オランダでの武神館
子供コース

今、オランダでは幼児の誘拐が多発し社会問題になっているそうだ。
軍隊や政府要人を護衛するシークレットサービスの人達の指導するモーガンさん達に連れてきてもらったのは、モーガンさんの弟子の一人が教えている「キッズ・コース」を開いている道場だ。

その幼児誘拐に対応するために設けられたものではないが、武神館の子供クラスとでも言うべきものだそうだ。
ここで教えているモーガンさんのお弟子さんは、シークレットサービスのスペシャリストで、ダライ・ラマなどの護衛を担当している美しい女性だ。

モデルかな、と思える細身の身体と零れ落ちそうな大きな目をした優しい人なのだが、子供たちの指導で模範演武を見て驚いた。
身長二メートル近い男性に突きや蹴りを入れ吹っ飛ばしてしまうのだ。
男性は痛みに顔を歪んでいた。

もちろん、その女性は護衛のプロなので多少の手加減はしているものの、すさまじい気迫だ。
それは、日本の道場で見掛けるようなものではなく、正に武術であり敵をやっつけてしまうものだ。
その気迫を子供たちは常に肌で感じトレーニングをしているという環境は、やはり日本ではない。

しかし、その女性が教えているのは紛れもなく武神館という日本の武術であり、武術そのものの要素を損なうことなく体現している事に、本家の日本の武術の在りようを考えずにはいられない。

子供たちの稽古は非常に多岐に渡っており、主に身体運動能力の向上を目的としているように見えた。
普通の机を持ってきて、その上に飛び乗り、降りる。
しかし、子供たちが音を立てて飛び乗ったり飛び降りたりすると先生に叱られるのだ。
これは非常に素晴らしいトレーニングだ。
つまり、足が居着いてしまわない訓練になっているからだ。
人は、驚いたり頭がパニックになったとき、足がその場に居着いてしまうという特性が有るし、突きや決め技の様なことをしたときも、訓練によっては居着いてしまう事も有るからだ。

次に、その机に飛び乗り、片足を床につき前方回転で受けを取り立ち上がって構えの姿勢を取る。
続いて、今度は机の上から床に直接前方回転の受けを取り構えの姿勢になる。
これらのトレーニングは、ゲームとしても面白く子供たちは楽しんでいる様子だった。

子供たちは、その男性や女性に後ろから羽交い締めにされ、何とかしてそこから逃れる、というトレーニングに移った。
羽交い締めにされた子供たちは、羽交い締めをしている人の足を踏む、髪の毛を掴み引き回す、耳を掴む、一度羽交い締めの手が緩んだら顔面を蹴る急所を蹴る、
ということを実際に大人を相手に必死になってやっていた。
羽交い締めにしている人達も大変だ。
子供の力とはいえ、髪の毛をつかまれ引っ張られるのは相当痛いし、顔面や急所にも蹴りを入れられるのでたまったものではない。

子供たちが、逃れるために攻撃をしても、実際に効かないところに攻撃すれば絶対に羽交い締めが緩むことはないし、その後の逃げ方が悪ければ追い掛けていきまた捕まえる。
子供たちは、「今」何が出来るのか?を徹底的に考えその場に適した方法を取る、ということを教育されていく。

肘打ちで逃れようとする子、手に噛みつこうとする子、様々だが効果が出なかった場合、その欠点を指導者が指摘し、改めてそれをやる。
常に、金的を狙うということが要求されているので、子供たちは容赦なく指導者の金的を狙って蹴りや突きを出す。見事に命中したら、指導者は良く出来たとほめる。

しかし、実際にこういったトレーニングをしていてもどうなるか分からないのが現実だ。
つまり、ナイフや拳銃が日常の国だという現実だということだ。
しかし、こうした的確なトレーニングを積んでいなければ、どうにもならないのも現実だ。
とっさの場合に、手や足が動き、その場で考える、それも現実的にトレーニングを積んでいなければ何も出来ない。
武術は正にスポーツではない、それを子供たちを通してリアルに実感した。

日本でも、「護身」をうたった武術が少なくないが、ここオランダで行われているトレーニング、そして、指導者のレベルがプロとアマチュアくらいの差がある事実に、日本に存在する「武術」って一体どんな価値があるの?と改めて自問自答しなければならなかった。
「護身」というのは、お遊戯でも道場だけで成立させるものではない。
実際に有効でなければ全く意味を持たない。
日本でも、最近幼児の誘拐などが増えているが、まだまだ「危機管理」という点では、世界の後進国なのだなあ、と改めて認識させられた一幕だ。

 



武の存在意味1

武の存在意味2


オランダの子供の武道教室


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