雑誌「秘伝」に掲載された原稿を改訂し、「秘伝」を知らない人の為にUPしました

 

昔「日野さんのやっていることは『禅』ですよ」と、友人に言われたことがある。
それは、私の武道に対する姿勢と、稽古ぶりを見てのことだ。
例えば、一つの動きを稽古するとする、それを何度も何度も繰り返す。
それは誰でもすることだ。
ただ、それを四六時中繰り返していただけだ。
人と会っている時も、食事をしている時も、歩いている時も。
つまり、特定の練習時間だけ練習をするというのではなく、納得がいくまでずっと稽古をしていた、ただそれだけだ。
当然、皆が繰り返す意味と、私が繰り返す意味は違っている。
大方は、反復練習を繰り返すことで、その動きを身に付けることを目的とする。
だから、動きが身に付けばそれは終わる。
私の場合の目的は違う。
その動きは「何なのか」を探しているのだ。
どういう意味を持つものなのかを、身体から答えが出てくるまで繰り返すのだ。
もちろん、よくある「この形は、敵のこの攻撃に対して」というその動きの使用法のことではない。
身体として、そしてその動きの成り立ち、動きに至る考え方を見出せるまで、ということだ。
答えが身体から湧き上がるまで。
だから、その四六時中を3年5年と続ける。
10年の場合もある。
決して、外部からの知識や、自分だけに都合の良い小ざかしい理屈では考えない。
仮に理屈で答えが出ても、どこかに書いてあることを適用させても、それは誰かの見つけたことであり、私が私の力で見つけたものではない。
そこに甘んじていても、全く意味の無いことだからだ。
肝心なのは、身体はその答えを知らないということである。
それは、身体は頭で作った理屈のようには動かないし、人間そのものの質は何一つ変わらないからでもある。
ということは、元々の身体の質に新たな動きが一つ加わるだけ、違う角度から言えば、クセが一つ増えただけである。
クセをいくら増やしていっても、例えば、覚えた単語の数が増えただけのもので、単語を使う頭は何一つ変わっていない。
だから、外国語を流暢に話せるようになったが故に、外国の人に自分の頭の悪さが露呈するのと変わりないのだ。
また、いくらでも繰り返し稽古できるのは、繰り返す中で新たな問題を発見していくからである。
同時に自分自身の問題を発見できる時もあるからだ。
もちろん、それを稽古というのだが。

禅―その一瞬の精神の死

達磨が壁に向かって9年間座り悟りを得たという。
真偽の程の話ではない。
自分が抱えた問題に対しては、それ程の覚悟を持って徹底的に取り組め、ということだろうと解釈できる。
本当に取り組め、本気で自分自身に取り組め、それが「禅」だ。
その昔、禅に精通している友人が私に語ってくれた話がある。

『時は明治維新の直前、ところは九州豊後の杵筑の養徳寺の僧堂でのことである。玄節禅士という二十七、八歳の新参としては少々年をとりすぎた雲水(修行僧)がいた。当時すでに臨済宗でも指折りの教相家(一般仏教学の学者の意。仏教を律宗・禅宗・教宗に分け、教宗の学を教相という)という評判であった。……。
しかし、師の勧めとはいえ、みずから僧堂入りを決意した以上、禅の何たるかはぜひ見ておきたいという気持ちはもちろんあった。そんなある日、かれは病気になって延寿堂(僧堂の病室)入りを命ぜられ、そこで引森禅士という先輩と一緒になった。あるとき、玄節禅士が引森禅士に「禅には如来禅と祖師禅ということがあるそうだ。どう違うのかはなしてくれないか」と切り出した。……。
これに対して先輩の引森禅士は、「話してやらぬこともないが、その代わりに貴公一つ得意の教相で、わしに、般若心経の講義をしてくれぬか」と言った。……。
いよいよ玄節禅士自慢の講義が始まった。だんだん講義が進んで「色即是空、空即是色」というところまでくると、それまで黙って聞いていた引森禅士が、「ちょっと待ってくれ」と言い出した。夏のことで、玄節禅士はウチワを使いながら話していたらしい。
引森禅士はいきなりそのウチワを指して「貴公の持っているそのウチワは色か空か」ときく。むろん玄節禅士は即座に「色(物質)だ」と答える。そうすると引森禅士は右手を突き出して言った、「よろしい、色はもらった。今度は空のほうをよこせ」と。
これには玄節もぐっとつまった。学問としての仏法はいくらすっかり頭につみこんだつもりでも、禅でいう悟り、すなわち心の眼がまだほんとうに開いていなかったので、「空をよこせ」などと言われるともうどうしようない。このとき引森禅士はとどめをさして言った、「これが祖師禅だ」。…。
理屈ぬきで本気になって参禅を始めた。』

