ストックホルムの2週間

スウェーデンでのワークショップには、私の生徒でフィンランドで活躍する武田結子(役者)が通訳で助けてくれました。
もちろん、現地でも通訳を用意してくれていて、それは現地で活躍する大植シンタロウ君と言うダンサーでした。
しかし、今回たまたま武田さんが空いており、私のワークショップを受けたいと、フィンランドから来ることになっていたのでお願いしたのです。
大植君は私のワークを知らないので、用語を訳したり私の大阪弁が何を言いたいのかも混乱すると思ったからです。
その武田さんが、自分のブログでワークショップをレポートしてくれていたので、それを私のページに貼り付けることにしました。
英語が堪能な方はのぞいて下さい。http://www.art-budo.hino-budo.com/art-budo/in%20Stockholm.htm

今回のストックホルムでのワークショップは Cullberg Ballet の芸術監督からの要請だった。
ついでに University of Dance and Circus も指導して欲しいとのことだった。
外国の大学、それもダンスやサーカスといったパフォーマンス専門の大学では、一体どんなことを教えているのか、そしてそのことによって、どんな人間が生まれているのか。
そんなことに興味があったから、ギャラ度返しで引き受けた。
まず大学は、設備が半端ではない。
多くの国が芸術を一つの輸出品として捉えている。
それと同じでスウェーデンでも、芸術は外貨獲得の一つなのだ。
その意味で、驚くほど立派な設備を持っている。
行ってみるとスタジオは幾つあるの?というくらい沢山ある。
音楽もあったので、そのスタジオも完備している。先生というか講師というか、そういった指導する人達の数も半端ではない。
しかしどうだろうか。
満たされているというのは、どんな結果を生むのだろうか。
それは街を見ていて感じたことだ。
福祉国家として、日本人にも人気がある国の一つだ。
しかし、街に何の面白みも無い。
つまり、活気が無いということでもあるのだ。
果たして大学生達は?
授業を開くと、日本の大学生達と変わらなかった。
むろん、例外はある。
これだけ恵まれた国だから、それを利用して徹底的に専門を追求してやろう、という学生もいるだろう。
ただ、私は出会ったことが無いだけだが。

スウェーデン。誰もが知る福祉国家だ。
日本では、そんな福祉国家を目指しているらしい。
ストックホルムの街は整理され、広い道路に整理された街並み。
建物の窓の大きさも、たぶん決まっているのかもしれない。
何しろ、超合理主義の国だから。

ヘルシンキで乗り換え、ストックホルムの空港に着く。
どんな感じなのか、楽しみにしていたが、他の空港とさほど変わらない。
「なんや」だ。今回の入国は、労働ビザで入る。
それは、私の招聘元が王立の大学と、王立のバレエ団だから正式でないといけないからだ。
別段、観光で入るのと違った質問があるのかな、と少しドキドキしていたが、それは無く普通に入れた。
バッグを受け取り、外に出ると、今回の招聘もとの事務担当の女性が迎えに来てくれていた。
その女性よりも先に目に入ったのが、大阪教室の生徒の武田さんだ。
彼女はフィンランドで役者として活躍している。
飛行機に乗ると 1 時間もかからない距離だし、公演が終わったところだからと、私のワークショップを受けに来たのだ。
「ひさしぶりやな、元気そうや」と挨拶をしていると、事務の女性が近寄ってきた。
彼女とはメールでやりとりしていたので、初めての気がしない。
お互いに軽い挨拶を交わしタクシーへ。高速道路を 40 分ほど飛ばし、ストックホルム市街に着いた。
旧市街というのか、古い街並みを通り越し、新市街へ。ヨーロッパで今まで行った国には、同じように旧市街と新市街がある。
日本のように狭い国では、出来ないことだ。

