今回、今まで気付かなかったことや、言われてこなかったことが沢山ありました。その中でも心に残っている言葉は「自分にも相手にも嘘をついたら、お互いに潰れてしまう」と「自分の感覚が鈍くなっているから違和感にも気付かない」の二つです。今まで、自分が何となく一番恐れていたことが、自分では気付かず先生が言ってくださったこともショックでしたが、同時に自分のことをどれだけ知っていたか、どれだけ真剣に見つめてきたのか、と問うことが出来ました。

今までは理想を思い描いていただけで、何も努力してこなかった自分を引っ張り出して、自分の大切にしたいものを感じるだけでなく、本気で向かい合い見つけていきたいです。

「こんにちは」が上手く伝わらない。いつも相手にあわせているつもりになっているだけで、ただ無難に相手に入り込まずにやっていたり、相手を受け入れるよりも、自分を受けれてもらうことばかりを求めていたようだ。
相手に合わせるのは難しいが、相手に合わせている、と思い込んでしまいがちで現実は合わせられていないことに気付かない自分に気付くのが難しい。

今は、とにかく感性を磨いて、今まで響き会えなかった人達とも繋がり、一体感を持てるようになりたい、そういう仲間を沢山作りたい。
自分の殻に閉じこもっていたらそれはできないから、結局もっとたくさん失敗するしかないという事だ。わざと失敗する、私には難しいがどんどんやってみようと決心した。

よく「人と向き合うことはストレスになる」と言って、向き合うことを避ける傾向にありますが、今回気付いたのはそれは全くの逆だという事でした。
人の間にいるのに誰とも向き合っていないから、沢山の人に囲まれているにも関わらず孤独感を感じ、それがストレスになっていたのです。

初め、何度も心を込めて相手に「こんにちは」と伝えても全然響かなかったのですが、「この野郎!自分の挨拶を聞け!」という気持ちで言ってみたら、この数年間出したことが無いくらい、大きな声を出すことが出来ている自分に驚いてしまった。
今まで「この野郎!」という気持ちになることを避けてきたので、こんな感情になるとどこかが目を覚ました様な感じを受けました。
自分は特に目上の人に対して話すときに、声が小さくなってしまいよく聞き返されることが多いので、発声の仕方を習いたいと思っていましたが、感情を変化させたことで、声の大きさがここまで変化するとは知りませんでした。

遠く離れた相手でも、目の前にいる相手でも向かい合い、関係を結ぼうとするのに声を大きく出すのではなく、一図に本気に伝えようとすると自然に体全体が集中して、声を伝える事に全力を注ごうとする事に気付きました。
まだまだ、出し切れていないかもしれませんが、この感覚を忘れないで人と向き合っていきたいです。

今放心状態です。
届いた時の嬉しさは格別でした。相手の声がキャッチ出来たときも“やった”という嬉しさを相手と一緒に感じることが出来ました。
同じ課題に向かって、寝食を共にした仲間だから、最後には届けられるようになったのであり、日常生活で家族や会社で届け合うことは、どんなに困難だろうと思います。
また、届いたフリをして相手を駄目にすることの悪さも教わりました。

出しているつもりの声、届かせているつもりの気持ち。初めはこれ以上は出来ない、自分の限界まで出し切っていると思っていたが、自分の限界を作っているのを、皆で行う早口言葉の掛け合いで、まだまだ出せる、思いは届けられると実感しました。
知らず知らずのうちに引き出されている伝える気持ちは、言っている自分も気持ちよくなってきました。
人に話を伝えるのが苦手で、内に逃げていたのが普通になってしまっていた自分を反省し、これから少しでも良くしていけるように、気持ちだけは張っていこうと思いました。


 

後ろ向きに座った相手に声をかける稽古は、呼びかけて答えてくれなかった時は、以前なら諦めて辞めてしまっているところですが、いくども声を掛け続けられ、また、何故駄目なんだろう、どうすれば相手にわかるだろう、と考える思考も出てき、今まで工夫をすることをしてこなかった自分に気付きました。

相手に声を届かす、相手の動きに合わす、相手と正面から向かい合う、自分の都合だけでは物事は進まないことを知っていたつもりですが、自分の都合を正当化していて、その通りに行動していた自分を反省する良い稽古になりました。

これからは、何事にもよく観察をし、何かを気付き気付いたら改良する気持ちを忘れに行きたいです。目に見えることに惑わされず、中心を感じる大切さに気付きました。

たった一泊二日の短期合宿でしたが、二日間とは思えないほど充実した時間を過ごすことが出来ました。武禅では無駄なものは一つもなく、自分が自分を見捨てない限り得るものだらけの体験が出来ました。出来ない(しない)自分を家に帰ってからも、する自分に変えていけるよう努力します。「今」します。

このセクションで、向かい合うことの基本を行ってみて、自分が人と出会いかんけいを持つ時に、人の目を気にして関係をもっているんだと、改めて実感しました。今まではきっと無意識に、先入観や偏見などで正面で向かい合うことも、ぶつかりあうことも出来なかったんだ、本気で向き合っていなかったんだと、気付かされました。

「ナマムギ」を今日は相手の閉じた目が開くまで呼び続けるルールだ。本当に可哀想なくらいずっと呼び続けるのを聞きながら「シビアだな」と感じていた。お世辞で届いてますよ、というのは通じないし意味が無い。やっと相手が目を開けてくれた時は、嬉しいというより、この状況から解放される、という安心感が強かった。

後ろ向きの人の背中に向かっての「オイ」という練習では、周りの 2,3 人の人も手を上げてしまった。常々歌の練習で、声が集まっていないと指摘されていたので、これも同じことなのかを試すために、シールに向かって声を集めてみた。すると一度で一人だけが手を上げてくれた。ピンポイントで この人 に伝えたい、という気持ちと、発声的に声を集めるという事が繋がっているのかもしれない。



 

 

 

 

 
 
   

 

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