この話を聞いたとき、一瞬息を呑んだ。
武道の実際では、具体的に生命の死と生が目前に迫る。
禅には別の死、つまり、「精神の死」がリアルにあり、精神の死が共通認識として存在したのだ。
禅の公案とはまさしく実戦であり武道そのものだ。
公案は形式ではなく、その場で本当に対応出来るか否かだったのだ。
その場で瞬時に向かい合い、尚且つ適切な対応が出来るのか。
それを稽古修練するものだと初めて知り、昔日の武芸家が参禅した意味のいくばくかを実感したものだ。
この「精神の死」を自己の内に存在させることこそ、現代における武道の稽古であり、精神の質の向上そのものなのだとその時気づいた。


滝行とはー意味があれば自分で体得する

その昔滝行をしたことがある。
大阪近郊の生駒山にある霊場の一つだ。
初めて行ったのは空手の合宿だった。
「般若心経」を写経しお寺に納め、その後が滝行だ。

常々「滝行とは一体何なんだ?」と思っていた。
打たれて見なければ分からない。
もちろん、体験しても分からないこともある。
それは、まだ自分のレベルが到達していないからだから仕方がない。
順番が来て滝の中に入った。
高さ10メートル位の小さな滝だ。
しかし、先に入滝した人など水の当たった肩などが、まるで突きを食らったように紫色に変色していた。
一寸ビビリながら中に入ると、まず頭に相当のダメージがあった。
その水に押され上半身はどんどん前屈みになっていく。
「ここで三戦なのか」と気を取り直して型をやった。
しかし、相変わらず水に押され、相当頑張らないと姿勢を維持できない。
水の勢いで呼吸もままならない。ふと「これは違うだろう」と感じた。
そこで水に身体任せることにした。
なんと、途端に身体が楽になった。
水に押されながらも、その水に身体を任せ切った時、身体は不思議に直立しているのだ。
「そうか、これが真っ直ぐだ、そして流れに任せるのか」これに気付いた瞬間だった。
これが滝行の意味だ。

真っ直ぐに立つ、もちろん、この真っ直ぐとは機械的垂直のことだけではない。
こころが真っ直ぐという意味もある。
対象のものに真っ直ぐに、だ。
そう言えば修験道の人たちは、険しい山道を歩くことを行とする。
これは真っ直ぐを得る為のものだと、この時気付いた。
その後、一人で何度もその滝に打たれに行き、初めに気付いたことを確かめたのは言うまでもない。
むろん、これは「私」の見つけた答えであって、誰かのものではない、というところに価値があるのだ。
つまり、問題を探し当てたのであれば、答えは自らの手で掴め、その答えに正誤はない。
それが自分のレベルだと認識すれば良いだけなのだ。


こころの迷いーそれが本当の自分だ。だからその自分と対峙する

例えば、突きをひたすら繰り返している時、「一体俺は、何をしているのだろう」と頭を過ぎる。
こんなことをしていて一体どんな意味があるというのだ?後十回したら止めよう、いやそんな自分では駄目だ、等というような弱音が頭を過ぎる。
マラソンの選手が走っている最中に、同じようなことが頭を過ぎるそうだ。
それが人間だし、それでいいのだ。
そうならなければ、そうなるまでひたすら続けなければ駄目なのだ。
そこで初めて、自分が自分に対して本当の顔を覗かせるからだ。
その時、そう頭を過ぎったから「自分自身」を知ることが出来たのだ。
だからこそ、その自分と直接対峙出来るのだ。
と考えると、達磨が9年間壁の前に座ったとしたら、どれほどの自分を知り、その自分と対峙し乗り越えてきたことか。
別の角度から言えば、自分自身の全貌を知るには、全貌と対峙するには、9年という時間が必要だったとも言える。
一秒たりとも休まず、9年間走り続けなければ自分を乗り越えることが出来ないということだ。
それは自身の中をさまよう言葉を公案化し、それに答えるという作業にほかならない。
では、この孤独の作業の行き着く先は?それは、玄節禅士と引森禅士の話の如くだ。
その場、その人に的確に対応出来るようになる、ということだ。

昔日の武芸者が参禅したのは、まさか単なる自己満足ではなかった筈だ。
どうすれば勝てるのか、どうすれば意識が散漫にならなくなるのか、どうすれば雑念が湧いてこないようになるのか。
それらの全ての疑問は、ほかならぬ敵との対峙の際の精神の状態、あるいは自我、あるいは自意識の働きに対するものだ。
これらが、自分の能力や自分自身の働きを妨げていると気付き、それを参禅によって克服しようとするものである。
つまり、禅は対他的に自分自身の能力や、働きを最大限に発揮させる為の修行法だということだ。