今回のスウェーデンは 2 週間あるので、アパートタイプの部屋を用意してもらった。
その国、その国の食事をするのは楽しみだが、それが続くと年だから胃が持たなくなる。
だから、スーパーで買い物をし、自炊する方が身体が疲れなくてすむのだ。
明日からの大学の講義の時間や場所を聞き、やっと一息だ。
外に出てレストランを探す。
とりあえず一番無難そうなものを食べよう、ということで中華に入った。
可もなく不可もなくだった。
これが一番だ。
ビールを飲んでとにかく寝る。

 

 

やはり時差ボケ。
朝 5 時に目が覚めてしまった。
少ししてから一寸寝ようと思ったが、残念ながら無理だった。
9 時 45 分頃、地図を片手にアパートから歩いて 30 分。
大学に到着。
スタジオも沢山あり、無茶苦茶恵まれた環境だ。
授業は 16 , 7 人と少人数だったので、比較的やりやすいワークになった。
学生は素直と言うか、大人しいというか、お行儀が良いというか、口を開けて待つひな鳥状態だ。
日本の大学生達と変わらない。
ワークそのものは、何時もの調子で流した。
ねじれからだ。ティルマンも参加する言っていたから、会えるのが楽しみだ。

しかし屋内も他のヨーロッパ諸国と同じで禁煙だ。
1 ℃に近い寒さの中外で吸うしかない。
明日は昼食におにぎりでも持って行こうと思っている。

 

夕方 3 時を回ると、完全に陽は落ちる。
真っ暗とまではいかないが暗い。
これは気分が滅入る。
昨日はカレーライスを食べ、時差ボケを解消(?)
スウェーデンといえばボルボ。
あちこちにボルボかな、と思ったら、意外とそうではなく日本車も多い。
しかし、車はどれもこれも汚い。
まだ雪は降っていないのにおかしいな、と思いタイヤを見たら、殆どがスパイクを履いていた。
スパイクでアスファルトを削っているので、車は泥だらけになっているのだ。
お昼は学食のようなところでサンドイッチを食べた。
これが一番無難だからだ。
今日は、ティルマンが参加した。
フォーサイスカンパニーを辞め、今はこの大学で働いているという。
話を聞くと、今回のストックホルムは、ティルマンが私を推薦してくれたそうだ。
生徒達は、ここにきて集中力が増した感じをしている、

昨日の授業にはティルマンが顔を見せた。
久しぶりに見るティルマンだが、相変わらず素晴らしい感性をしている。
彼が来たので、いきなり正面向かい合いをすることになった。
コンタクトの基本だからだ。
そしてティルマンが一番欲している技術だ。
もちろん、大学生達には難しい。
最初は戸惑い、また色々な意見を出し合いながら、最終的には一生懸命に取り組んでいた。
今回は大学という事もあり、特に質問の時間を沢山とるようにしている。
的を外した質問の連続だが、それに答えることによって、私の考え方の一端を理解出来たら良い、と思ってその時間を沢山とっている。
正面向かい合いでの質問で、どう向かい合えば良いのか分からない、とか、どう立てばよいのか分からない、というような、言葉をこねくり回した質問が出る。
ティルマンが、そう考えている時点で間違っているし、そう考えている限り出来ないよ、と明解な事を生徒達に話した。
そして、その答え方が正しいか間違っているかを私に質問する。
私は「もちろん、その方向の考え方で良いし、それでなければ前には進まない」と答えた。
色々な質問から分かったことは、生徒達は、私の授業が何なのかを分かっていなかったようだ。
つまり、自分はどこの大学で何を学んでいるのか、の自覚が無いということだ。
それは日本でも同じだ。
自分は一体何者で、何をしているのか。それが自覚されているから、自分の日常が勉強になるし、勉強になるような思考になっていくのだ。
どうも、そういった基本的な考え方が、どこかで欠落しているような感じがする。
私の指導することは、表現にとって非常に重要なことだから、大学側が私を講師にしているのだが、そんな基本的なことを考えないということだ。
だから、私のワークをダンスにどう役に立てるのか。
「役にたてるのはあなたの問題だよ」そんなことまで質問するのだからどうしようもない。
とはいうものの、日本人も同じだ。
プロでも同じだ。
ということは?
今日からティルマンが常に一緒だ。
ワークに楽しみが増えた。

