、私が「ありがとうございました」という言葉を知らなくても、この感情を伝えるために新しい言葉を生み出しただろう。

相手の話を自分の体験と置き換えると、知らないジャンルのことでも関心をもって、どんどん聞きたいことが出てきました。

先生に、相手の話していることを、自分の体験と置き換えて、という指導を受けてから 4 人のバラバラだった会話に、一体感が生まれて、話の内容がどんどん深くなり、熱を帯びてきたように感じました。
相手の話を聞いている間も、自分の体験で共通項がないか、考えている自分、気が付けば必死で話していました。

セクション 5 は、声を届けるのがテーマ。なぜだか、たった今声を出し切って、エネルギーを出して気分がとてもいい。身体が喜んでいる感じがする。

話し方のコツというセミナーはよくあるが、聞き方のコツば学べて良かった。自分の足りないところは「誘い水」を中々出さないことだと、改めて感じた。年齢、職業、環境の違う人間でも、皆が聞く耳を持って、自分の経験とリンクさせて会話をすれば、「人は話したい生き物だから、会話は続いていく」という先生のアドバイスを、そのまま実感できた。

今の興奮状態は忘れたくない。こんな気分のまま毎日を過ごしたい。一生懸命、声を届けてくれると、本当に嬉しい気持ちになれ、自分の声が相手に届いたとき、相手が嬉しく思っていることを感じられた。反感をかうのが恐い、というのは、自分が相手に本気で接していない、ということだと気付いた。輪が大きくなるにつれ、皆の勢いが強くなり本気は連鎖していくものだと思った。本当に感動した。

「向き合う」練習を具体的に行った。最初は自分を客観的に見ながらやっていたので「フーン、そうなんだ」というくらいの感想しか無かったが、先生から言われた「自分の感情に対して主観的にならないでどうする」という言葉が胸に突き刺さった。
というのも、自分でも知らず知らずのうちに、自分の感覚に対して無感動になっていることに気付いたからだ。
確かにそれでは、死んでいるのと一緒だと思った。

48回武禅レポート 49回武禅レポート 50回武禅レポート 51回武禅レポート 52回武禅レポート 53回武禅レポート
54回武禅レポート 56回武禅レポート  57回武禅レポート  58回武禅レポート 59回武禅レポート 60回武禅レポート
61回武禅レポート  62回武禅レポート  63回武禅レポート    64回武禅レポート 65回武禅レポート 66回武禅レポート

67回武禅レポート 68回武禅レポート   69回武禅レポート 70回武禅レポート 71回武禅レポート 72回武禅レポート
73回武禅レポート  74回武禅レポート


TOPへ

●お問い合わせ