「同伴喫茶」


もう四十年も前のことだから、時間軸が混乱している。ドライのバーテンの記憶もソフトのバーテンの記憶も明確に残っているが、時間軸がわけわからん。
ということで、ドライバーテンのおもろい転換は一寸お預けして、「同伴喫茶のボーイ」や。
この話は確か14・15・16才の頃やから混乱している。
三つ上の先輩と、四つ上の先輩と連れだって東京へ家出した。家出は常習犯やから慣れてしまって「一寸そこの風呂やへ行って来る」というノリだ。三人が持っているスーツや、なんやかんや一式質屋へ入れ東京へ。もちろん、一寸やばいことがあったから東京へトンズラ、がほんまのとこや。
夜行列車は大阪駅を午後の11時50分頃に出、東京には朝8時40分頃到着する。列車の中では、東京でなにをするかで盛り上がり、到着間際にうたた寝をした程度や。東京大阪は1980円程だったから、5000円もっていたら東京へ行ってこう、という感じや。もちろん、当時の高校卒業の給料は1万2.3千円程度やったと思う。
取りあえず新宿に行って、質屋を見つけ金を工面しよう、ということになった。所持金はそれぞれ3千円から五千円程度やったから心配になったんや。俺は確か3千円位残っていたと思う。

当時の新宿東口の駅前に「ゴールデン東京」という名のキャバレーがあり、その辺りは工事だらけやった。三人は新大久保の方に歩き質屋を見つけ、ジャケットや諸々の持ち物を金に換えた。
喫茶店に入りこれからの行動を決めた。結論はバラバラで仕事を探す、ということになった。スポーツ新聞を買い、求人欄から適当な職業、つまり、すぐに仕事が出来て寝床が付いているのが適当な職業ということや。要は何でも良いんや。自分が好奇心を持ったらやってみる、それが俺の流儀や。
今では「自分の好きなこと・好きな仕事を」てな、どこから引っ張ってきたのか分からない理想主義的言葉に踊らされて、結局自分の好きなことに出くわさずに一生終える、というパターンが出来つつあるが、よくこんな現実離れした言葉に引っかかるなあ、とつくづく思う。結局は、自分の力で何もしたことがないから、この言葉が現実的か現実離れしているかの判別がつかないんや。

俺は歌舞伎町で「同伴喫茶」と書かれた募集広告に目が止まった。
「俺、この店に面接にいくわ」「そうか、俺等は池袋の方に行ってみるわ、ほんなら元気でやれよ」「よっしゃ、ほんならな」
俺は、その足で直ぐに歌舞伎町の同伴喫茶へ向かった。コマ劇場の前を通り過ぎると「古城」という名の喫茶店が近くにあり、その名にふさわしく入り口前の広いスペースには大きな木が茂り、煉瓦作りの外観が雰囲気を出していた。しかし、ガキの俺には一寸入りにくい感じや。その前を通り過ぎて歌舞伎町一丁目の通りに突き当たる。突き当たったところに「凱旋門」と書かれた同伴喫茶があった。
「同伴喫茶?」どんな喫茶店なのか想像がつかへん。もちろん、同伴という意味が分からなかったからや。
そういえば、家の近所の石ヶ辻町に「バス付きホテル」と書かれたネオンだらけのホテルが固まって建っていたが、その「バス付き」というのが分かれへんかった。もちろん、そこがいわゆるラブホテル街だとは知るよしもなかった。バス付きと書かれた看板の前で何度立ち止まって考えたことか。バス??それが風呂とくっつくのに2年もかかった。学校英語のバスと、この看板がくっつかなかったんや。

履歴書は全部デタラメ。現住所はもちろん東京、当時は電話がない家は普通だったから、確かめようがない。名前もデタラメ、日活映画で浜田光夫が演じた役名や高橋英樹の役名をよく使った。せやけど、後から大笑いしたのは、俺の偽名は昨日今日決めただけやし、その名前も適当に付けているから俺が呼ばれているとは気が付かない、ということがしばしばあった。その時は、「しもたっ!」と一瞬緊張したけど、何とか誤魔化しばれたことは一度もない。
無事面接もすませ、その日から仕事にかかった。まずは、挨拶の仕方「いらっしゃいませ」何か注文を受けたら「はい、かしこまりました」やけど、こんな事は朝飯前や。今のマニュアル挨拶とは違うで。次に、掃除の手順。真鍮のドアノブ磨き、階段のステップ磨き、これはピカールでごしごしこすり、手垢を一切付けないようにする。便所掃除、小便器も大便器も「君が掃除したのだから舐めることが出来るね」と言われる。おう上等や舐めたろやんけ。それくらい、ピカピカに磨けというこっちゃ。
店内は二人がけのシートとやけに高い背もたれ、その席を隠すように通路側からカーテンが掛かっている。もちろん、照明は雰囲気を出す為にほとんど真っ暗で、足下だけに明かりがあるだけ。席には小さなライトが一つ。客は、ほとんどがアベックや。そうか、そうか、アベックでいちゃつく為の喫茶店なんや。こらおもろいわ。どんなアベックがいるんやろ、それを観察するだけでもこの店を選んで良かったというものや。
「いらっしゃいませ、ご注文は何に致しましょうか」二人で同じものを注文するカップルは、同伴喫茶の常連や。それに気付くのには余り時間がかからなかった。例えば、コーヒーとクリームパフェを注文したとすると、当然コーヒーを先に持っていく場合がある。しばらくして、「失礼します」と一声かけてカーテンを開ける。すると、あわてて二人は離れるんや。これでは、どっちらけやで。これは同伴ビギナーや。
しかし、びっくりするくらい不細工なおっさんが、若い女の子を連れて来るのには驚いた。こんなおっさんのどこが良いのや?しかも、その不細工なおっさんはその店の常連やった。何と、何時も違う女の子を連れて来るんや。おっさん昨日の子はきれいやったね、と潰しを入れたろか、と何度思ったことか。
さすがに初日は疲れる。何といっても昨日の晩は大阪やったんやからなあ。あんまり寝ていないし、店が暗いからボーっとしていたら眠気が襲ってくる。

店内に蛍の光が流れて閉店。店内は昼間のように明るくなる。先輩のボーイ達は我先にとイスをテーブルの上に上げる。「ここの店のボーイはよく働く奴ばっかりやねんな」と思ったらそれは大きな間違いやった。しかし、先輩が急いでするので、俺も急いでイスをテーブルの上に上げていった。すると、イスの下から千円札が出てきた。「あっこれや!」なんのこっちゃ、客の落としたものを拾う為にあわてているんや。
そうとわかれば、俺も猛スピードであちこちのイスを上げにかかった。小銭から時計やアクセサリー、それにパンティまで。トイレ掃除をするとコンドームまである。こんなせせこましいところでようやるで。しかし、明くる日のタバコ代位は毎日あったのは助かった。

続く