今日は、スウェーデンに来てから初めて青空だった。
たった 3 日しか経っていないが、青空が嬉しい。
日本ではそんなことを思ったことも無いが、低く垂れさがった雲や、日中がどんどん短くなるのを体感していると、こんな気分にさせられる。
夜は星も出ていた。
たったそれだけの事が、気分を高揚させてくれる。身体とはほんとに不思議なものだ。

「後 1 日しかないから、何でも良いから質問していいよ」
学生達はやっと慣れて来たところだが、明日で終わり。
ティルマンはやたらとねじれに拘り、稽古を続けていた。
よく見ていると、運動の順番をやっている。
もちろん、本人は感覚されている身体を繋げているつもりだ。
ティルマンでさえそれなのだから、学生にいたったら感覚以前に、感覚する為の運動が出来ていなくても当然だ。
しかし、学生達の熱気がこちらにも伝わるようになって来た。
もちろん、ボーっとしている学生もいるが。

明日はやたらと長い 1 日になりそうだ。
何しろ朝 9 時から夕方 5 時までになるからだ。
何をしようか。
毎回やりかけては、難し過ぎるから止めにしているプログラムがある。
学生達にとっては、初めての概念だし、初めての動きだから仕方が無い。
ましてや、プロのダンサーでも無いのだから、本当に仕方が無い。
その目で見ると、よくやっている学生達もいる。それは日を追うごとに増えているし、深く集中したり稽古を工夫したり、という学生も増えてきている。
しかし学生達の質問は、何のこっちゃというものが多い。
こちらとしては、その質問を糸口に考え方を述べて行く。だから、やたらと答えるのに時間がかかり過ぎる事が多い。
しかし、それも授業の一つだ。
何しろ異文化なのだから。

今日は「自分を疑い出したから、質問は出来ない」というような、素晴らしいコメントまで飛び出した。
「その通り、一番信じてはいけないのは、自分だよ」このコメントには、全員フリーズしていた。
それはそうだ。
「自分を信じて」という文化・教育の中で生きているのだから。
そういった言葉で混乱させるのは面白い。
世界には色々な考え方がある、ということを知り、改めて自分を問う事が出来るからだ。
明日で大学は終わり、次の週からは Cullberg Ballet へと、ワークショップは続く。

きっと、このワークショップが終わると、市内観光になるのだろう。

ダンスの大学でのワークショップは今日で終わった。
今回大学で用意してくれた通訳の大植真太郎君と、飲みに行くことになった。
通訳のことを詳しく聞くと、工藤聡君がやってくれることになっていたが、彼に仕事が入ったので大植君に急遽決まったそうだ。
この二人は一緒に作品を作ったり提供したりの仲だ。
工藤君がまた楽しい。
もしかしたら、まともに舞台表現の話が出来た初めての日本人かもしれない。
ビアバーに行き、武道の話最近のダンス界の話し、具体的な表現の話し他に盛り上がった。
私が数年前埼玉で観たアクラム・カーンとシディ・ラルビ・シェルカウィのデュオは、工藤君が裏方で相当関わったという。
「そうなんや、まるっきり面白くなかったで、あんな説明的な舞台は最低やし、下手くそ過ぎるで」と大笑い。
シディ・ラルビ・シェルカウィとは、今一緒に仕事をしているそうだ。
ワークショップは最後という事もあり、色々と雑談をした。
「どうして、君達は暗いの、スウェーデンの人は全部そうなのか」
「いいえ、人見知りをするのです」
てな雑談だ。
大学最後のワークは、よりダンスに応用できるようなものを選んだ。
戸惑いながらも汗をびっしょりかきながら頑張っていた。
「私達は“私が”という事ばかりやってきたが、“パートナーと”とか“みんなで”という事等、一度も考えた事がなかった。これからそこを大事にやっていきます」
と嬉しいコメントを最後にくれた。
学生達とは、やっと人間関係が築き上げられたが、これでお別れだ。
まあ、人生そんなものだ。
月曜日は、根本しゅん平君が朝迎えに来てくれることになっている。
ティルマンも月曜日からのクルベリでのワークを楽しみにしてくれている。
今日と明日はオフ。
学生達が「ストックホルムをエンジョイして下さい」と言ったので「明日はイケヤへ行きたい」というと「えええ〜!どうして」と大笑い。
そうそう、ここスウェーデンでは日本のビールの度数を持ったお酒は、スーパーでは売っていないし、特別な看板の出ているところでしか扱っていないのだという。
お酒に関しては、相当厳しい規制があるそうだ。
スーパーでビールを買ったがアルコール度数が、 2.5 %とかしかなかったのが不思議だったのだ。

