ルキノ・ヴィスコンティの映画「ベニスに死す」や、ウィリアム・ シェイクスピア原作の「ベニスの商人」で知ったベニス。
水の都ベニス。
また、ベネチアガラスでも有名なベニス。

 

フランクフルトから飛行機に乗りミラノへ。
ミラノ空港から、リムジンバスに乗り継ぎミラノ中央駅へ。
そこから、列車で 3 時間程でベニスに到着する。

しかし、ヨーロッパの航空チケットの安さには驚く。
フランクフルトからの往復だと 8.000 円だ。
しかも、ルフトハンザ航空での値段である。
もちろん、もっと格安のチケットもネットでは溢れているが、私のように語学も達者ではなく、旅慣れない者にとっては信頼できるチケットに限る。

 

ベニス駅構内を出ると、水の匂いと適度な湿気が心地よく身体を包んでくれた。
それは日本の空気の感じと似ているということかもしれない。
観光客の多さに驚きながら、タクシー代わりの船に乗り、まずはホテルにチェックイン。

ベニスを二分する大きな運河を海の方に向けて走る。
潮の香りが疲れを取ってくれる。
約 20 分ほどで、ホテル最寄の船着場に到着。
ホテルはこじんまりして可愛いホテルだ。
場所柄大きな部屋を確保できる建物はない。
とはいっても相当狭い。
ダブルのベッド一つがやっとという感じだ。
通路の床は水平ではない。
そのことが、三半規管を狂わせる。
ホテルで一段落してから夕食にでる。
地元の人が集う食堂へ。
人がすれ違えない程の細い路地を、いくつも抜ける。

子供の頃、家の周りにはここベニスと同じような細い路地が幾つもあった。
そこは、子供にとって格好の遊び場所だった。
かくれんぼうや、それに類する様々な遊びにとって、その路地は抜け道であり、隠れる場所だった。
あるいは、空想の世界の入り口だったりもした。
路地を抜け、他人の家の庭を横切り、塀を乗り越え屋根に上り、適当なところで飛び降りと、子供達は走り抜けた。
そんな懐かしい匂いがプンプンする街だ。

観光客が行き来し、まるで縁日のような賑わいだ。
ベニスは 5 月が一番良い時期だそうだ。
地元のトマトソースのパスタは滅法美味しかった。
特に野菜は素晴らしい。
日本の過保護に育てられたものではなく、自由に伸び伸びと育ったという感じの味だ。
つまり、味があるのだ。なすびも胡瓜も人参も。とにかくヨーロッパの野菜は美味しい。
地元の人達で賑わう食堂はよそよそしくなくて良い。


翌朝、早く目が覚めた。
早朝のベニスは霧がかかり幻想的だ。
音が無い。せいぜい鳥のさえずりくらいしか聞こえない。
夢の中という感じかも知れない。
運河から建物が生えているようにも見える、見たことのない何とも不思議な光景だ。
石畳の道を少し歩くと、リアルト橋がある。
いたるところに、小さな御伽噺に出てくるような橋がかかっている。
小さな島が幾つもからなるベニスには、橋が必需品なのだ。

ムラーノ島は、ベネチアガラスの職人たちの島だ。
その昔は、ベネチアの経済を支えていた為、ガラス工芸の技術を外に出さないよう、職人たちをその島にある意味で幽閉していたそうだ。
島のいたるところに、ガラス工芸のオブジェがあり、その技術の高さを誇っていた。
店々で趣向凝らした工芸品が目を楽しませてくれる。
このムラーノ島へは、ホテルの前から乗る船で 15.6 分だ。
その路線のある船着場で待っていたら、沢山の観光客が今着いた舟に乗り込んでいく。
ここはイタリアだし船のことだから、時間は幾分アバウトなのではと思い、船員に「ムラーノのミュージアムに行くか」と聞くと行くという。
早速乗り込んだ。
しかし、船は止まらない。
そればかりか、どんどん沖に向かって進んでいく。
いやな感じになって来る。
40 分ほどである船着き場に止まった。
そこはなんとブラーノ島だった。
ブラーノとムラーノ、そんな失敗も旅の面白さだ。
次の船まで、まるで時間が止まったような風景で待つ。
地図によると、後 2 回乗り換えなければならない。
それも仕方が無い。
2 回乗り換えて、やっとムラーノ島へ。
しかし、ムラーノ島を散歩していると、どこかで見た風景に出くわした。
「アレッ」
そう、一番最初に見た風景だ。
実は、地図にはのっていなかったが、島は橋で繋がっていたのだ。
何のこっちゃ!

