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とにかく「思い込む」ことしか出来ない自分に腹が立ちます。
もっともっと、エネルギーを出したいのに、いつも何かに引っかかってで来ない。
結局は、自分がこうしたい、という事しか出来ない、ガキのような自分から早く抜け出たいです。

いかに日常において自分で「本気」を出して取り組んでいないかが分かりました。
日常が「受け身」で、自分から発信していないことにも気付かされました。



相手から「遠ざかって見える」という指摘があったので、前に出て行くように務めたのですが、それでも引いているように見える、という以上、物理的に距離を縮めるとか離れるといったことではないのだろうと思います。
前に出て行くということを、こんなにも自分ではやっていないことだったかた驚かされました。


相手との距離によって、感じが掴め難かったり、ハッキリと胸の感じを掴めたりでした。
立っている側も、相手を掴みにいかないと相手も感じないことが良くわかりました。

先生が今日の人達は、正面を取るのが遅いとおっしゃった。
私も含め、みんな弱いというかおとなしいというか…。

相手を替えてやると、自分が出している信号も、自分が受け取る力も、ものすごく弱いように感じられる。

相手に真剣に向かい合うのは、本当に難しい。
何も考えないようにしようと思うと「何も考えないようにしよう」と思ってしまう。
「真剣に向かい合わなければ」と思いながら、思うことに捉われる。

「気持ち」を伝えようとする、ことが大切だと学びました。

「ナマムギ」や「トナリノキャク」のような意味のないような言葉が「こんにちは」という挨拶の言葉より、相手に届くのは不思議だ。

声が枯れるのは久しぶりです。
「相手に届ける」というのが、これ程大変なことだとは、全く感じていませんでした。

一寸した気の緩みや手加減で全く結果が違った。こんなに一生懸命やって、ほんの少しやっと相手に届くんだということは、頭では分かっていたつもりだったが、初めて実感できました。

思いっきり言い合うのって、なんて気持ちが良いのか!やっていてとても楽しかった。
お互い必死になって何かをするのは、とても良いもんだと思った。

相手の人に「もっと来て!」と思いました。


 

思いっきり笑ったり、泣いたりすることを止めることによって、争いに巻き込まれることを遠ざけ、生身の自分を殺して生きてきました。
ドキュメンタリーを見て涙するのに、相手の言葉で動こうとしない自分にも腹が立ちます。

相手とシンクロすることは、受けて側の気持ちも思いやらないと駄目な感じがしました。

手を合わせての「こんにちは」では、自分の動作の身勝手さを指摘され続けたが、何としても変わらなかった。
自分のどこをどう変えたら良いのか分からず、はがゆいです。

人ときちんと関わりたいと一度も思ったことがなく、これからも多分無いだろうと思っていたが、自分がこんなに人と関わりたいと、実は切に願っていたとは知らなかった。
今まで知らなかった自分を知った。

私がこれまで無視してきた部分を、もっと感じてやることが「自分を大事にすること」だという言葉は、猛烈に耳が痛いものでした。

 

 
 
   

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