昨日は遅い朝食を食べ、徒歩で旧市街へ。
青空が広がり気分は良い。
風が少しあったので、それが寒い。
寒いと言っても、道場の今の温度と変わらないようだ。
街はクリスマスに向け、イルミネーションがあちこちに見られるが、残念ながらいまいち中途半端という感じだ。
だから、一寸寂しいような感じに見える。
観光地ということもあるが、それこそ人の波だ。
公園の噴水周りは、スケートリンクになり子供連れが沢山滑っている。
まるで映画の一コマのようだ。
昼食を地元料理のレストランでとる。
中々雰囲気がありそうな入口だったので、つられて入った、しかし「飲み物は」と聞くので、「何がある?」とたずねると、ぶっきらぼうに「何が欲しい?」の一言には、思わず笑った。
「お前はクビじゃ」何から何まで遅いから、それを待つのがつらかった。
料理は、別段悪くはなかった。
トナカイの肉とシーフード。
ガイドブックにあるように、素材は良いのだが調理方法に工夫が無いだけに単調な味だった。
ホットワインなるものも飲んだ。
ワインを温めた中にはアーモンドと干しブドウが入っており、ワインの酸味を少し複雑な味に変えていた。
日本に帰ったらこれを飲もう。
しかし、午後 3 時を過ぎると暗くなるというのは、単に日照時間の問題ではない。変に身体が疲れるのだ。「何でやろ、しんどいわ」別段何も疲れる事はしていないのに、身体が重い。
部屋に帰りたくなる。
これが夏ならこんなことはないだろうに、とありもしないことを考えてしまう。
今日は、動物園へ行ってみようということになっている。
不思議だが、時間を潰すのが大変なのだ。

昨晩は、武田さんと演劇論の抜け落ちているところの話に盛り上がった。
対観客というところでの、具体的なトレーニングがないという話。
それはダンスとて同じだ。
言葉だけはあるし、言葉は理解出来るのだが、実際には存在しない。
アメリカのエレンさんという、鈴木メソッドを指導する人の練習話しも面白かった。
「形式ではなく中身だ・鈴木メソッドを使った役者を作るのではなく、演劇にどうして鈴木メソッドが役に立つのか、それを理解できなければ、これをやっても全く意味が無い」
などの言葉は、そっくりそのまま私のワークでも当てはまる。

ストックホルムのスーパーで見かけたおもちゃだけど、どうして赤ちゃんが手錠をしているのか。目が点になった。
意味が分からない。

昨日は動物園へ行った。
中心部からトラムに乗り 10 分くらいのところだ。結構敷地が広く小山一つが動物園という感じだ。
山だからアップダウンがあり、歩くだけでくたびれた。
何といってもストックホルムは寒い、という情報から、本格的な防寒靴を履いていたから、歩きにくいことこの上ない。
現地の人の殆どは、東京と変わらない靴を履いていた。

