2008 年最初の「武禅」だ。
急に冷え込み、また数日前には大雪でまだその名残があり、きっと「武禅」を初めて以来の寒さの中の行でした。
今回は偶然、同い年の大学生が二人参加していました。
両人とも、奇跡的に素直という資質を持っていたので、今回の「武禅」参加が、きっと今後の人生に活かされることだと思います。
ただ、一つ今回の「武禅」で現代という時代を感じたことがあります。
それは、レポートを書き終え雑談の時、参加者だけで固まってしまっていた、という現象です。
これは、未だかつてなかったことです。
「武禅」に、何かを求めて、あるいは、何かしらの興味を持って参加しているにもかかわらず、こちらが声をかけなければ質問をしてこない、つまり、与えてもらうのを待っている状態だったということです。
むろん、これまでも一部そういう人たちはいましたが、全員がそういう状態だったのは初めてのことです。
社会は問題を与えてはくれません。
自分が見つけなければどうにもならないのですが。

最後の声を出しての「こんにちは」は、やっていてスッと合う時と、合わない時の感じが本当になんとなくだけど分かってきた。
声が出る時は、ピタッと合う感じがする。
その為には、声を出す方も受取る方も、それぞれが真剣に声を出さなければいけないし、受け取らなければいけない。
そんなことが何となく分かった。
それが人との関係なんだということを、ほんの少し理解できた気がする。
こんな風にして、とにかく届けたい、受け止めて欲しいという気持ちになって、声を出したのは初めてかもしれないし、どれだけ真剣にやっても、届く届かないが分からないような、難しいことだと分かったのも初めてだった。
ということは、普段の声は全然届いていないということなのだろう。
家族や友人に対し、適当に声を出しているだけなのかなと思う。



まだ、聞き手になるという練習も大事なものだと知った。
相手を受け止めるのに、こんなにエネルギーを出さなければならないものかと思った。
そして、相手への思いやり、相手の動きにピタッと合わせる、など、今までの自分は何も出来ていなかったのだと知った。

最初に向かい合った時、他の皆さんから「ボーっと突っ立っているだけ」とか「真剣じゃない」とか言われた時は、本当にショックだった。
私自身はちゃんと向かい合っているつもりだったので、なおさらショックだった。
正直に言うと「うそー」という風に、自分以外の人を疑っていたと思う。
相手と向き合うという行為が、どれだけ難しいことなのか分かっていなかった。
今、このセクションが終わって見て思うのは、短時間でも真剣にやれば、人は大分変わるんだということ。
今までは、真剣に向き合ってこなかったことが、ほんの少しだけ分かった気がする。
そしてそれは、相手(kさん)がいて、お互いに言い合う中で変わっていったのだから、相手の言葉とも真剣に向き合ってこなかったのかな、と思う。
kさんの変わりようにも驚いた。
自分が思っている自分の姿と、他人から見た姿が全然違うことに驚いたし、それは、今思うと凄く恐いことなんだなと。

いかに人と繋がっていないか。必死になれない。
今までの一生懸命とは何だったのか。
頭を そぎ落とすことが多すぎて、パニックになりそうだった。
頭をそぎ落とせば、 まったく別の人になれるかも。
形だけを取り繕うのをやめる。
うまくやろうと思わない。
相手を見る。感じる。自分を見る。
本気で生きる。

自分の気持ちを伝えたいというシンプルな気持ちが、本当に相手に響き受け入れてもらったという、実感があり感謝の気持ちで一杯になった。


 

 

自分の言葉で、自分や他人を全く表現出来ていないことに改めて気付き、少し愕然としました。今まで本当に文字だけの言葉、表面だけで生きてきたのかと思いました。
今まで、真の働きかけ、訴えかけをしていない。だから今何も出来ない状態にある。
でも、それに気付いただけでも良かったです。

自分の声が本当に相手に伝わっていなかったことを、思い知らされた。
日常生活での礼儀、マナー、気配りが全然出来ていないことを恥ずかしく思った。
朝のそうじ、食事への感謝も、人生を充実したものと感じられるための不可欠なものだと知った。

先生のお話を伺っている時に、泣きそうになったことが何度もあり、自分は一体何をやっているのか、見つめなおさなければいけないと感じた。
自分は通用しないという思いを忘れずに、今をもっと思い切って生きる。
自分が思っている自分と、他人が見ている自分は全然違うことがハッキリ分かった。
だから、自分を見つめなおさなければならない。

声を出し続けていた時、とても嬉しくて、思えば泣く寸前だった。
声が出たからか、繋がることを感じたからか、でも続けていたら確実に大泣きしていた。
しかし、今のスッキリ感は、泣いた後みたいだ。こんな風に言葉を交わすことが出来たら、さらに皆を大好きになりそうだ。

他人に、自分の気持ちを伝え、他人の気持ちをちゃんと受け止められるようになるには、日々の生活にかかっている。
他人への気配り、他人への感謝、姿勢、目、表情、これらが真剣に生きていくということに繋がっていくと感じた。

 
 

 

 

 

 

 
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