現代の禅―「武禅」とは

熊野の道場で隔月に行っている「武禅」。
これは、禅の改良版だ。
壁に向かうことで、あるいはひたすら歩き続けることで、という「ひたすら」の部分を他人という共同作業者が関係することで、一挙に時間を短縮してしまうものだ。
そして、結果として人と物事と正面から向かい合える自分を創り出すのが禅の修行の目的であるならば、直接他人と対峙することで、時間の壁を乗り越えてしまうという狙いもある。
本来自分で気付いてこそ価値のあるものなのだが、自分に気付くためには達磨のごとく、または、引森禅士や玄節禅士のように修行という生活をしなければならない。
もちろん、それが出来る人はそれが一番良い。
しかし、ここでの欠点は単なる現実逃避になる危険性もある。
お寺に入ることで、安心してしまう。
つまり、引きこもりになってしまうという危険性だ。
だから修行は、普通の社会が良い。
そこで取り組む方が、参禅するよりも遥かに難しいからだ。

道場ではお互いに向かい合って、ひたすら「こんにちは」を繰り返す。
最初は「はい」と受け答えている相手も、だんだんとその「こんにちは」はニセモノだと気付く。
つまり、本気で自分に言っているこんにちはではない、と違和感を抱くようになる。
それを指摘する。指摘される。言われた人は「はい」とは言うが、頭の中は「???」だ。
実際に目の前にいる人に向かって「こんにちは」と頭を下げているのだから。
しかし、これも実際に相手の人は「私に言ってくれている気がしません」と言う。
これが公案の現代版だ。

そこで策を弄する。営業の人などは、媚をへつらったこんにちはになる。
相手の人はどんどん違和感を持つ。
本人はパニックになっていく。
「一体俺は、何をしているのだろう」状態が現れる。
それでも繰り返す。
それが極限まで来た時、ふとした時に声が相手に向かう。
「あっ、今言われた気がしました」
即席ではあるが、その実際、その実感を体験するのとしないのとは、物事を考える根本の次元がまるで変わる。
その体験を基本として、つまり、自分が相手に「こんにちは」を届けられたのは、こざかしい理屈や策を弄した時ではない、という体験が基本となるということだ。
そこから参加者全員で円陣を組み、誰かに向かって早口言葉を言う。
言われた人は、また誰かに。あるいは言い返す。
これが時間と共に自動的にスピードを増し、理性の鍵を外す。
それは感情が噴出してくるからだ。
一人のタガが外れると、それに同調して大方の人のタガが外れ、その人そのものがそこに現れる。
声も時間と共に、感情を伴った人の声に変わる。
ボルテージが最高潮になったとき、人は自分自身を縛っていた「自分の頭から解放される」。
つまり、見栄や体裁、幼い自意識、自我からの解放である。

改めて向かい合って「こんにちは」を交わしてみる。
ごく普通にである。
すると、どの組からも「さっきと全く違います。本当に私に言われています」と喜びの声が上がる。
そう、本当に「こんにちは」と相手から言われた嬉しくなるのだ。
人が向かい合えた時、お互いに嬉しくなるのだ。理屈ではない。
それが人の関係だ。
表情や、人相までも変わってしまう。
もちろん良い方向にである。
誰も目が生き生きとしている。
それをお互いに気付く。
「ありがとうございました」共同作業はこの言葉で終わる。
満面の笑みを浮かべて。あるいは、お互いに涙を浮かべて。

「武禅」の成果は、帰路に付いたときによく分かる。
一泊二日、あるいは二泊三日だけとはいえ、隔離された道場での修業は、顔を引き締め目を鋭くさせている。
しまった顔になっているのだ。
その状態で、駅ですれ違う多くの人を見たとき、いかに人は人を見ていないか、死んだような目をしているかを実感する。
他人の手を借りての修行だが、だからこそ、思いもかけない言葉が他人から向かってくる。
しかし、これは修行であり道場だからではない。
実はそれが実社会なのだ。
ただ、実社会では面と向かっては来ない。
陰でひそかに言われているものだ。
それを白日の下に出す。だから社会で役に立つのだ。
行とは決して、社会とは縁のないものなのではないし、それであってはいけない。
自己満足だけのものなら意味はない。むろん、武道もしかりだ。
社会で人生で役立ててこそのものなのだ。
行の根本は、社会で自分自身が充分に働けるようにすることだ。
それを妨げている、自分自身の自意識や自我に気付くこと。
そして、もっとも大切なことは「他人から見た自分は、自分の思っている自分ではない」ということに気付くことだ。

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