動物園と言っても複合施設で、昔の農家とか学校とかを復元したり、そのままのものを移動させたりして、昔の生活を紹介している。
昔は農民は地主に搾取され、働けて家に住めるだけで給料はなかったそうだ。
昔のスウェーデンの色々と興味深い話を聞けた。
動物園そのものは、日本のものを見慣れているから、「なぁ〜んや」だ。
傑作だったのはブラウンベア―の檻に行き、どこにいるのか探すのだがいない。
檻そのものが相当広く、木等で飾っているので見えにくい。
色々と移動し探すと立て札があり「只今冬眠中」やった。
例によって、 3 時を過ぎると疲れがどっと出る。
「もう帰ろ」と部屋へ。
今日は、ミラノ風カツレツだ。
米がスーパーで手に入ったおかげで、毎日日本食だ。
だから、胃にはやさしい。
味噌汁を飲むとホッとする。
今日からクルベリバレエだ。
朝 8 時 30 分に根本君が迎えに来てくれる。
ティルマンが振付をするので、そのことで役に立つようなワークになればと思っている。

根本君が朝迎えに来てくれた。
「一寸遠いのと、周りに何もないのがね」と言いつつメトロに乗り、乗り換え一回。
ストックホルムの中央駅から小一時間かかった。
ほんと一寸遠いかな。
朝だから通勤列車だ。
もちろん、人口が少ない分日本程のひどいラッシュアワーではない。
ドアの前で待つ人は、絶対に降りる人がすんでからしか乗り込まない。
素晴らしい!
しかし、メトロの運転手は運転が下手だ。
急ブレーキや急発進を繰り返す。
メトロで車酔いになりそうになったのは初めてだ。
約 50 分やっと到着だ。
芸術監督が挨拶に来て、そのままスタジオへ。
自己紹介もせずにいきなり胸骨!ダンサー達は目を白黒。
おかまいなしにワークを進行。
一段落してから、胸骨操作の意味から説明。
厳密な身体操作だから、駄目出しの連発にダンサー達は、どんどんへこんでいく。
「今までとは、全く違う考え方だから難しい」とダンサー。
「自分が理解出来る事なら、習う必要など無いだろう」
「……そのとおりだ」で大爆笑。
外国ではここのところが難しい。
というのは、まず理解できなければ取り組まないのだ。
納得してから、つまり、常に頭優先だ。
だから私の「理解出来ることなら習う必要など無い」という真理には、どうにもならないのだ。
そこが外国の人達の可哀想なところだ。
あっという間に昼食になる。
昼からは胸骨をすっ飛ばし、背骨の知覚に進んだ。
やれた気になっている人は、どんどんリタイアし雑談する。
熱心に取り組める人と差が直ぐに出た。
だからプロは面白いのだ。
反応も良いから、時間が経つのが早い。
本当のコンタクトで意識を感じ反応する、をダンサー相手にやってみせた。
私の反応に仰天していた。
しかし、まだ全体の反応は薄い。
明日やな。

胸骨から足親指への連動。
出来る訳が無いのだが、「これでいいか」と聞く。
出来ているのか出来ていないのかを自分で分からないとはどういうこと?
もちろん、微妙にどちらか分からない場合もある。
その時に限り、確かめる為に聞くのは構わない。
初日はいきなり始めたので、今日は質問から入った。
武道について、禅について、私がどうして武道をやり出したのか、そんな話で気分は和んだ。
「きちんと間違えなあかんで」には目を白黒。
「間違うからこそ、正しい事が分かるのだろう。だから正しい間違い方をしなければ駄目だ」どんどん混乱していく。
目がうつろになっていたダンサーもいた。
良いことだ。
まともに受け取っている証拠だからだ。
そう言えば、フォーサイスカンパニーに初めて行った時、二日目には 3 人程下痢を起こし、シリルは休んでしまった。
それくらい、まともに私の話やワークを受け取ってくれたのだ。
そこから言えば、まだ自分のこととして受け取っていないということだ。
「先に考えるな、行動の結果から考えろ」という考え方にも目が点。
まあ、目が点でも何でもいいが、ごちゃごちゃ言う前に出来るか出来ないかだ。
何を思うかではない。
今日は頭が邪魔をしているといことで、かなり身に染みたようだ。
プロデューサーを交えて来年のスケジュール調整と、航空券の手配の打ち合わせを行った。
出来る事なら冬のスウェーデンには行きたくないと身体が訴えている。