ベニス 3 日目はゴンドラに乗った。
ホテルで紹介してもらった。
でないと、観光客相手だから、値段があってないようなものだし、サービスが悪いゴンドラも沢山あるそうだ。
紹介してもらった船頭さんは、親子代々ゴンドラの漕ぎ手だそうだ。
自分の息子も今勉強させていると言う。
漕ぎ手になるには、歴史や沢山覚えなければならないことがあるという。日本の観光地などに見られる、ガイドさんも兼ねているからだ。
船頭さんは、日本は文化があるので大好きだそうだ。
中でも、微妙な技術が必要とされる刀鍛冶が好きで、テレビでそれを紹介されていたのを録画していて毎週見ていると。
本当か嘘かは別にして、そういうことをきちんと話すのが外国の人の良いところだ。
その船頭さんに、私は日本の武道家だ、というと、ものすごく喜んでくれ、船を下りるとき、仕事に使って大事にしている帽子をくれた。

全長 11 メートルもあるゴンドラを、巧みに操りながら細い水路を進む。
まるで音の無い世界のようだ。
時折、艪が水音を出す程度だ。
細い水路は石造りの建物に挟まれている。
「オーソレミオー…」
と歌ってくれる声が、その建物に反響し丸く太い声に、より丸みをつける。
ベニスには自動車は無い。
締め出したそうだ。
だから妙な静けさがある。
妙な、というのは、観光客が山のようにおり、その話し声がうるさいのだが、鳥のさえずりが聞こえるというようなことだ。
鏡のように波の無い水路は、時間が無くなってしまったかのようだ。
船頭は 100 年前と同じ時間だと言う。
そして、それが現代の今、ここにあることが誇りだと言う。
どんどん文化を壊していく日本とは大違いだ。

夜はリド島へ。
リド島には自動車が走っている。
たった 3 日弱の自動車の無い生活だったが、自動車に出くわすと変な感じだ。
スピード感もおかしくなっているのかも知れない。
本当に人というのは、環境に適応するように出来ているものだと感心する。
このリド島でも、地元の人が集うレストランを紹介してもらう。
前菜からデザートまで、どれも口にピタッと来る。
特にイカ墨のパスタは絶品だった。
地元のビールも苦味が無く美味しい。
夜風に吹かれながら、リド島からベニスを見る夜景は、蛍が群れで飛ぶようで美しい。

明日は朝からミラノに向かう。

 

今回のベニスへの旅は、昨年イタリアからわざわざ日本まで習いに来てくれた女性がベニスにいたから実現したものだ。
彼女はダンサーで、ベネチア・ビエンナーレの舞踊部門のオーディションに合格し、ここベニスでレッスンを積んでいる。
ミラノでは彼女のご両親が出迎えてくれ、ベニスではゴンドラにも乗せて頂いた。
本当に何から何まで、お世話になったベニス旅行だった。

夜食事をしてから、思い立ったことがあったので、リアルト橋のたもとで彼女と練習をした。
胸骨を使った歩き方、その直前のバランスの崩し方。
胸骨と足との連動。
深夜になるにつれ、運河から水が道路に溢れてきた。
「水が道路に上がってくるまで練習しよう」
が、本当に水が上がって来たのだ。
何だか、夢のような時間だった。
というよりも、映画の1シーンのような時間だった。

Top