クルベリバレエ団からワークショップを終え、地下鉄を降りると、何と一日の短い事かと思う。
5 時前にはアパートの辺りに帰っているのだが、あたりは真っ暗だ。
何時ものようにスーパーに寄り買い物をして、部屋に帰る。
ひと段落してから食事。
そして寝る。
朝は 7 時に起きて朝食をとり、 8 時 30 分には部屋を出る。
何とも平和な時間なことか。

今日は腕のねじれを含んだストレッチに汗を流した。
先週の大学生も同じだが、どうもストレッチということを分かっていないようだ。
ストレッチは、伸ばすだけ伸ばし、これ以上無理という時点からがストレッチだ。
その伸ばすだけ伸ばす、伸びるだけ伸びる、の限界が余りにも早い。
というか、大げさに言えば、ストレッチの形をしているだけで、ストレッチはされていないのだ。
つまり、自分は何をしているのか、自分の身体で何が起こっているのか、あるいは、起こっていないのかに対して、全く視点は向いていないということである。
そこが不思議なところだ。
ではどこに視点が向いているのかと言えば、それは自分の幻想、つまり、頭の中の思い込みに視点が向いているのだ。
だから、身体は放ったらかし状態になっているのだ。
この場合では、頭の中の幻想のストレッチに集中しているのだ。
だから身体がどうなっているのか、など分かるはずも無いのだ。
自分の身体を身体感覚で捉える。
これは微妙も微妙、ほんとにデリケートな神経が必要だ。
それよりも、懸垂など明らかに身体を酷使しているようなことにしか目が向かない。
そんなことも含めて、話しをする。
皆、目は点になる。
それもおかしな話だ。
言葉優先、論理優先であるなら、そんなことはいくらでも考えられる筈だ。
しかし、それは考えない。
昼からは、「正面向かい合い」だ。
これはティルマンが既に教えている事なので、飲み込みが早かった。
二人組から複数形、そしてランダムな向かい合い。
それらを急展開させた。
ここでも「感じる」という言葉がネックになる。
感じる為に、自分の世界に入る、ということが起こるのだ。
ではなくて、今の状態から、コネクトされた状態の変化を感じ取るのだ。
何度も稽古をするうちに、自分の世界に入るのは無くなった。

正面向かい合いとねじれで、他の部位は微動だにさせない、という稽古をした。
これは身体各部位を集中するということで、意識を分散させる稽古にもなる。

その集中度に応じて、身体のみならず雰囲気を創り出す。
20 人ほどいるダンサー達が、一斉にそれに取り組むと、初めてにも関わらずかなり不思議な空間になった。
それこそ針の落ちる音まで聞こえてきそうな静けさが生まれるのだ。
空気に密度が出来、息も出来ないくらいにもなる。
ただ、残念なことに、その雰囲気をダンサー達は驚きを持って体感しないところだ。
自分達が、とんでもない空間を創り出しいることを知らない。
だから、平気で会話が始まってしまう。
まあ、それが自分は何を意識しているのか、どこに向かっているのか、の結果だから仕方が無い。
その後ティルマンが参加し、正面向かい合いでのコンタクトを繰り返した。
ティルマンと即興で動いて見て、コンタクトが出来ているのかいないのかの確認を繰り返す。
ティルマンはこれを自分の作品で使いたいからだ。
私とティルマンとの動きに興味を示したのは、二人しかいなかったのも寂しい。

ワークショップが終わってから、工藤さんがシュニッツェルの美味しい店を紹介してくれた。
大学での通訳をしてくれた、シンタロウくんやシュンペイくん、日本からリハーサルに来ていたマサくんも合流し、バーで盛り上がった。
確かにシュニッツェルは美味しかった。
フランクフルトで食べたトンカツという感じではなく、ハムカツくらいの薄さだったので食べやすかった。
しかし、この店は人気があるのだろう、どれだけ待たされたか分からない。
いよいよ、明日でストックホルムともさよならだ。

3 時 30 分ワークショップは無事に終わった。
質問は色々あったが、結局
「言葉はいくらでもクリアに出きるし、色々な角度から話せるが、実際身体で起こっていることは何一つ分からないだろう」で閉めた。
正面向かい合いは、ティルマンが次の作品で使うようだったから、今日も最終時間に集中的に行った。
向かい合いからの発展を数点組み合わせることで、かなり複雑に見えるパフォーマンスが出来た。
来年 2 月にもここクルベリに来るので、そこまで少しでも進化していて欲しいものだ。
そう言えば、今日朝エレベーターを降りたら、階段から女性が降りてきていた。
目があったので「おはよう」と言いながら顔をよく見ると、何とハイディだ。
フォーサイスカンパニーのダンサーだったが、出産と同時に辞めたダンサーだ。
「ハイディ?元気!!」
「アキラ元気、アキラの後大学に教えに行っているんだよ」
何という偶然だ。
しかし、大学生はラッキーだ。
胸骨トレーニングや連動のワークを 2 週続けて出来るのだから。
いくらヨーロッパが広くても、ダンスに限れば狭い世界なのかもしれない。
クルベリバレエ団でのワークショップに、実は部外者がかなり参加していた。
クルベリにゆかりのあるダンサーで、他のカンパニーのダンサーや、ダンスの教師、学生等々だ。
別に見学者も入れ替わり立ち替わり来ていた。
別に秘密にする必要も無いし、オープンにしたところで上っ面しか理解できないからだ。
今から、スーツケースに荷物の詰め込みだ。
明日朝 10 時にタクシーが迎えに来る。
いよいよスウェーデンとお別れだ。ティルマンと 2 月の再会を約束して別れた。
2 月はティルマンの振付の為のワークになる。それは楽しみだ。


クルベリバレエ団が入っているビルは、驚くなかれツアー専用のビルなのだ。
つまり、ダンスや芝居など、スウェーデンの文化を輸出する為の基地だ。
少し前から、韓流という言葉と共に、韓国のテレビドラマやポップスグループ等が日本を席巻しているが、それのスウェーデン版の基地だ。
国をあげて文化を輸出するのは、別段珍しい事ではない。
イスラエルでも、前からダンスに力を入れ輸出産業にしようとしている。
ビルには 12 のスタジオがあり、ホールも二つある。
大きなスタジオは、舞台と同じ寸法になっており、その向かいには、それと同じ大きさのスペースがあり、それは大道具を組み立てたり、様々な舞台装置を作り込む為のものだ。
その周辺には、木工の作業所、溶接の作業場。衣装、ヘアー。フォークリフトが走り回り、様々な作業をするスタッフが動き回っている。
とにかくこんな贅沢なスペースを持てるのは王立ならではだ。
今回通訳をしてくれた役者の武田さんは、ブロードウエイやアメリカの商業劇場でも、こんな設備を持った施設を見た事が無い、と驚いていたくらいだ。
外から見れば、至れり尽くせりの設備を持ったバレエ団だ。
しかし、だからといって良い作品、よいダンサーが生まれるとは限らない。
スウェーデンという国自身も、福祉などが充実しており、まず生活するには困らない。
野良犬も野良ネコも全く見かけないのだ。
ホームレスの人もいるが、聞くとインチキだという。
というよりも、そういう職業なのだそうだ。
人は裕福や充実を求め働く。
裕福や充実した国では、人は何にしても、意欲に欠けるように見えて仕方が無い。
むろん、生活ができることが主体であるなら、それでも何の問題もないし最高だ。
ダンスを職業として、生活出来るということは、それを目指している人にとってはうらやましい限りだろう。
しかし、よい舞台を作ろう、作りたい、と思っていた意欲が、時間と共にどんどん薄れていっているのには気付かない。
この辺りの分析は難しいところだ。
2012年2月、再び Cullberg Balletへ飛ぶ。

次のワークショップはアントワープ

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